第27話 振るえ! 斧神ラドニアル
しばしの膠着の後、キュートリクスは左手に構えた盾を前に突き出し、彼女の攻撃を勢いよく弾き飛ばした。
ガガンッ!──その衝撃に全身を震わせながらも、アーリナは視線を鋭くした。
「っくう~、まだまだあー!」
彼女は斧刃を地面に突き立てて後ずさる体を引き留めると、今度は魔物に向かって、下段から上段へと力強く振り上げた。
アーリナの素早い攻撃にキュートリクスも堪らず、槍と盾を交差させて防御姿勢を強固にした。
ガギャシシッ。直後に鳴り響く、耳を塞ぎたくなるほどの軋音。彼女の一閃は、魔物の槍と盾の上を削り斬るようにして流れ、二人の距離はその反動で離れた。
古の魔物キュートリクスは「ヒヒーン!」と高らかに鳴き、再び盾を構えて槍を向ける。一方、アーリナは手元のラドニアルを不思議な眼差しで見つめていた。
「どうして……。何か、身体が軽い気がする。それに攻撃だって。私が思ったとおりに体が動いた」
「当然であろう。これまでのお前は、予の力の一端すらも引き出せていなかったのだからな。たった今発動した力は、〝攻撃速度アップ〟と〝体術補助〟の恩恵とも言えよう」
「へえ~、そ、そっかあ。でもこれならいけるかも。こんな凄い機能があったんだ」
「機能などではない、スキルと言え。予を魔器扱いするでないわ」
アーリナの願いによって解き放たれた、神の力。斧神ラドニアルを振るうことで何を成し遂げたいのか──その込められた意味と強さによって、彼女に多大なる恩恵を齎す。
(よしいける。私は十分に渡り合えてる。きっと大丈夫)
アーリナの恐怖心はほんの少しだけ和らいでいた。とはいえ、今はこれ以上詮索する余裕はない。じわりじわりと迫りくる魔物の足音を、彼女は敏感に感じ取っていた。
キュートリクスは槍の柄をがっちりと握りしめ、全身を使い、鋭い突きを彼女に向けて繰り出した。アーリナはその突きを既の所で躱し、側転しながら斧を振り切った。
ギィィーン──烈しい火花が金色に靡き、流れるように散った。魔物の研ぎ澄まされた銀色の槍は、ラドニアルの光を反射して輝く線を描いた。
互角とも呼べる戦いを繰り広げるアーリナだったが、その顔には急に焦りが滲んだ。
「ラドニー、ちょっとヤバいかも……」
予想外の反撃に、ついにキュートリクスの本能が目覚めてしまったのか。生命の息吹さえ感じられなかった魔物の瞳は、煮えたぎるほどの怒りに満ちていた。
「ふん、問題ない。避けよアーリナ」
連続して放たれた怒涛の突き。ラドニアルから溢れ出した光はさらなる浮力を彼女に与え、その回避能力はまさに疾風の如く極限まで高められていた。
アーリナは空間を縦横無尽に駆け巡り、槍の乱れ撃ちを次々と避けた。
「ラドニー、体がどんどん軽くなってる!」
「これは〝回避速度アップ〟のスキルだ。無駄口はいい、集中しろ。来るぞ!」
ズサッ! ズサッ! シュ~。
ここにきてキュートリクスの攻撃が変化した。槍による突きに加え、こちらの動きを追尾するように放つ、禍々しく伸びた蠍のような黒檀の尾──その尖端の針が、彼女の避けた先を狙って次々と突き刺さった。
「やばっ……。あの尻尾って、ダメなやつよね?」
動揺するアーリナ。ラドニアルは冷静かつ脅し文句で、「無論、猛毒だ」と続けた。
「だが、毒で苦しむだけで済むほど生易しくもない。お前の体など溶けて消える」
「わ、私がとろけちゃう?!」
斧神の言葉に顔を引き攣らせつつ、彼女は全力で足を動かし避け続けた。ほぼ地面に足をつける間もなく、連続して宙を舞った。
「むう~、これはマズいわね。避けてばっかじゃどうにもならないよ」
アーリナも当然、回避と同時にキュートリクスの隙を窺ってはいる。けれど、分厚い鋼鉄の盾が魔物の体を隠して反撃攻勢を阻んでいた。
「ああ~、もうっ! あの盾が邪魔すぎる。ねえラドニー、何か名案はない?」
「この期に及んで何が『名案はない?』だ。予の力を生かすも殺すもお前次第だと分かっておろうが。今以上の力を引き出し突破口を開くのは予ではない。お前自身だ」
「だってそんなこと言ったって、ザラクを助けたいって願ってこれだよ? じゃあ領地を奪って、皆で仲良くパフェ食べたいとか願えばいいの?」
「愚か者、何をすっ飛ばしておるんだ。未来への連続性がなければ願いに意味などない。キュートリクスを倒すことで得られるものは何だ? ザラクの命を救い、その先に何が見える? 」
「……」
そんなこと考えてる暇がないっつうの──アーリナは押し寄せる攻撃を躱し、徐々に奪われる体力ともやもやする思考力の狭間で限界を感じていた。
「そんなに考えなきゃダメなわけ? 今は無理に決まってるじゃん!」
「ならば仕方あるまい、現状のまま戦うのみ──だが、一つ忠告しておく。もっと頭を使え。予の力をどれだけ引き出そうとも、戦術というものがなければ決して勝てぬぞ」
「戦術、ねえ~。じゃあ分かった。もう一回、さっきのやつやって」
「さっきの、って何のことだ?」
「こんな時に恍けないでよ。ビームみたいのやったでしょ。それで目が眩んでる間に私が叩く。お願い早くして。私、もう疲れてきちゃったよ」
キュートリクスの止まない攻撃に彼女の足もついに鈍り始めた。たとえ斧神の力があったとしても振るっているのは生身の人間。体力なんて無尽蔵に溢れ出すわけでもなく、動けば動くほど消耗していくものだ。
しかし、ラドニアルはそのか細くなる声に苛立ちを覚え「何を言っておる」と凄んだ。
「疲れただと? お前はさっきから逃げておるだけではないか? 初めの勢いはどうしたのだ。残念だが〝波天光〟はもう撃てぬ。予が自らの意志で力を行使できるのは日に一度きり。後はお前自身の力で乗り切るしかないのだ」
「ええ~、そんなあ~」
アーリナの悲痛な声が漏れ出たそのとき、ブウォン──彼女の耳に風切り音が吹き込んだ。
頬をなぞったのは恐れの雫。アーリナが一瞬目を離した隙に、キュートリクスの魔の手は彼女の背後へと回り込んでいた。
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