第36話 天井裏の謎
「念のため、そう、念のためなのです」
リアナは天井裏に秘められし謎の解明に動き出していた。聞き覚えのない誰かの声が、ひそひそどころか堂々と響いてきたのだから。あれは決して空耳なんかじゃない。紛れもない男たちの声だった。
ガ、チャ──慎重に自室の扉を開いたリアナ。リビングに目を眇め、探す間もなく姉の姿を確認した。
「あ、ああぁ~、あれは私が明日の余暇にと取っておいたものなのにい~」
アーリナは台所の棚に仕舞われていたフルーツサラダをつまみ食いしていた。憎らしいほど美味しそうに頬張っているその顔に、リアナは奥歯をグッと噛み締め堪えた。
「ふっ、ま、まあいいわ。本当にいつまでも子供ね。でもこれでハッキリしましたわ。やはり上には、誰もいないはずなのです」
彼女はゆっくりと扉を閉め、天井へと目を向けた。我が家に人知れず、何者かが潜んでいるのはたしか。次期領主として屋敷内の安全は常に確保しなくてはならないし、これは必要なこと──自らを納得させたリアナは生まれて初めて、姉が住んでいる屋根裏に続く梯子に手をかけた。
微細な音にも気をかけながら一段ずつ登り、ようやく天井に手が届いた。リアナはそっと顔を近づけ、片方の耳を壁に当てて物音を探る。
されど何も聞こえず、アーリナが好物のフルーツサラダを草食動物のようにむしゃむしゃと食んでいる音だけが微かに響いていた。
リアナは意を決して、バンッ、と天井裏への入口を押し上げる。ぼんやりとした橙色の灯りが彼女の顔に落ち、室内を見回しながら慎重に上った。
「へえ~、意外と整理されてるわね」
古いランプで揺れる炎、テーブルに椅子、収納棚に積み上がった本。初めて見た姉の部屋にリアナは興味津々だった──けれど、こうしてはいられない。屋根裏に潜む不穏や闇を一刻も早く断ち切り、姉に気づかれる前に脱出しなければ。それにこの部屋への立ち入りは父からも禁じられているし、バレたりしたらそれだけで大ごとだ。
リアナは手のひらを上に返し、
「居るのはわかっています。大人しく出てくれば話だけは訊いてあげましょう」
そう言葉を置き、拳大の氷の塊を作り出した──が、
「リアナ、何であなたが、私の部屋にいるの?」
「なっ?!」
突然、開きっぱなしだった入口から声がかけられた。その声の主はもちろん姉のアーリナ。リアナは父親に感知されないよう魔力を抑えることに意識を傾けていたばかりに姉の接近に気づくのが遅れてしまった。
しかしそうは言っても、リビングからここまで来るには早すぎる。そもそも、私が室内に上がり込んで間も無いし、このタイミングで姉が来るには梯子を登っている段階で気づく必要がある。でも、そんな素振りは見られなかった──リアナは生唾をゴクリと飲んだ。
互いの目が点と点で結ばれ、その場の空気が時が止まったかのように固まる。
そんな中、アーリナから口火を切り、
「ええとお~、ま、まあとりあえず、ようこそ」
音に気を配りながら入口を閉じ、下から持ち帰った温かいお茶をテーブルに置いた。アーリナはそれを木製コップに注ぎ分け、リアナへと差し出す。
一方、リアナはお茶には目もくれず、
「いいえ結構、お邪魔しましたわ。何やら上が騒々しかったもので、次期主として確認しに来たまでのこと。それでは」
淡々と返事をし、アーリナの横を通り抜けようとした──だがそのとき、
「ちょっと待って。少しだけ……ほんの少しだけでいいから話をしましょう」
アーリナがリアナの手首を取り、その足を止めさせた。この機を逃せばもう妹と面と向かって話せる日はこないかも知れない。リアナは振り向き、「話、ですか。私とあなたで話すことなど何一つございませんわ」と尚も冷たい言葉で応じた。
それでもアーリナは握った手を離さずに唇を結び、真剣な瞳にリアナを映した。今回ばかりは避けられそうもない──リアナは覚悟を決めた。掴まれた手を振り解くと、不機嫌そうな面持ちのまま、アーリナの対面にテーブルを挟んで腰を下ろした。
ズズズズッ──お茶を啜り、無言の間がしばらく続いた。こうして数分とはいえ姉妹が顔を合わせたままなど、互いに人生初めての経験だった。
アーリナは「それにしても、こうやって二人で話すのって初めてだよね。姉妹なのに不思議」と手探りで唇を動かし、リアナも「ええそうね」と淡泊な態度は変わらなかった。あまりにも重苦しい空気の中、謎を鏤めた張本人である斧神、牛、もじゃ男の三人は柱の陰からその様子をジッと窺っていた。
チラチラと視線を感じる。リアナの背後で光る瞳に、アーリナは目で「出てくんな」と訴えた。これにはリアナも目を眇め、「私の後ろに、何かあるの?」と声音を重くし、不意打ちの如く背後を振り向いた。
「ないないないない。こんなところに宝物でも隠してると思うの? それより、これからはたまには話そうよ。普通の姉妹みたいにさ」
アーリナは慌てて、リアナの気を引いた。しかし当の妹は、「私たちは普通じゃないの」と切り捨て、おもむろに立ち上がると、再び手のひらに氷の塊を生み出した。
「さあ、早く出てきなさい。私を甘く見ない方がいいわ」
ヤバい、このままではバレてしまう。ザラクはともかくモー君はマズい──そう思ったアーリナは苦肉の策を取った。
「我が手に来たれ、ラドニー!」
斧神は主の命には背けない。柱の陰で光を放ったラドニアルは、小さな光の球となってアーリナの手元へとシュンと飛び込む。
これには流石のリアナも目を丸くし、「な、何なの?!」と驚きの声を上げた。
アーリナの手のひらに浮かぶ白く光る物体を前に、リアナは自身の手のひらの氷を握り潰し、より一層目を細めていた。




