第24話 古の魔物キュートリクス
アーリナの尋ねに、モーランドは不思議と首を傾げた。
「はて? 恐れながらアーリナ様。我は試練の内容を説明していたと思うのですが」
一体いつ試練の説明をしたの? いい加減なことを吐かしやがって──そんな目を向けた彼女たちは一斉に吠えた。
「してなーい!」
「貴様、何を寝惚けたことを言ってやがる。焼くぞ!」
「モッ?」
モーランド自身は試練についての話など疾うに終わったと思っていた、が、ただ完全に忘れていただけ。それに彼女たちはともかく、今まさに試練真っ最中であるザラクにさえも何一つ伝えてはいなかったのだ。
そんなザラクだったが、彼はただ言われたとおりに武器を選びに行っただけで、よもやそこから試練が開始されるなんて思ってもみなかった。
モーランドは角をポリポリと掻きつつばつの悪い顔で、今更ながらに話しはじめた。
「──という感じでして、ダンジョン内部には様々な仕掛けをご用意しております。それらを突破し、地下三階層へ無事辿りつくことが、あの者への課題となっております」
「なるほどね。それで? あれも仕掛けなの?」
「ああ~いえ、試練とは直接関係しないのですが、入口付近はヤツの縄張りでして、実は二階層からスタートさせる予定でした……。いやはや我としたことが、モハハハハ。ま、まあ、ご覧の通り死んではおりませんので、おそらく大丈夫かと……」
「ぜん、ぜん、大丈夫じゃないじゃん!」
「はあ~ったく、これだから牛は……」
モーランドは額に大粒の汗を浮かべ、アーリナとミサラは呆れた顔で首を振った。その間も画面の奥では、ザラクが必死の形相で走り、何者かに追い掛け回されていた。
「で? 彼は何から逃げてるっていうの? 」
「はあ、それなのですが。何とモーしあげればよろしいものか。我もアレには手を焼いておりまして。ですが、ご心配には及びません。足もそこまで速くはございませんし、ザラクの足であれば振り切れるかと」
「ふう~ん、だからそれ何?」
「ザラクよ、聞こえておるか? その者にだけは決して捕まってはならぬぞ。お前では多分死ぬ。まずは二階層を目指して走り抜け。さあ、試練の時だ。モハハハハハ!」
モーランドはスクリーンに向かって大声で呼びかけ、アーリナは「いやだから!」とむっとした。
「いい加減教えてよ、何なの、その追っかけてるヤツ!」
「まったくまったく、これだから牛は」
高らかに笑う彼と、不満が募るアーリナとミサラ。一方、ザラクは言われるまでもなく、命懸けのサバイバルを繰り広げていた。
「うるせ、うるせ、うるせえー、クソ牛男! 何なんだコイツは! 俺はただ、武器を選んでただけなのによお。あんなんいるなんて聞いてねぇぞ! って、あっ、やべっ!」
ギンッ!──耳を塞ぎたくなるほどの鋭利な音が響いた。周囲に罅割れ一つ生じさせることなく、柱に刻み込まれた穿孔の痕。
ダンジョン内部は足元から天井に至るまで石畳が敷き詰められており、さながら城壁に囲まれたような空間が奥へと続いていた。
壁に揺れる松明の炎を頼りにして石柱が立ち並ぶ開けた場所に辿り着いた彼。その陰に隠れて魔物の追撃をやり過ごそうとしていたが、モーランドの呼びかけに不満をぶちまけた結果、居場所がバレてしまったようだ。
ザラクはすぐさま隣の柱へと移動したが、後を追うように次々と鋭い突きが放たれ、激しい火花を散らしている。
「ったくよぉ、こいつをどうしろってんだよ。武器だけじゃなく盾まで持ってやがるし、それにあのサソリみたいな尻尾、ヤバすぎだろうが!」
止めどない愚痴。ザラクの中では、モーランドが力試し程度の稽古でもつけてくれるのかと思っていた。けれど、蓋を開ければ違っていた。いきなり命懸けなんて、ふざけるのも牛顔だけにしろよ。
ザラクは敵の猛攻を柱で何とか凌ぎつつ、外で優雅に鑑賞中のモーランドに向かって再び声を荒げた。
「おい、クソ牛男! 出口はどこだ? さっさと教えろ」
彼は必死だった。そりゃあいきなり予告なく死の宣告が振りかかれば誰だって慌てる。もちろん語気だって強くなるはず。だが、その言葉遣いにモーランドはイラッとしていた。
「おい、貴様。我は師匠になるのかもしれぬのだぞ。まったく、敬意を払え、敬意を。最近の人間というものは口の利き方すらもしらぬのか」
「んなこと言ってる場合かよ、こっちは殺されかけてんだぞ! いいからさっさと教えろよ!」
ザラクの方が真っ当だった。画面に映し出されているのは、まるでアクション映画さながらの爆発シーンの連続。石が粉々に砕け散り、その破片が轟音とともに砂煙を上げて舞っている様子だった。
かたやモーランドは「やれやれ」と嘆息し、
「仕方あるまい。よいか? 貴様が目指すべきは地下だ。隠れていても埒が明かぬ。さっさと地下への階段を探すのだ」
と伝え、顎を引いて腕を組んだ。
「はあ? お前何言ってんだよ。こんなんいるのに潜れと? ふざけるのもいいかげ──おわっと、あ、あぶねえ……」
こうして話をしている間も押し寄せる攻撃が止むわけではない。彼は今、どのような敵と対峙しているのか──その姿がようやく明らかとなった。
鋭利な槍を携え、もう片手には巨大な鋼鉄の盾を構えている。あたかも中世ヨーロッパの騎士のように、じわりじわりと迫りくる脅威。
屈強な上半身はミノタウロスそのものだが、顔は牛ではなく馬面。下半身には蜘蛛のように足が何本も伸び、鋭い針が悍ましく光る長い尾は蠍を彷彿とさせる。
それを見たアーリナとミサラは思わず、食べていた果物を喉に詰まらせ咽返った。
「がはっ、がはっ。え? こ、これって何?」
「ぐふっ、モーランド、貴様……。これはもしや、伝説の──」
「ほ~う、ミサラは知っておったか。そう、彼の者こそ、古から蘇りし伝説の魔物キュートリクスだ」
古の魔物キュートリクス──王都バルムトの書庫には、厳重に保管された世界最古の古文書がある。
ミサラは王国騎士団時代、一時期その書物の管理を任され、確認のために一度だけ中を覗き見たことがあった。そこに綴られていた魔物の名とその風貌。
「たしかに、間違いはなさそうだな……。古文書に書かれていたことは、本当だったのか」




