第23話 ミサラの教え
モーランドの言いつけどおりにダンジョンの入口へと来たザラクは、周囲を見渡し散策を開始していた。
「ん? 何なんだこれ。ようこそって、歓迎されてんのか? 俺。まあいいや、お言葉に甘えてお邪魔するぜ」
意気軒昂に洞窟内へと足を踏み入れたザラクだったが、いまだ気づくことはなかった。すでにこのとき、試練が始まっているという事実に。
「おわっ! すげえな、こりゃあ~」
入口を跨いですぐのところで、彼は思わず感嘆の声を上げた。
壁一面に掛けられた大量の武具。ミノタウロスの代名詞とも言える斧はもちろん、剣に槍、弓や杖、槌といった、多種多様な武器種のオンパレードとなっていた。
「よおし、んじゃ早速選んじまうか、ってどれがいいんだ? ナイフしか使ったことねえし。となると、やっぱ短剣か? でもなあ~、ミノタウロスに習うならやっぱ斧のほうがいいのか?」
ザラクは右に左に首を傾げたが、大切なのは自分に合うかどうかだと結論付け、とりあえず一つ一つを確認してみることにした。馴染みやすい武器かどうかなんて、実際に手に取ってみなければ分からないものだ。
「ええっと、まずは斧から──って重っ!?」
自分の上半身がすっぽりと隠れてしまうほどの大斧。さすがにこれは使えた物じゃないと、彼は考える間も無く壁に戻した。
「デカくてカッコいいけど、戦いに見栄なんていらね。片手で持てるくらいの斧ならいいんだけどなあ~、でも考えてみれば、モーランドさんはともかくアーリナも斧だし、被りまくりだ。やっぱなしだな、っておっ? これいいじゃん!」
そう言ってザラクが手に取ったのは、二本一組の短剣。漆黒の刀身に薄っすらと朱い輝きを放つ刃の美しさに、彼は一気に魅了されてしまった。
「お~っ! カッコいいし、軽っ。切れ味も鋭そうだし、小回りも十分。二刀なら攻撃と防御、どちらもいけるんじゃねえか? よし、これだ。これに決めた!」
彼なりに考えて選んだようだが、要はカッコ良くて使いやすそうという、ザラクらしい単純な答えで即決した。
「やっと武器が決まったようね」
その頃、特等席で寛ぐアーリナとミサラは、魔法石が作り出す巨大なスクリーンに映し出されたザラクの様子を鑑賞していた。
「あ、モー君。このフルーツ美味しかった。追加できる?」
「ハッ、すぐにお持ちいたします!」
「おっ、できるのか。モーランド、私にも同じやつを頼む」
ミサラの声にピクリと肩を揺らしたモーランドは、
「ふんっ、頼むだと? ミサラよ、そこは『お願いします、素敵で牛牛しいモーランド様』が正しい頼み方だ。さあ、我を敬い、もう一度言い直すのだ」と言い放った。
すでに山盛りのフルーツを食べ終えた彼女たちは、モーランドから手渡されたメニュー表を見ながら追加注文をしていた。
彼はアーリナの注文には快く応じたものの、ミサラにはこれまでの鬱憤を晴らすかのように上から目線で敬意を求めた。
だが、それは彼にとって仇となった。ミサラは獲物を狙う狩人のように視線を鋭くし、内なる怒りは吐息に姿を変えていた。
「はああああ~、いいのか? そのような不躾な態度で……。どうなんだ? 当然、私にも持ってきてくれるのだろう?」
時が止まったかのような静けさだ。モーランドはゴクリと固唾を呑み、ゆっくりと震える口を開いた。
「──はい」
発したのはただの一言。彼はその声に怯え、右手と右足が同時に前に出るほどのぎこちなさで、注文品を取りに向かった。
パタンッ──漂う静寂を打ち破るように、アーリナは音を立ててメニュー表を閉じると、ミサラに声をかけた。
「あ~あ、これでパフェがあれば最高なんだけどなあ~。ねえ、ミサラ。ザラクに言ったことって本当なの? 戦いの才能がないってやつ」
「唐突、ですね。お伝えしたとおり、私はそう判断しております。武器だけの戦闘に限れば、まだ少しは可能性もございましょう。ですが、実戦の多くは魔法戦。さて復習にはなりますが、魔法を使う際の原理は覚えておられますね?」
「うん、魔法陣が出るよね。ミサラとの稽古で何度も見てるし。でも、あれってそこそこ目立つし、相手の顔なんか見れなくても何とかなるんじゃない?」
アーリナは不思議に首を傾げ、ミサラは頬を緩ませた。
「そうですね。では、魔法陣展開前の兆候についてはどうですか?」
「ああ~、それも聞いた気がする。ええとたしか……。そう! 一瞬だけ目が光るってやつよね? 」
「ええ、よく覚えておられましたね。では、私の目を見ていてください。彼が魔法戦に不利な理由を今からお見せいたします」
ミサラの指示に従い、アーリナは彼女の瞳の奥をじっと覗き込んだ。
「あっ?!」
「お気づきになられましたね」
それはミサラの右目に現れた。彼女の瞳孔を円周上に取り囲み、小さく丸い、紛れもない魔法陣が浮かび上がっていた。
アーリナが彼女の瞳に前のめりになると、ミサラは照れくさそうに視線を外した。
「アーリナ様。近すぎ、です……」
「あっ、ごめんごめん。もうちょっとよく見てみたくて。でも、え? 魔法陣って、目の前にバーンって大きく出てくるあれじゃないの?」
アーリナは両手を一杯に広げて、いつも見る魔法陣の大きさを体現した。ミサラはその様子に口元を隠して小さく笑った。
「フフッ、確かにそうですね。魔法は高位のものになればなるほど、古代文字の数は増え、魔法陣自体も大きくなるもの。ですが、相手が無詠唱魔法の使い手の場合、どれほど強力な魔法であれ、魔法陣は瞳の奥で展開し完結するのです」
「はえ? 瞳で完結? どゆこと?」
彼女の一筆書きのような説明では上手く聞き取れず、何のこっちゃ状態となったアーリナは大きく目を丸くした。
それに対し、ミサラはテーブル上に紙を広げて、「では、もう少し噛み砕いた説明に致しましょう」と言い、絵を描きながらの説明をはじめた。
「よろしいですか? アーリナ様。こちらが魔法を放つまでの流れになります」
魔法は詠唱によって瞳の奥から発動し、体外へと魔法陣が展開される。そこへ魔力を注ぎ込むことによって効果を発現させるのが、通常の魔法の仕組みだ。
しかし、無詠唱魔法の場合はそれとは大きく異なり、詠唱無しに瞳の奥で魔法陣が形成される。
そのため、詠唱→魔法陣→魔力注入といった一連の流れで生じるタイムラグのほとんどが解消され、相手の気づきを最小限に抑えたうえで、即座に魔法を放つことができるという──乃ち、魔法技術の粋となっている。
また、無詠唱魔法に限らず、魔法陣は片目で展開される場合と両目かの二種類があり、その違いについても教えてくれた。
「それと特に注意が必要なことですが、中でも魔法陣が両目に現れている場合は気をつけてくださいね」
「え~とそれって、めちゃんこ強力な魔法がぶっ放されるって感じだから?」
「フフフッ、はい、めちゃんこです。片目でも上位魔法を普通に放つ者もおりますが、籠められる魔力量は絶対的に減少してしまいますからね。普通は強力な魔法になればなるほど、両目を使うことになるかと」
「なるほどねえ~。無詠唱魔法を見破るって、やっぱりあの目が一瞬光るのを見逃さないくらいしかないってことよね? 実際には離れてるわけだし、こんなに目を覗くこともできないし。となると、ザラクにはやっぱり厳しいのかな」
「はい。光るとはいえ、閃光が走るほどではありませんし、常人ですら全てを見破ることは不可能でしょう。目を見ることができなくては尚更のこと。そして何より、彼は魔技大会に出るために強くなりたいと願っています。ですがあの大会には、魔女ルゼルアを筆頭とした無詠唱魔法の使い手が例年出場していると伝え聞いております。私はあの男に、命を粗末にしてほしくなどありません」
ミサラの課外授業が終わりを告げる頃、アーリナはほんの少しだけ疲れていた。というのも、魔法を使えない彼女にとって、それら原理の全てが想像の域でしかなかったからだ。
アーリナにとっては文字通りの机上の空論。魔力が全てのこの世界では、学べば学ぶほど、より強い孤独感すら感じることもあった。
それでも支えてくれるミサラがいて、魔法は使えなくても神の斧があると自らをいつも励ましていた。
(ミサラは一生懸命教えてくれるし、まあ思っててもこんなこと、口に出してはいえないけどね)
アーリナは一人頷きながら納得し、ふと思い出したように「あっ!」と叫んだ。
「そういえば、ザラクはどうなったんだっけ?」
「はっ?! 確かに忘れていましたね!」
魔法の学びで彼の現状など忘れ去っていた二人は、揃って、魔法石が生み出すスクリーンに目を向けた。
「ぐおあああー! どうなってんだ、こりゃあー!」
ザラクは喚き、走っていた。画面を作り出しているこの魔法石は、観る者が誰もいなくなると音声が消音になるという何とも現代的な機能まで備わっているらしく、彼女たちが見た瞬間、ザラクの悲鳴がその場に響き渡ったのだ。
「さあさあ、お二方、お待たせいたしました。フルーツ盛りのお代わりでございます──おおっ、始まったようにございますね」
両手にフルーツを山ほど積み上げた皿を持ち、どこからともなく帰ってきたモーランド。
テーブルに皿を並べると、これまたどこから取り出したのかも分からない自分用の大きな椅子に腰かけ、アーリナたちとともに観戦を始めた。
この様子にアーリナとミサラは顔を見合わせて首を捻った。
「あれ? モー君が手合わせをするんじゃ、ないの?」
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