第17話 嘘を罰する魔法
「の、呪いだとお~!?」
アーリナから突如言い渡された呪いの宣告。ザラクは驚愕のあまり椅子を引き摺り、体を大きく仰け反らせた。
「フフフッ……」
その慌てぶりを不敵に笑ったミサラ。彼女からも追撃の言葉が言い放たれる。
「アーリナ様、さすがに呪いは少々言い過ぎにございます。ですが、光魔法の中でも禁呪とされているものでもありますし……。そうですねえ~、あながち間違いというわけでもないのですよねえ~」
ミサラは頬杖をつき、目を眇めて唇をニヤリと吊る。ザラクに注がれる二人の視線が、まるで冷たい氷が背中を滑り落ちるかのような寒気を走らせ、彼の体を身震いさせた。
目の前にグイグイ詰め寄りだした彼女たちに、ザラクは「ちょ、ちょっと待ってくれ」と体の前に両手を突き出し、プルプルと振るった。
「そ、その禁呪って何なんだよ、ぜって~ヤバいやつなんだろ?」
「フフーン。まったくしょうがないなあ~、ミサラ、教えて差し上げて」
「承知いたしました、アーリナ様。では、ザラク──」
「んだよ! その顔、怖ぇんだよ!」
「静かに聞きなさい。この禁呪とは、嘘──」
「俺は嘘なんてついてねぇよ!」
禁呪について話そうとするも噛み合わず、ミサラは頭に血を上らせ、「話は最後まで聞く!」と語気を強めて流れを切った。
「いいか? 今から貴様にかける禁呪は、嘘を罰する魔法だ。つまり、これから我々が聞いたことに対し嘘偽りで答えた場合、お前には重い罰が下ることになる」
彼女の口から語られた禁呪の正体──それは、魔法版ウソ発見器であった。
光属性魔法【魔光虚禁】は、体の一部に魔法による鎖を繋げる。仮にその者が嘘をつけば、鎖は光を増して熱を帯び、体に焼きつき激痛を与える。
痛みの強さは籠めた魔力量に比例するというが、術者がミサラである以上、相当な覚悟が必要となるのは間違いない。
「えっ……というか、俺は鼻から嘘なんてつく気はねえし、そんな魔法は必要ないだろ?」
「ほう、では、逆にかけても問題ないではないか。嘘はつかないのだろう?」
「うぐっ」
ミサラの返しに、彼は頬をヒクヒクと引き攣らせながら、「じゃ、じゃあ、どのくらいで解いてもらえるんだ?」と恐る恐る聞き返した。
これに対し彼女は、「1年」と真顔で即答した。
「お、おい! 長すぎるだろ! せめてさ、1週間、いや1ヶ月でもいいからそれぐらいにしてくれよ。別に騙すつもりじゃなくても、相手を傷つけないための嘘だって、いくらでもあるだろ?」
ザラクの顔を青ざめ、ミサラは「ああ、確かにそうだな」と一定の理解を示した──かのように見えたが、
「でも、この魔法には嘘の特性までを判別するだけの力はない。たとえどのような嘘でも、全てを焼き尽くす!」
と全く以て容赦がなかった。
「んがっ?! や、焼き尽くすって……。そんなんじゃ、俺、ほぼ確実に死ぬじゃん」
「ほ~ら、やっぱり騙す気じゃないか」
「だから違うって。そんな馬鹿なことは止めてよお、他にも方法はあるはずだろ? あんたは光魔法を極めてるって聞いたぞ。だったらせめてもう少し優しい魔法で頼むよ」
ミサラに対し、優しさを求めたザラクだったが、その結果──。
「優しい魔法だと? そんなものは、ない」
「ないのかよ~」
彼はその場に膝から崩れ落ちた。ザラクは両手のひらを擦り合わせ、あたかも神様にお祈りするかのようにして、そのまま彼女に恩赦を懇願した。
この様子をみていたもう一人の策士アーリナは、彼の隣に来ると膝を落とし、
「じゃあいいわ。君が仲間になるって話は無しってことで。考えてみれば別に君じゃなきゃダメってわけでもないのよね~、仮にも私って領主の娘だし、お父様に頼み込んで専属シェフを雇ってもらうわ。だからって、分かってるよねえ? もし斧の話を口外なんてしちゃった日には──そのときは、ミサラの魔法で燃えることになるわよ」
と、少し意地悪にザラクの耳元で呟いた。
「何だよ~、どちらにしろ焼かれるのかよ~」
彼の強気な態度は影を潜め、ただ情けなさだけが滲み出る音だけを響かせていた。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したザラク。その表情は真剣さに満ちていた。
「なあ、まだ言ってなかったよな? 何で俺が、お前たちの仲間になりたいのかってこと」
「そういえばそうね。まあ、話だけは聞いてあげる」
アーリナはテーブルに両肘をたてて、手のひらに顎をのせた。だが、その目は彼の顔を真剣に見据えていた。ザラクの顔を見れば分かる、きっと真面目な話なのだろう。
彼女は彼女なりにその気持ちを汲んでいた。いつもはおチャラけているアーリナであっても、場の空気は弁えているのだ。
「俺、さ。償いたいんだ」
「償い?」
「ああ。シュトラウス軍に包囲されたあの日、領民たちは皆、命をかけて戦うと言っていた。でも、親父は彼らの声を受け入れず、フィットリアを手放した。結果は知ってのとおりだ。親父が取りつけた約束が果たされることもなかったし、俺たちが保身のために領を捨てたと思われても仕方のないことだ。結局、優しさだけじゃ誰も救えない」
ザラクは唇を強く噛み締め、悔しさを滲ませながら言葉を紡ぐ。そんな彼らの話の中、ミサラは椅子に深く腰掛けて俯き、目を閉じたまま静かに聞いていた。
「だからこそだ。今度こそ、このフィットリアを守ってみせる。そのためには魔技大会に出て、是が非でも優勝を勝ち取らなきゃいけないんだ」
「そう、いい心がけね。でも、君が優勝したらここの領主になるわけだけど、その覚悟は出来ているの?」
「ふん、そういうお前は出来てんのかよ」
「もちろん!」
彼の返しに、アーリナは間髪入れずに軽快に応じた。ザラクは「そうかよ、ご立派なことで」と自らの鼻先を指で擦った。
「でもよ、俺は領主になんて興味はない。言ったろ? この地を取り返そうなんて思ってないって。この領は、お前らクルーセル家が治めていけばいい。何より、領民達はそれを望んでいるはずだ」
「ふうーん、で? 君は何が言いたいの? 仲間になりたい理由がまったく見えてこないんだけど? だって、それだけの覚悟があるなら一人で出ればいいじゃない。別に私たちの仲間になる必要なんてなくない?」
アーリナは首を傾げ、ザラクは「だってよ」とボソッと呟き、視線を逸らした。
「今のままじゃ……」
「え? 何? 何か言った? 全然聞こえないんだけど?」
「だ、か、ら! 今のままじゃダメなんだ! この領が優勝賞品になるって聞いたとき、俺は居ても立っても居られなくなった。絶対に守らなきゃならないって。初めは任せてればいいと思ったさ。あのライアット候を退けた、お前の親父がいるんだからな。でもよ、この世に絶対なんてないんだ」
「……」
ザラクの熱い思いにアーリナは自分を重ねていた。大切なもの、信じてるものが、当たり前のようにいつまでも寄り添ってくれるなんて、それこそ幻想だと彼女自身もそう思っていた。
(彼も私と同じなんだ……。この世に絶対なんてない。守れるならこの手で守りたい。たとえ無力だったとしても、知らないところでいつの間にか失うなんて、私は絶対に嫌──)
彼女が自分の思いと重ねている最中も、彼の話は続いている。
「俺は一年前、親父から離れて修行に出た。でも、幼い頃から調理しかしてこなかったし、使えるのはナイフだけだ。剣なんて触ったこともねえし、教わったこともねえ。そんな時だ、あの森でお前らが稽古をしているのを見かけた。光る斧をぶん回す小さなガキと魔剣士ミサラ──」
彼の口から零れ落ちたその名に、黙り込んでいたミサラが瞼を開いた。
「話の腰を折って悪いが、貴様は何故、私の過去の呼び名を知っているんだ?」
ザラクは彼女の声に「ん?」と首を捻り、「光の魔剣士を知らないヤツなんて、逆にいるのか? それに昔、一度だけ会ったことがあるからな」と切り返した。
「私と貴様がか?」
「ああ。親父が領主だった頃、評議会に参加するために一緒に王都へ行ったんだ。そのときに騎士団の訓練も見せてもらった。まあ、あの時のお前からは『邪魔よ』ってあしらわれただけだったけどな」
「全く、覚えていないな……。その話は何年前のことだ? 他に話したことはないのか?」
「たしか、ライアット候がここを襲撃する前だから10年以上は経つかな。で、話したのはその一言だけだ」
「はあ~、自意識過剰か。それを話したとは言わないぞ」
ミサラとザラクが話し込む中、アーリナは一人、下唇を噛んでいた。まだ出ぬ結論に不満を溜めに溜めていたのだ。
「あのさあ~、だ・か・ら、どうして仲間になりたいの? 話がくどすぎ、寄り道グルグルなのよ!」
彼女の訴えにハッと息をのんだミサラと、「はあ~」と嘆息し、後ろ頭を掻きながら面倒そうな面持ちのザラク。彼は「話には順序ってものがあるだろう?」と前置きしつつ、話を進めた。
「じゃあ、結論を言うぞ。俺一人で大会に出たところで、負けは確定だ。さっきもいったとおり、剣の使い方だって知らねえし、独学で学ぶにも時間が足りねえ。じゃあどうするかだが、お前らを見て決めたんだ。ここは一つ、仲間に入れてもらって、かの有名な魔剣士様に教えを乞おうってな。要するに強くなりてえ。仲間になりたい理由としては十分だろ?」
アーリナとミサラは彼の話を聞き、顔を見合わせコクリと頷き合う。
「アーリナ様、いかがされますか?」
「ふう、やっとザラクが仲間になりたいって意味が分かったわ。まあ、気持ちは分かるけど、でもね~」
ハッキリしないアーリナの態度に、ザラクは「んだよ、気持ちが分かるならいいじゃねぇか! 別に悪い話じゃないだろ?」と、机に前のめりになって訴える。
「まあそうね。じゃあ、右手を出して」
「右手? こ、こうか?」
(ふっ、かかったな──)
彼は油断しきっていた。彼女たちの方針は一貫して変わってなどいなかったのだ。何気ない会話で気持ちを揺さぶり、気づかぬうちに相手の警戒心を解く。ザラクはその策に飲まれ、何も考えずに自然と右手を彼女の前に差し出していた。
アーリナは唇の端を悪戯に吊り上げ、その手をガシッと力強く掴んだ。
「ミサラ! 早く魔法を──」
「了解です、アーリナ様!」
「お、おい!? な、何なんだよ!」
そこからは一瞬の出来事だった。ミサラの指先が彼の腕に触れると同時に、ザラクの右手には眩いほどの光が迸った。その真っ白な光は一斉に手首へと雪崩込み、あたかも蛇のように巻きつき始めた。
「うぐっ……」
ザラクの顔は痛みに歪んでいた。拳を握りしめ、歯ぎしりが聞こえるほどに奥歯を強く食いしばっている。そして光の蛇が彼の手首に吸い込まれるように消えた後、その腕には白い文字のようなものが帯状にクッキリと刻み込まれていた。
「よし、なかなかいい仕上がりだぞ。それではアーリナ様。彼に何か質問をお願いします」
「そうねえ~、じゃあ早速だけどお~、ザラク! 君はミサラのことが好きでしょ?」
「んなっ!? アーリナ様? そのような意味のない質問ではなく、彼が嘘をつくようなことを聞いてください」
虚を突かれた質問に、ミサラは頬を赤くした。ザラクは「おお~、いってえ~」と右手を振りながらも、
「つうか、なんだその質問。こんなことして何になるってんだ……」
と眉を顰めた。
「いいから答えて」
「はいはい、わ~ったよ。こんなおばさん、嫌いに決まって──ぐぅおあああー!」
彼がアーリナの問いに答えた瞬間、右手の文字が赤く染まり、火がぼわっと揺らめくように激しく光った。やはりかなりの激痛のようで、ザラクの悲鳴は屋敷中に響き渡った。
「も、もうお願い。やめてよこれえ~。俺、そんなに悪いこと、したあ?」
「まあいいじゃん。一年経てば外せるんだし、意外にお洒落だし。でも、それにしても意外ね。ザラクってミサラに気があったんだ」
「ち、ちげえよ。やっぱこの魔法狂ってんぞ? 」
満面の笑みを浮かべたアーリナと、苦笑いのミサラは、互いに作戦成功を祝してハイタッチを交わした。かたやザラクは「もうやだ……」と肩を落とし、まだ痛みの残る右手を優しくさすっている──が、
「あのよ、さっきから聞きたかったんだが、後ろのソレは何だ?」