第50話 七師ガトリフと先訊ザラク
「ようやくお出ましかよ。ったく、遅えっつうの」
迫る騎馬隊を溜め息で迎えるザラク。かたやアーリナは怪訝そうに目を眇めていた。
「ねえ。バスケスさんの様子、何かおかしくない? どうして逃げてるわけ?」
バスケスはパッツパツの一張羅が弾けそうな勢いで駆けてくる。その必死の形相は、明らかに援軍がきた、という雰囲気ではない。
この光景にガトリフは、後ろから二人の襟元を掴んで引き寄せ、軽々と両脇に抱え上げた。
「俺らも退避するぞ」
アーリナとザラクはあまりにも突然のことに無反応。表情険しく、その場から急いで走りだすガトリフだったが、これにはバスケスも面を喰らった。
「ガ、ガトリフ氏い~、おいを見捨てんでくれっぺえ~」
悲壮感が風に乗る。だが、ガトリフはバスケスを見捨てたわけでもなく、崩れた瓦礫の山に向かって突っ込むと、それを踏み台にして、巨体からは考えられないほどの跳躍を見せて、騎馬隊の後方へと回り込んだ。
ズサリッ──砕けた礫を踏みしめた音、これによって騎馬隊が足を止めた。ガトリフは脇に抱えた二人を解放し、馬に跨る騎士らに向かって声を張った。
「騎士様に尋ねる! 何故にあの男を追っている? 生憎、嘘はつかねえほうがいい。俺は目が良すぎましてね。慈悲のない冷徹な眼。あんたらの兜からは、それがしっかり覗いているぜ? どうだ、間違っちゃあいないだろ?」
追跡の心理を見透かし、ガトリフはふんと鼻を鳴らして仁王立ち。騎士たちは何一つ答えることなく、無言のまま、腰に佩いた剣を抜いた。
「そうか……、やはり噂は正しかったようだ。王国は、このドレイクを本気で潰したいらしい」
ガトリフがすぐさま魔弓を構えるや否や、騎士は手綱を強く引き、馬は高らかに「ヒヒーン!」と鳴いた。
その合図を皮切りに、今度はガトリフたちに標的を定めた騎馬隊が一斉に襲いかかる。ザラクは初めからきな臭いと感じていたが、彼の言葉を訊き、「オッサン、初めから知ってやがったのか」と、不満な面持ちで隣に並んだ。
「ああ。だがあくまでも噂、確証などなかったからな。余計に不安を煽っても仕方ないだろ? しかし、これで点と点が繋がった。急増する魔物の件も、あいつらが関わっているに違いない」
「あ~あ、やっと助けが来たと思ったのによ、きな臭い予感のほうが当たっちまったかあ」
ガトリフはザラクと語りつつ、アーリナに対しては「離れていろ」と目配せをした。
騎馬隊は少なくとも10騎。それも王国騎士団の騎馬隊とくれば、間違いなく精鋭──アーリナは首を横に振り、戦う意志を示した。
「ったく、仕方のねえ嬢ちゃんだ」
ガトリフは呆れ笑い。アーリナの首根っこを猫でも持ち上げるように掴み上げ、
「おい、バスケス! しっかり受け止めろよ」
と、力任せに彼女の体を空高く放り投げた。予期せぬ展開に、アーリナはただ、自らの眼下を流れる騎馬隊の姿を、茫然と瞳に映しながら飛んだ。
ガシッ──幾ばくもなく、受け止められた彼女。アーリナの体を、逞しい上腕二頭筋が挟み込む。この瞬間、彼女はハッとし、「はぇ、ここどこ?」と、記憶喪失を疑う声で、額をくすぐる正体を見上げた。
「アーリナ様、無事でよかったっぺえ」
風に揺れる長髭。大粒の汗を頬に浮かべたバスケスが、お姫様抱っこのアーリナに優しい目を落とす。これにアーリナは不覚にも、ポワン、としてしまったが、慌ててその手を離れ、騎馬隊の背を不安げに見つめた──けれど、
「あれって、何? 動いてるみたいだけど、星じゃないの?」
彼女の心配など無用だった。上空に光り輝く星々が、まるで流星群のように、騎馬隊へ向けて降り注いだのだ。騎士らは馬をその場で止め、背に担いだ大盾を頭上へと構えた。
ガギギギンッ、と、耳をつんざく鋭利な金属音が、闇夜を切り裂き響き渡る。アーリナが星だと思って見ていたものは、その全てがガトリフの放った矢だったのだ。
その間にも、ザラクが停滞する騎馬隊へ地上から斬りこむ。全身鎧の騎士を相手に、彼の短剣では斬ることは叶わない。しかし、叩きこまれた斬撃によって、一人、また一人と、次々とその体を落馬させていった。
「よおし少年、後は任せろ」
感心の眼差しで、ガトリフが落ちた騎士に狙いを定める。小さな石のついた細い矢を、彼は連続して放った。
ビシューン──と、風切り音だけがその存在を示し、捉えられぬほどの速さで地表をなぞって飛んだ。それは騎士の眼前に届く寸前で、矢じりから光の帯を解き放ったのだ。
「ぐっ、くそが、何なんだこれは!」
声だけが抵抗した騎士たちの体を、あっと言う間に鎖の如く絡めとった。そのまま横倒しとなって、まるで蓑虫よろしく、地面に無力な様を並べた。
「ふう~、これで全員だ。オッサン、やるじゃねえか。どんだけ種類あんだよ魔矢って」
「君こそ、よくやってくれた」
「だろ? 先訊のザラクを舐めんなよ──ってまあ、今考えた二つ名だが覚えておけ」
ザラクは斬り進んだ先で振り返り、地に蠢く騎士らの上で、ガトリフと視線を交わした。
この短時間のうちに、彼らは驚くほどの連携が取れていた。七師ガトリフによる機略縦横。ザラクに眠る力を見抜き、成し得る指示を与えた。そして、彼は応えた。
──俺らなら守れる、この町、ドレイク自治区を。




