第46話 閉ざされた騎士団の闇
闇夜を染める焔の色。遠く空を漂う城の一室から一人の男が見下ろしていた。七三に分けられた欲望に満ちた紫の長い髪。その前髪は三つ編みされて頬に触れて揺れていた。
そんな男の背後には、膝をついた一人の若き騎士の姿がある。
「アザハル様、始まったようですが、本当によろしいのですか? 我々はこのままで」
「よいよい。もうすでに一団を送ったのだ。これ以上は何になる? 我らはあくまで静観、よいな?」
ドレイク地区での事態はすでに王国騎士団の耳にも入っていた。王国騎士団団長のレイハルクは、つい先日、王命による他領遠征のために王都を出たばかり。代わりに指揮を執っているのは、副団長のアザハル・カリファスであった。
「ですが、噂によれば石化した遺体も多く見られ、彼のバジリスクとも……」
「だからこそではないか。お前は現況を分かっておるのか? 団長も不在、その警護に伴い戦力も割かれている。我々までここを離れて、一体誰が王を守ると言うのだ」
「そ、それはそうなのですが、ドレイクとはいえ、我が領地なのですよ?」
怪訝に眉を顰める部下らしき騎士に、アザハルは額に手を当て、やれやれといった面持ちで溜め息を零した。
「はあ~ったく、伝令。まだまだ青二才のようだが、お前、名は何という?」
「はっ、クラウスです。クラウス・ジルモア──」
「名前のみで結構。してクラウスよ、お前はいつから、私に意見できるほどに偉くなったのだ?」
「い、いえ、そういうつもりでは……」
「だったら指示に従え。お前は伝令役であろう、ならば、城の警備を重点的に固めるよう直ちに周知せよ」
現在、王城はエルムガレドに橋を渡し、ドレイク自治区からはそれなりに離れた場所にあった。そもそも城は浮遊しており、本格的な守りに入るのであれば、地上との橋を切ればいいだけ。にもかかわらず、城は陸地に繋がったまま──クラウスは、そこにも違和感を覚えていた。
彼は金髪を兜で隠して重たい足取りで立ち上がり、「承知いたしました」と、自身の意に添わない返事をした。
「ああそれと、暫しの間、ここへの立ち入りを禁じろ。王との話があるのでな」
アザハルは窓から外を見つめ、その背にクラウスが訝しむ目で一礼する。けれど、一介の騎士にはこれ以上何も言えなかった。彼は静かに扉を閉めて退出した。
「さて、と。ヴァイゼルシュタンとの約束もこれで果たした。まあ、元々あの地は貧民区だ。存在そのものが我が国の足枷。ならばせめて、私の糧となれることを誇りに思うがいい」
アザハルは独り言ちる。ここは王都。その一角が崩れ落ちてしまえば、他領の思想にも大きな影響を及ぼしかねない。如何に王都といえど、陥落させることは不可能ではない──そう思われては、王国の威信に関わるからだ。
アザハルはよく理解している。王都は何があろうと死守せよ。些細な綻びすらも見逃すな、鉄壁の要塞であれ──それこそが真の王命であるということも。
「ふんっ、あんな王の膝元で一生を終えるなど、私には考えられぬ。もはや今となっては、王国騎士団長の地位すらもどうでもよくなってしまった。レイハルクとも暫くは連絡もつかぬだろう。だがさっきの伝令、あのガキも邪魔だな」
アザハルは唇の端を不敵に吊り上げた。彼の瞳に映るのは、惨劇に満ちた空ではなく、自らの進む輝かしい強欲の道、のみであった。
◇◆◇
「はぁ、はぁ、はぁ、はぇ?」
鎌首を振り下ろしたバジリスクを吹き飛ばしたのは、七本の矢だった。矢の先端が蛇を覆う粘膜に触れると同時に、その矢じりから強烈な衝撃波を放った。彼女の目の前に残されたのは、折れた篦と羽根のみ。
アーリナは腰から砕けるようにその場へと座り込んでしまう。
「お~い、大丈夫か! 勝手にいなくなるんじゃねえ! 心配しただろうが」
遠くからでもハッキリと分かるほどの大柄な男の声。その手には身の丈ほどの弓を持ち、足音が響いてきそうなほどに、ズシリズシリと、重量感のある走りで近づいてきた。
「ったく、怪我はねえようだな。間に合ってよかった。ほら、立てるか?」
窮地に駆けつけたのは、宿屋主人のガトリフだった。彼は魔猟師時代に使っていた魔弓を片手に、座り込んだアーリナに手を差し伸べた。
「えと、ありがとう」
「ああ。それはいいんだが、もう一人いなかったか? あの少年はどこだ?」
「はぇ? あ、ザラク!」
彼らが周囲を見渡すと、ザラクの微かな声が倒れた家屋の方から聞こえてきた。
「く、くそ、ったれ……」
今にも消えそうな掠り声に目を向けると、ザラクは壁に突き刺さっていた。あまりにも衝撃が凄まじすぎた結果だ。
矢が放たれた直後、彼はアーリナを庇うように前面に回っていたこともあり、その波をもろに受けて蛇もろとも吹き飛ばされた。アーリナはザラクのお陰でその直撃を免れた上に、ミサラからもらった軽量魔防着の性能に助けられ、まったくの無傷であった。
アーリナとガトリフはそれを見て思わず、
「アハハハハハハッ」「ブゥワハハハハハッ」
二人とも腹を抱えて笑ってしまったが、平静を装う咳払いを交えつつ、ザラクの体を引き抜いた。




