表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/40

第5話 強大な敵

 フィットリア領アルバスの町外れ。

 ミサラは魔猟師バスケスの話にあった、ミノタウロスと遭遇したとされる場所へと足を運んでいた。使用人の正装に真っ白な胸当て、肩には剣を背負っている。


 (バスケスさんはここでミノタウロスを捕まえたって言っていたけれど、信じられないわね……。ミノタウロスは警戒心の強い魔物……。こんな所に、それもたった一頭だけで現れるなんて──いったい、何が起こっているというの?)


 彼女は改めて周りを見渡してはみたが、ここに魔物が身を隠せるような場所などどこにもない。


 小型の魔物ならともかく、大型の魔物ともなればなおさらのこと。少し離れた先に森が見える以外は、背の低い牧草地が広がるばかりで建物一つない土地だ。


 (でも、現れたのは紛れもない事実……とはいえ、おかしい。単独行動、それに幼いミノタウロス──この辺りにヤツらの棲みかはない。やはりあの森しかないわね。行ってみるか)


 ミサラは森の方にも足をのばすことにした。

 これより向かう先は【魔晶の森】と呼ばれ、小型の魔物の巣窟とされている。


 町の人々はほとんど近づくことはなく、過去に何度かフィットリア領警団による調査が入った経緯もあり、その結果、スライムやゴブリン、豚に似たピーグルなど、危険度の低い魔物しか棲んでおらず、大部分が討伐されたと領主ダルヴァンテには報告されていた。


 ましてやダンジョンなんてあるはずもなく、見つかればそれこそ大ごと。領警団から選抜された精鋭調査隊が、今にも最下層へ送り込まれることになるだろう。


 それどころか、王国騎士団までもが動き出すはず。


 ミサラは地面に残る微かな痕跡を辿りながら暫く歩きつづけた。そして目的地に到着した彼女は、ゆっくりと辺りを警戒しながら、鬱蒼と木々が茂る森の奥へと踏み入っていった。



 ◇◆◇



 一方その頃、アーリナは屋敷で一人、落ち着かない様子で過ごしていた。


 リビングの中を足早に歩き回りながら、時々立ち止まっては深く考え込んでいた。


 (どうしよう、どうしよう……ミサラはああ言ってたけど、大丈夫かなあ? まさか、あの森になんて、行ってたりしないよね?)


 彼女の勘はズバリ当たっていた。

 今この時も、ミサラはその森の奥へと突き進んでいる。


 (確かあの森って、魔晶の森──だったよね? 最近は特にだけど、魔力が安定しないというか、時々、恐ろしく強い魔力を感じたりもするのよね……)


 アーリナには魔力がない。

 だが、魔力を感じ取る力には優れていた。


 いわゆる〝魔力感知〟と呼ばれるものだが、通常、才ある者が魔力を鍛えることでしか、その精度を高めることはできない。


 しかしながら彼女は魔法が使えず、鍛錬自体をしたことがなくとも、その感じ取れる範囲、追跡性能ともに桁違いの力を持っていた。


 例えばアルバスの町中はもちろん、隣町の魔力の動きすらも追うことができる。


 遠く離れた商業街、さらにはフィットリアの領外に及ぶまで。


 アーリナはこの力を日常的ではなく、強力な魔力を感知した場合にのみ使用している。

 

 というのも、魔力は自然界に存在する物質からは常に漏れ出しているもの。人の体からも魔力は常に漏れ出ているが、その量は物質と同等で微量だ。


 微量の魔力は環境音と同じ。生活に支障が出るほど気になるわけではないし、一つ一つを追うのはその辺にありふれたもので、誰のものかを特定するのも難しく、無意味だ。

 

 (私も、行ってみようかな……心配だし。でも、勝手なことをしたら、父に怒られるよりも先に、ミサラに怒られそうだしなあ)


 ミサラが調査に立ってから、かれこれ数時間が経過していた。もうすぐ夕食の時間。そろそろ準備に入らないと間に合わないけど大丈夫かな?──彼女は「う~ん」と小首を傾げた。


 アーリナは、ミサラの安否と家族の帰りという二つの不安に板挟みになっていた。


 (やっぱりダメ。私も行ってみよう。ミサラに何かあってからじゃ遅いもん。それに、近くまで行ってれば何か手伝えることがあるかもしれない)


 彼女は我慢ができなかった。たった一人の理解者を失うわけにはいかない。


 (ミサラが強いのは分かってるし、大丈夫だとは思う──でも、この世に絶対なんてないんだ)


 アーリナは急いで出発準備にとりかかった。

 部屋に隠していた皮製胸当て(レザープレート)を服の下に着込み、腰には自分で作った薬入りのポーチをぶら下げた。


 それから最後に、一番大切なものを手に取った。


 「我が手に来たれ、ラドニー!」


 アーリナは掌を広げて、斧のラドニーを呼び出した。


 どこからともなく光の球が現れると、細長く伸びて柄に変わり、その先端からは鋭い刃がシャキンと飛び出す。


 あっという間に、彼女の両手には立派な光の斧が握られていた。


 それから何度も出したり消したりを繰り返し、いつでも呼び出せることを確かめた。

  

 (よし、これで準備は大丈夫ね。一応、領主の娘という立場上、目立たないようにしないといけないからね)


 彼女は準備を終えると、すぐに家を出た。


 「ええと、戸締り戸締り、鍵は確か……ミサラと買い出しのときは、この辺りに入れてたかな?」

 

 屋敷入口に置かれた大きな植木鉢。

 アーリナはそこに植えられた木の葉を退けながら確認してみる。


 「あった! この枝にかけるところがあるんだ。結構いい隠し場所ね」


 彼女は鍵を手に取り、入口を施錠。

 無くさないように元の場所に戻すと、急いで町へと飛び出した──が、すぐさま領民から呼び止められた。


 「こんにちは、アーリナ様。今日はお一人でお出かけですか?」


 「ん!? ああそうそう、ミサラがね、少し食材を買い過ぎたみたいでお手伝いに行くの」


 「ほう、それはそれはミサラさんも大助かりですね。あ、アーリナ様、今朝方の雨で地面がぬかるんでますから、足元に気をつけてくださいね」


 アーリナが歩くと、誰もが好意的に話しかけてくる。日頃のコミュニケーションが、こういった場合は逆に仇となる。


 その後も立て続けに声をかけられたが満面の笑みで誤魔化しつつ、何とか町の外へと出ることができた。


 まず初めに、バスケスに言われた場所へと赴いた彼女はキョロキョロと周りを散策した。


 「ええとお、何もない……。もうこの辺りにはいないよねえ。やっぱり、魔晶の森に行っちゃったのかな? 今のところはまだ、強い魔力も感じ──!?」


 突然、アーリナの体に震えが走った。

 森の方から、あまりにも強力な魔力を感じたのだ。


 「この魔力は……。あれ? もう一つある。こっちはきっとミサラだ!──なんか、嫌な予感がする……」



 ◇◆◇



 ガギンッ!


 「くっ! 私の読みはやはり正しかったか──貴様が目覚めていたとはな」


 ミサラの剣が敵の斧と激突し、鋭い金属音と鮮烈な火花が飛び散った。


 巨大な両刃の斧を手に持つ、一頭のミノタウロス。鈍い輝き放つ鋼鉄のような鎧を身に纏い、腰には深い茶色の毛皮が巻かれている。


 牛のように「ブフーブフー」と鼻息を吐きながら、瞳を血走らせて彼女を睨みつける。その巨体はミサラの視界を埋め尽くし、逃げ場を奪うように立ちはだかった。

 

 「ふんっ、たかだか人間如きがこの森に何の用だ? 我に刃を向けるなど、命を捨てたも同然だぞ」


 「ほう、貴様はタウロスロードであろう? 人の言葉も分かるとは驚いたよ。では、私も少しは敬意を払うとしよう。その前に質問だ、答えろ──貴様は何故ここにいる?」


 ミサラは剣の構えを崩さず、魔物へと問う。

 かたやタウロスロードは手に持つ斧を地面に突き立て、その柄に両手を重ねつつ答えた。


 「そうか、我のことは知っているようだな。貴様呼ばわりで敬意とは笑わせるが、まあいい。何故……か。今の一撃に免じて一つだけ答えてやろう。我らはある物を探している。正確に言えば、そのある物が宿った人間だ」


 「──ある物? 宿る?……それはいったい何だ?」


 ミサラはタウロスロードを睨み返すと、剣に手を翳し、自身の魔力を籠めはじめた。


 光のオーラが波打つように刃全体を包み込み、彼女の周囲を煌々と照らし出す。


 「それは何のつもりだ? 威嚇でもしているのか? 言ったであろう? 答えるのは一つだけだ。元々我には答える義理もない。人間よ、知りたければ力を示せ。我らミノタウロスは力にのみ答える──だが、これ以上は覚悟が必要だ。命を捨てる覚悟がな」


読んでいただきありがとうございます。

是非、応援の意味を込めて【ブックマーク】や【★評価】をしていただけると、僕がモチベアップでこの星の片隅で喜びます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ