第39話 作戦会議
「訊いてたとは思うけど、魔技大会にはうちの両親と妹が出るみたいね」
「うむ、訊いていたも何も以前より知っておる」
「モハハ、アーリナ様はお初にお耳になされたのですか?」
「そんなの俺でも知ってたわ。今更何で改めて訊いてたんだ?」
「はぇ?」
リアナの去った後、こうして話し合いをしているわけだが、アーリナが苦労の末に得た情報を彼らはすでに知っていた。しかもさっき訊いたからというわけでもなく、以前からずっと──いきなり出鼻を挫かれてしまった。
まあそれでも妹とは話すことができたし、とりあえずは前進よね。しかし何故、奴らは知っているのか。ラドニーはともかくとしても、モー君とザラクだけは解せぬ──アーリナは不審に目を細めていた、けれど、
「え、そうなの……」
その答えは至極単純で、ミサラに訊いたから。アーリナは「私は訊いてないんだけど……」と内心思いつつも話を続けた。
「とにかく本題なんだけど、偵察、行っちゃわない?」
「は? 偵察?」
眉を顰めたザラクに、彼女は乗り気に「そうそう、偵察」と瞳を輝かせる。あまりにも唐突な彼女の言葉に、斧神も牛も、目を丸く、謎に満ちた顔を並べていた。
「やれやれ、アーリナよ。急に何を言いだすかとおもえば、いったい何のための偵察なのだ?」
ラドニアルの苦言も当然のこと。アーリナのいう偵察の全貌とは、言ってしまえば、魔技大会の行われる王都バルムトへ赴きたいということであった。
コロシアムでは、魔技大会の期間に限らず定期的に闘技が行われている。アーリナは事前にどういった場所で、どんな戦いが行われているのかを知りたくなったのだ──というのは大きな建前で、
(あはっ、あはははっ。わたし訊いちゃったのよねえ~、今の時期って、クリームたっぷりの苺パフェ、それも特盛だよ。しかも! 王室ご用達の王級料理人が期間限定で作ってくれるって話じゃない。いかなきゃ損損よお)
そう、彼女の我慢はもう限界に達していた。どうしてもパフェが食べたくて仕方なくなっていたのだ。そのうえ特盛、期間限定、高級リゾートホテル級の響きである王級料理人という三種の神器が勢揃いで、アーリナの舌はすでに打ち抜かれてしまっていた。
とはいえこんなことを、大っぴらには口が裂けても絶対に言えない。ましてミサラの耳に届きようものなら、反対必死、こっぴどくお灸を据えられるという現実までもが目に浮かぶ。そもそも偵察に行くことだって無理に決まっているし。
アーリナは妄想に舌なめずりをしつつ、「いい? これから目的を話すわ。けど、ミサラには──」と言いかけたところで、
「私ならここにおりますが」
背筋にビクッと言葉を置かれた。
「はぇ? ミ、ミサラいつからそこに?」
「はい、たった今戻りました。お夜食をお持ちしたのですが、どうかなされましたか? 顔色が優れないようですが……」
首を傾げ、心配そうに見つめるミサラだったが、入口を開け、食事の載ったトレイを置いた直後のようだ。何とかギリセーフ、といったところ──にしても、全く気配を感じなかった。さすがは凄腕使用人、恐るべし。
アーリナは「大丈夫! もうお腹ペコペコでねえ~」と、笑って誤魔化そうとした。けれども、「は?お前さっき盗み食いしてきたろ?一人で」ザラクの声がそれを撃墜した。
「はは~ん。どおりで、ですねえ~。用意してた材料が足りないと思ったんですよ。それにフルーツも、結構いっちゃいましたよね?」
「うっ、ごめんなたい」
アーリナは言葉足らずに謝り、良くも悪くも盗み食いの一件で、本題を霧に隠せたと思っていた──が、それはパフェよりも甘かった。
「それでアーリナ様。偵察という話は、一体どういうことでしょうか? 私は何一つ、訊かされておりませんが?」
がが~ん、ダメだ、もう逃れようもない。ミサラに言ってしまえば、パフェへの想いを隠したとて反対は免れない。領の外へ出るなど生まれてこの方一度もないし、決して許してもらえるはずもないのだ。
アーリナは深く肩を落とし、「えっと、その、なんでもない」と力なく零した。
「そんなに行きたいんですか? 苺パルフェ」
沈んだ肩に置かれた衝撃の言の葉。誰に一言も言っていない。なのに何で、ミサラは知っているの? それにその言い方、優しく寄り添ってくれそうな、行ってらっしゃいと言ってくれそうなその声──アーリナは縋るような想いで、「何でそのことを?」と尋ねる。
「ふふっ、アーリナ様が以前、寝言で言われていましたよ。『王室パフェ食べゆ、苺パフェ食べゆ』って何度も何度も。ちょうど時期的にもあれを訊けば、何かよからぬ考えを持たれているのではないかと、容易に想像がつくというものです」
ミサラの知った端緒が、まさか私の寝言だったとは──アーリナは思わず苦笑い、「な、なあんだ。でも違うよ?」と思わず、気持ちとは裏腹に嘘を重ねてしまっていた。
「違う?」
「だって、夢で寝言なんて、そ、そそそそんなの、普通にあるよ、ね?」
「アーリナ様、それは本当ですか?」
ミサラの目が怖い、私はまるで蛇に睨まれた蛙だ──アーリナは恐怖に肩を竦めたが、
「まったく、嘘がつけないお方ですね。どうしてもパルフェを食しにいかれたいのならば、次回、ダルヴァンテ様の訪問先はマグークス領になります。その間に行かれてはいかがでしょうか? 明後日出立となりますし、パルフェの期間限定にも十分間に合うかと存じますが」
ミサラは逆に頬をほころばせ、王都出立の提案までをも口にした。
「え、ほ、本当に行っても、いいの?」
「そうですね……正直、本心では迷っておりますが、アーリナ様も大きく成長なされました。ならばここは一つ、多少の冒険をさせてみるのも、と思いまして。ただ、アーリナ様も承知のはずですが、私はこの地を離れることができません。領主不在の際は代理としての役割を任じられておりますから」
ミサラはそう言いつつ、ラドニアルとモーランドに睨みを利かせた。彼らは何も悪いことはしていない、にもかかわらず、どうしてこんなにも凄まれているのか。斧神は、「何だその目は、よもやこの場で決着をつけたいのか?」と平然と突っかかった。
「ったく、私の目で伝わらぬとは、神も牛も仏もないな。よいか? お前たちにアーリナ様を任せたと言っているのだ。当然、ザラクお前もだからな。命懸けでアーリナ様の盾になれ」
「んなっ、そんな馬鹿な話があっかよ、何で俺がこのチンチク……」
この瞬間、ザラクの反抗心はその場で凍てつき崩れ落ちた。ミサラが夜食のために用意したフォークを、彼の首筋にピタリと添えてこう言ったから。
「アーリナ様は、いずれ王国すらも統べるお方だぞ。そのような下賤な言葉、永遠に喉の奥にでも引っ込めておくのだな」
「う、ぅ、はい」
この光景を目の当たりにしたモーランドも両目をパチクリ、背筋をピンと伸ばして、あたかも自分が言われたかのように「はい」と独り言ちる。
繰り広げられる惨劇。アーリナはまるで映画を観る観客のように俯瞰し、我関せずを貫く。外出の許可さえ貰えればいい、多少の犠牲はやむを得ない──彼女は発端が自らにあることなど、もはやどうでもよかったのだ。
──ザラク、パフェのためにその命、捧げて。




