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第9話 かわいい牛になった件

 帰路についていたアーリナ達だったが、すでに屋敷があるアルバスの町は、もう目前にまで迫っていた。


 いつまでも着いてくる牛、一体何故に。アーリナの問いに、モーランドは頬の傷を指先でなぞりながら、気まずそうに答える。


 「じ、実はですね……少々難儀なことがございまして。先にお伝えすべきところ、このモーランドの不覚、いやはや失念いたしておりました」


 「で、何?」


 アーリナは目を細めてジトッと彼を見据え、より一層、モーランドはモジモジと体を揺らした。


 「はあ、ええと……よろしいですか? 落ち着いてお聞きください。我は、貴方様の傍を離れられない身体になってしまったのです。忠誠とはまさしく、心技体の全てをその御方へと捧げること。故に、これからは毎日、ご一緒させていただくことになるかと……」


 「……はぇ?」


 「……」


 まだまだ冬には早いというのに、場の空気が凍てついた。彼の言葉にただ茫然と立ち尽くす彼女達であったが、ハッと我に返り、顔をブルブルと振るいながら悲鳴じみた声を空へと投げた。


 「え、えぇーっ!?」


 「な、何だとぉー!?」


 モーランドから告げられたあり得ない事実に、アーリナの頭に浮かんできたのは、一大事という三文字だけだった。だが、心の中は荒れ狂っていた。


 (いやいやいやちょっと待ってよ、一大事どころか、超絶大問題じゃないの。え? わたしのプライベート終わった? わたし……私には一生、この牛がどんなときでも付きまとうっていうの?!)


 アーリナは迫りくる焦燥感に打ちひしがれ、目の前の牛に前のめりに詰め寄る。


 「モ、モーランドさん! それって、どのくらい傍じゃなきゃいけないの? それにまさか、その、い、一生ってことはない、よねえ?」


 「そ、そうでございますね……。これまでお仕えした神であれば、その祈りを捧げることで庇護下にある範囲内に限り離れることは可能でしたが、今回はその神に直接ではなく、力を宿した者に仕えるということでして、我も初めてのことにございます。ハッキリとは申し上げられませんが、これから少しずつ試させていただこうかと。ただ、先代からはこうも伝え聞いております──」 


 彼が言うには、タウロスロードが神の力を宿した者に忠誠を誓った場合、主が力を失うまでの間、その下から離れられなくなるようだ。つまりは私に死ねと? と思わず口に出しそうになったアーリナだったが、ここは大人しく話を聞いた。


 話の流れからしても、やはり、アーリナの命が尽きるか、はたまたラドニアルが天界へと舞い戻る日が来るまで屈強な牛のストーキングから逃れる術はない──ということだけは何となくだが分かった気がする。最低最悪だが、先代のタウロスロードから続く伝承とのことで、おそらく間違いはないようだ。


 斧神のみならず、牛にまで憑かれることとなった彼女は、口を鯉のようにパクパク、頬をピクピクとさせ、困惑を曝け出していた。


 そんな彼女の隣では、ミサラも頭を抱えながら深いため息をついている。


 「アーリナよ、まだ帰らぬのか? 予も力を使いすぎたぞ。もう疲れに疲れ切ったわ」


 頭を悩ます彼女達に向かって、ラドニアルは早めの帰路を促すが、今のアーリナにそこに構っているほどの余裕はなかった。奥歯をギリッと噛み、斧神を軽蔑の眼差しで見下ろす。


 「ラドニーは黙ってて。今さあ、取り込み中なの。そんなに疲れてるなら、勝手に寝てていいから」


 アーリナの生涯問題はさておき、今は目と鼻の先の大問題がある。


 このまま牛を連れて帰る? いやいやいや、無理でしょ? こんな馬鹿でかい普通じゃない牛なんて……って、まあ見方によっては逞しい? って違う違う、そんなことはどうでもいいの。いくら物好きのレインとはいっても、これにはさすがにビビるよねえ?──と、彼女の心は混乱に満ちていた。


 ここで出てきた領主ダルヴァンテの執事、レイン・ルックウッド。


 相手を魅了する、朝露のように潤んだ深緑の瞳。


 濃紺の髪を肩で揺らし、その毛先は踊るように外へと跳ねる。


 エルフの血が入っているのだろうか? 純血か混血かは分からないが、特徴的なピンと伸びた耳はエルフそのものだ。見た目は若々しく、肌はツルツルとして色気を放ち、昔風に例えるならエロカワってやつだ。


 ただ、正直苦手──アーリナにとって、彼女がかける言葉全てが氷のように冷たく感じた。


 『アーリナ様、屋敷の外にお一人で出るのは控えてくださいと、何度も言いましたよね? 高貴なこのクルーセル家の品位をそうまでして落としたいのですか?』


 『え、えっとぉ、レイン。その、お庭でお花を……』


 『言い訳など結構です。さぁ、行きますよ。早くお部屋に──』


 (一人でお庭に出てると、レインに部屋に戻されるなんて、日常茶飯事だったなあ)


 『あら、レイン。その手を放してもらえますか? アーリナ様のお世話は私が担当なのです。貴方に口出しされる覚えはありませんわ』


 『まったく、無礼な女ね。ミサラ、私はダルヴァンテ様の執事、いわゆる側近なの。一方、貴方は何かしら? あらやだぁ、単なる使用人? ゴミ箱担当がお似合いじゃない』


 『ええ、そうね。じゃあ、目の前にある()()も始末したほうがよさそうね』


 (でも、ミサラが来てからは、レインに噛みつかれても守ってくれたっけ)


 と、これまたどうでもいい──今はモーランドのことだ。


 彼女は現状打破に、全力で脳をぶん回しすぎて、余計なことまで次々と思考していた。


 モーランドは、チラチラと目の前の怖い顔をした二人に、「あ、あのお~」と恐る恐る話しかける。


 「あ、主にミサラ。そ、その、ひょっとしてでございますが、我の姿のことでお困りなのではありませぬか?」


 そう、そのとおり。彼の声に、彼女たちは目を丸くしてコクリと頷き、モーランドは高笑いを上げて誇らしげに答えた。


 「モハハハハ! アーリナ様、我とて今のままで人間と一緒に居れるなどとは思っておりませぬ。よろしいですか? 見ていてください。ミサラよ、お前も腰を抜かすぞ? では、さっそく。モハーッ……モハーッ……」


 彼はゆっくりと呼吸を整え始めた──そしてそこから一気に、身体中の空気を絞り出すようにして大きく息を吐き出した。


 「モハアアアアアア~」


 「はぇ? え? すごっ!やばーい!」


 「こ、これは一体どうなってるんだあ~! 」


 大きく開いた瞳に映し出された光景に、アーリナとミサラは驚き叫んだ。


 それもそのはずで、みるみるうちに小さくなったモーランドの体は、アーリナと同じ目線にまで縮み、彼の視線が重なったのだから。


 「モハッ。どうですう? これならばいかがしょう? 人間の家にも十分馴染むと思いますが?」


 その顔は自信に満ちていた。モーランドのドヤ顔が示すとおり、背丈はアーリナと同じくらいの大きさまで縮んだ。手足は短くなり、顔も少し可愛らしい牛になった──とはいえ、顔に残る戦士のような傷跡はそのままで、二足歩行と体格の良さも変わらない。


 (あ……でも、四足歩行になってもらえれば、ペットとしていけるかも?)


 アーリナは彼にさっそく、四足歩行を指示してみた。がしかし、あまりのぎこちなさに、ミサラの審判が光の速さで下された。


 「──アーリナ様、却下です。お言葉ですが、そんないびつな牛がいるとでもお思いですか? それに、勝手に動物を連れて帰ったとしても、ご家族から追い出されるのは火を見るよりも明らか。私は反対です」


 「おい、ミサラよ。我を動物扱いするでない! 我はタウロスロードだぞ」


 「ええい! 貴様は黙っていろ!」


 ぷんすかと睨み合うミサラと牛。その光景を眺めつつ、確かに、ミサラの言うことはごもっともだと彼女は思った。


 アーリナがいかに神の力を有しているとはいえ、あの屋敷では底辺の存在。こんな異様な牛を連れ込んだりでもしたら、追い出されるどころか、今夜のディナーにされかねない。


 アーリナはう~んと首を捻り、「じゃあ、ミサラはどうすればいいと思う?」と問い返した。


 「えっ? そ、それは……。そうですねぇ……」


 彼女の質問に、ミサラは何も答えることが出来なかった。しかしモーランドの呟きで状況は一変した。


 「う~む、やはり、この大きさではまだ足りませぬか?」


 今でもかなりミニ牛──なのに、まだいけるというのだろうか。


 アーリナとミサラは互いに顔を見合わせ、「これ以上いける?」「アーリナ様、それはさすがに……」と苦笑いを浮かべた。


 だが彼は自信満々に、


 「ミサラよ、我を見くびってもらっては困る。為せば成る──任せよ」


 と切り返し、再び大きく息を吐き始めた。息を吐くたびに体が小さく、もはやマイクロ豚を凌駕するほどのサイズ感へと成長? いや逆成長した。


 「凄い!可愛いわ。ねぇ、ミサラ」


 「え、ええ、アーリナ様。可愛いかどうかは置いておきましても、これなら鞄に隠して持ち帰れますね!」


 アーリナとミサラは互いの手のひらをぶつけ合って、パチンと鳴らし、笑みを浮かべて喜びあった。


 「……な……よ……た……」


 そのとき、かすかな声が彼女たちの耳に届いた。


 「ん? ミサラ、なんか言った?」


 「え? いえ、私は特には」


 二人は首を傾げ、ゆっくりと足元のモーランドへと目を落とした。


 「じゃあ、モーランドさん、今、何か言った?」


 「……だ……ミサ……アーリ……そ」


 彼は小刻みに口を動かしているようだが、そこから発せられる声はほとんど聞き取ることができなかった。どうやら小さくなったのは体だけではなく、声まで比例して小さくなってしまったようだ。


 「ああ~そうねぇ。そりゃあ、体も縮めばねえ~」


 「はあ~、何とも間抜けな……」


 彼女たちの呆れた顔が、モーランドの頭上に並び、彼は「モハッ」と後ろ頭をポリポリと掻いた。


 普段、ここまで収縮することのなかった彼にとっても、これは完全な盲点だった。


 モーランドは気を取り直して、ゴホンゴホンと咳ばらいをして喉を慣らした。


 「あ~あ~……。アーリナ様! これで聞こえますか?」


 「え? あ、うん聞こえる。普段の声まで小さくなっちゃうんだね」


 「はい、そのようで。面目ありません。いやはや、話すたびにこれでは喉が持ちませんな。モハハハハ!」


 「全く……。まあ、貴様は声がでかすぎるからな。それくらいでちょうどいいだろ? では、アーリナ様、先を急ぎましょう」


 ここまで、大きく時間をロスしてしまったが、その甲斐あってモーランドの大きさ問題だけは解決した。アーリナは先を急ぐべく、意気揚々と腰に下げたポーチを開けて、彼をその中へと入れようとした。


 「い、痛っ! 痛いです、アーリナ様。もう少し、優しくお願いできれば……」


 「分かってる分かってる。あとちょっとで入りそうなの、我慢して!」


 痛がるモーランドを、ポーチに無理くりねじ込んだアーリナ。

 「これでよし!」とミサラに、してやったりな笑顔を返す。


 「では、行きましょうか。アーリナ様」


 背中を打つ赤い夕陽。ミサラはアーリナの手を取ると、急いで屋敷へ向かって駆けだした。


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