第22話 弟子認定試練
一方アーリナは愉快な仲間たちとともに、魔晶の森を訪れていた。
彼女たちの仲間となって魔技大会への出場を願うザラク。モーランドが彼を弟子にするかの力試しをしたいと名乗り出たためである。
そんなモーランドだったが、今はと言えばその巨体をスキルで縮め、アーリナが持つお手製ポーチの中へと無理くり捻じ込まれていた。
お陰でもう、今にもはち切れそうなほどパンパンで息苦しい。『はあ? 魔物がぶらぶらと出歩いていいわけがないだろうが』と、ミサラに鬼の形相で迫られた結果、否応なしに定着しつつある彼の外出スタイルとなった。
モーランドは森に到着後、本来の姿へと意気揚々と戻り、その解放感からザラクと並んで浮足立っていた。
「モハハハハハ! ザラクよ。どうだ、我が城は! 最高だろう!」
「アハハハハハ! モーランドさん! お城はどこですか? 草しかありませんよ、草しか」
「モハッ、何を言うか! 木もあるじゃないか。木モオー!」
「おお~っ! 木もありました、木もおー!」
アーリナとミサラは先行する二人の姿に侮蔑の目を向けていた。あまりにも緊張感がなさすぎる。これならミサラのお説教タイムが始まるのも納得だった。
「おい、貴様ら! 少しは警戒したらどうなんだ? この森には魔物もいるんだぞ、いつまで腑抜けた面を──」
「うむ? 何を怒っておるのだミサラよ、我はタウロスロードぞ? この森のことは誰よりも知っておる。不安に思うことは何一つな……」
叱咤の声に反発したモーランドであったが、途中、口づまった。彼は足元に違和感を感じ、そっと目を落とした。
「モハッ?! 我に楯突くとは何者なのだ! ええ~い、放せ! ただちに放すのだ!」
声を荒げた彼の右足には、小さな子山羊が見た目に反してガッツリと噛みついていた。
「メ、メメェ~」
え、ヤギ? この世界にもいるんだ──アーリナはどうでもいい光景に首を傾げ、慌てふためく彼の隣では、「わあ~、なんて可愛いヤギさんなんだあ~」とザラクが子山羊の頭を撫でだしていた。
「はあ~、ダメだな。話が通じるなんて思った、私が間違っていたよ」
かたやミサラはため息を零し、諭そうとした自らを恥じた。彼女はアーリナの手をそっと握り、「さあ、先を急ぎましょうか」と足早に彼らの横を通り過ぎた。
「アーリナ様、私が愚かでした。あのような牛の申し出を受け、このような場所にまでご足労を」
「私は大丈夫。でも、あんなんで本当に大丈夫なのかなあ?」
良くいえば、何とも賑やかしい一行。彼女たちは所々でハプニングに見舞われながらも最深部、いわゆる森の中心へと辿り着いた。まあ、魔晶の森自体はさほど広くもなく、景色を満喫しながら歩いたところで半日もかからずに踏破することができる規模なのだが。
木々の間を縫って、陽光が地面へと落ちる明媚な情景。風に揺れる木の葉の音は心地よく、自然に満ちた静かな空間が広がって──なんて、大自然に心を委ねる間もなく、彼女たちの瞳には、その調和を打ち砕くほどのとてつもなく不調和なものが映り込んでいた。
落ち葉一つない綺麗に整備された芝生は、まるで環境整備直後の公園のよう。その深緑豊かな絨毯の奥には堂々すぎる看板が掲げられ、何やら洞窟の入口らしきものが口を開けて構えていた。
「ふう~、気持ちいいぜえ~」
ザラクはさっそく芝生の上に大の字となって寝そべり、木々の奏でる歌に耳を傾けながらピクニック気分に浸っていた。
「森の奥に、こんな場所があるなんてな。おい、アーリナ! ここに来いよ。最高に気持ちいいぜ」
彼は揺れる木の葉の隙間から覗く空を見上げ、芝生をポンポンと叩いて彼女を呼んだ。その満足げな表情に、モーランドの顔も「モハッ」とニンマリした。
「そうであろう、そうであろう。お前、案外分かる男ではないか。ここを作り上げた三年もの年月。ようやくアーリナ様にもお披露目できました。さあ、どうぞこちらへ」
寝そべり族と化したザラクに続き、彼もどうぞどうぞと身振り手振りで誘っている。アーリナはそんな彼らの誘いに無言で首を横に振り、同じく唖然とするミサラへと話かけた。
「ねえミサラ、ふつう魔物って、こんなに大々的なお家を作っちゃうものなの?」
「い、いえ……。こんなにフレンドリーなダンジョンの入口は初めてです。いったい何なんですかね、あの〝ようこそタウロスワールドへ〟って」
「そう、だね。わざわざ人の言葉で書いてあるし、もしかして誘っておいて食べちゃうとか?」
岩石を幾重にも重ねて造られた地下迷宮への入口を前に、アーリナとミサラはただただ、この牛、頭おかしいよね? といった目でモーランドを見つめた。
「いやはや、どうされましたか?」
立ち尽くしたままの二人の様子に、モーランドは首を傾げた──が、どうもこもない。ミサラは視線を鋭く、目の前の牛を叱責した。
「モーランド、貴様。これはいったい何のつもりだ? 領警団にでも見つかったら大ごとだぞ。貴様には魔物としての自覚がないのか!」
呆気に取られていた彼女もようやく目覚めたようで、その内容は全うだった。ここラーズベルド王国では、王国騎士団や各地の領警団に対し、魔物は根絶やしとの通達がなされていた。この国で魔物との共存などありえない話だということ。
「ほう? ミサラよ。我らミノタウロスの身を案じてくれるとは、その心遣い嬉しく思うぞ」
「ったく、貴様のためではない」
「だがまあ、心配は無用だ。この場所は我の魔力によって生み出した空間。周囲からは見えることもなければ、人間らがここに立ち入ることも叶わぬ。要は結界が張られておってな、その端に触れた途端、自動的に森の反対側へと飛ばされておる。延々と続く木々の光景の中、それも一瞬だ。誰一人として気づける者などおらぬわ」
モーランドは誇らしく語り、漆黒に光る二本の角を天高く突き上げるように、顔を上げて、「モーハハハハハハー」と笑い飛ばした。どうやらここには魔物か、その同伴者でもない限り立ち入ることができないようだ。
ミサラは彼の話に意外にも関心を示し、独りごちりながら顎を撫でた。アーリナはいまだ芝生の上でゴロゴロしているザラクの傍へと近寄ると、静かに腰を下ろした。
「ねえ。モー君はああ言ってたけど、君は本気で弟子になんてなりたいの?」
「ああ? そうだなあ~、よっこらせっと」
彼女の尋ねに、ザラクは体を起こして座り直した。
「弟子ね、まあ今のところは大会に出られるなら何でもいいや。魔剣士様には断られたし、もうあのミノタウロスに頼るくらいしかないからな」
「そう。じゃあとりあえず頑張ってよ」
「お前に言われなくても分かってるさ。しっかしよ、俺たちで決勝だったらどうするよ? 俺はわざと負けてやるほど甘くはないぜ」
ザラクは唇の端を悪戯に吊り上げ、アーリナに顔を寄せた。彼女は「ち、近すぎい~」と両手でその顔を押し退けながら、
「もう決勝の話~? 話が飛躍しすぎね。君はまず、モー君に認めてもらえるかどうかの話でしょ。私とはスタートからして違うわ」
と挑発に応じた。
「んまあ、言われてみりゃあ確かにそうだな。で、お前こそどうなんだ? 俺はもう出るなら決勝しか見てねえが、その感じじゃあ自信がねえのか?」
「はあ~? 私はむちゃくちゃあるわよ!」
挑発につぐ挑発に、アーリナはバシッと答えて胸を張った。丁度そこへ、ズシリズシリと重い足音を響かせ、モーランドが歩み寄る。
「さて、さっそく始めようではないか」
彼はザラクに目を眇め、ダンジョンの入口を指差した。
「ザラクよ。あの門をくぐってすぐの場所に武器を用意しておる。その中から好きなものを選ぶといい。それと──アーリナ様は大変危険にございますから、あちらの席へどうぞ。スゥイ~トな貴方様には特等席をご用意させていただきました」
「え、何? 特等席?」
アーリナが目を丸くし、ダンジョンとは反対方向に視線を移すと、そこには真っ赤な縁取りの豪奢な椅子と日よけの傘とテーブル、さらにはフルーツ盛り合わせのようなものまで置かれていた。
「は、はえ……?」
いつの間にこんなものを?──アーリナは口を半開きのまま、釘付けとなった。
「さあアーリナ様、早くこちらへ! この果物は物凄く美味にございます、っていやあの、ええとですね……そう、毒見です」
彼女に先駆け、ミサラはすでに優雅な姿でフルーツに舌鼓を打っていた。毒見とは上手く逃げたな、とアーリナは思う。けど、それも仕方ない。どの世界の女子も甘いものには勝てない生き物ということだ。
彼女はザラクに「じゃあ、頑張って」と他人事のように声をかけると、猛烈ダッシュで特等席へと向かっていった。
アーリナもまた、その欲望には抗えなかったようだ。




