第41話 王都到着
屋敷を出たアーリナたち一行は、巨大な城門の前へと辿り着いていた。
空を見上げるほどに高い堅牢なる城壁。王都への入口はこの門を通るしかないと、ミサラはそう言っていた。
王都バルムトは、まるで要塞のように街全体が囲まれている城塞都市だ。ここまで、途中の村で一夜を過ごして二日がかり、その行程は万事順調だった。
南大陸東に広がるザルヴァンシュタイン領。道もフィットリアからドーランマクナを抜け、王都に近づけば近づくほど開けて整っていったし、舗装された道路を進む感じで快適だった。
前世でいう財源が多いのだろうか? 王都に入る前の小さな町や村ですらも立派な家々が立ち並んでいたし、フィットリアで最も栄えたベルグリド商業街にも引けを取らない光景だった。
それを考えると、この門の奥にはどれほどの規模の街が広がっているのか──アーリナは期待と不安を胸に、馬車に揺られて門をくぐる。
通常、王都入りするには、ここで身分の確認に加えて、手続きやら何やらと結構な足止めを喰らうらしいが、今回に限ってはそれもなく円滑。というのも、ミサラから話は通してあるとのことで、難なく通り抜けることができたのだ。
これこそ、元王国騎士団三煌聖の威光ってやつ?──アーリナは小窓を開け、王都の風で車内を満たした。
徐々に耳を打つ喧騒。彼女はこれまで穏やかな町の中で育ってきたし、こんなにも賑やかな声は地元の商業街でも訊いたことがなかった。
門をくぐってすぐ、道の両脇を噴水が立ち並ぶ神秘的な空間が奥へと続く。噴き上げた水は地面に落ちることなく、アーチを造り、その中を多くの人々が行き交い、アーリナたちを乗せた馬車もゆっくりと進んだ。
そして、水のアーチが繋いだのはこれまた大きな広場だ。その広場を中心にして、四方八方に道が伸びている。まるで迷路のよう。一行はまず今晩泊まる宿を探すことにした。
王都には宿屋が沢山あって、建物の入口には家印の入った緑旗が揺れている。非常に分かりやすいし、これはフィットリアでも取り入れよう──アーリナが、これまで見たことのない景色に目を爛々とさせていると、
「アーリナ様、ここならどうだっぺ? 馬車も停められるようやし、豪華そうやっぺ」
バスケスはこう提案した、が、これはミサラがいっていた王都の一流宿に間違いない。一泊でもかなりの高額と訊いているし、さすがにね。アーリナは「もう少し、探そうか」と苦笑いで手綱を握る彼に伝える。まあ、あまりお金がないとも言えないしね。
ここから、結構な距離を進んだ。時間にして30分くらいはたったと思う。それでも王都を囲む城壁に終わりは見えず、よもや都どころか、大陸全土を覆ってる?とすら思えるほどの広大さに未だ驚きは絶えなかった。
それに比べてフィットリア領なんて、端から端まで陽のあるうちに往復できる程度。さすがはザルヴァンシュタイン領、王都は伊達じゃない。
とはいえ、ここまでくると王都と言えど多少は寂れてきた感がある。豪奢な煉瓦造りの街並みはいつしか、古びた木製の建物に置き換わり、中には屋根が藁葺きになっているものまで散見される。
出店が軒を連ねていた市場からもかなり遠いし、ここに住む人々は買い物一つとっても不自由を背負わされているに違いない。
「おっ、アーリナ様、ここならどうだっぺ? んまあ~、この辺りの中ならいいほうだっぺ? そろそろ決めんば、おいたちも凍えっぺ」
バスケスはそう催促しつつ、ブルルンと体を振るった。たしかに、ここは寒い。今の時期は北の海域に度々流氷が流れつき、特に夜間はその海風が堪えると話には訊いていた。
そんな彼女たちの目の前にあるのは、大きな赤茶げた木製の平屋。壁には宿の印が掲げられている。窓から見える暖炉の温かい光が、寒空を進む彼らを猛烈に足止めした。
「そ、そうだよね。ここにしようか。皆もいい?」
「ああ、いいんじゃねえか。てか、何で宿探しでこんなに時間かかってんだよ。領主令嬢のくせに金がねえのか?」
「モッ! ザラク、アーリナ様に何たる非礼。腹を切って詫びよ」
モーランドとザラクが狭い車内で揉めだす中、アーリナはため息をつきつつ、ポーチに目を落とす。ポワン、ポワン──ラドニアルは白く発光し、返事をする。斧神とはこうやって意思疎通をするという取り決めをしていた。その存在を隠しとおすために、だが、
「じゃあ降りよう、モー君、早くポーチに入って」
この台詞には、斧神も居ても立っても居られず「んなっ、予が入っておろうが! ここにこれ以上押し込むつもりか」と声で訴えた。
「もう、声を出さないの! ってか、仕方ないじゃない。王都内にミノタウロスを放つわけにもいかないでしょ? それにラドニーだって、外を飛ばせるわけにはいかないし、斧を持ち歩くわけにも、ねっ」
そう言い聞かせた彼女の行為は、ここから熾烈なものだった。普段モーランドだけでもパツパツのポーチには、すでに小さな光の球とはいえラドニアルが入っている。そこへ小さくなった牛を捻じ込むというのだから。
「グ、グオオオー、アーリナよ、貴様あー」
「アーリ、ナ様アー、我は、我はあ~」
悲痛な声と卑猥な声がポーチの中で混じり合う。そして融合。この騒動にはさすがのバスケスも、「ど、どうなってるっぺ?! アーリナ様、大丈夫っぺ?」と外で大慌て。アーリナは「大丈夫だから開けないで」と、足でガチャガチャと動くドアノブを踏みつけた。
しかしながら、この静寂を切り裂く悲鳴に反応したのは、何もバスケスだけではない。ここは宿屋の前、町の人が気づかないはずもないのだから。
「何の騒ぎだ! また魔物か?」
勢いよく開かれた扉が、壁にぶつかりバタンと鳴らし、宿屋の中から古びたオーバーオールの大柄男が飛び出してきた。片手には三又鍬。その男は眉間を険しく、アーリナを乗せた馬車へと近づいてきた。




