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鳥籠

 二月になったばかりの頃、家で一人飲みをしていたら飲み過ぎたようで、深夜に怪しいサイトでネット通販を頼んでしまった。


 届いた商品の名前は「花粉キャッチャー」。見た目は金属製の鳥籠で、高さは二十センチくらい。


 静電気の力で花粉を集めるって謳い文句が箱に印刷してあるけど、コンセントも電池が入れられるところもない。どうやって静電気を発生させるのか。


 明らかに私、騙された。


 一人飲みはもう止めようと心に誓う。


 誰かと一緒に飲んでたら酔ったうえでの愚行を止めてくれる可能性があるけど、一人ではどうしようもない。今回は数千円だけど、数万、数十万円とかやらかしたら目も当てられない。


 それはそれとして鳥籠自体はインテリアとして悪くないので、捨てないで部屋に置いておくことにした。


 それから二週間くらい経った頃、気づいたら玄関の靴箱の上に置いた鳥籠の中に、黄色い小さな固まりができていた。


 見た感じ、ふわふわしている。どこからこんな色の埃が舞い込んだのだろう。


 何しろ仕事が忙しくて、玄関の掃除まで手が回らなかったのだ。その日も「あとで掃除しないと」と思っただけでバタバタと出勤した。


 次に鳥籠の中を見たのは、それからさらに二週間以上経った日曜のことだった。


 昼過ぎに起き出した私は後回しにしていた家事をやっつけることにした。


 玄関も片付けようとあらためて鳥籠の中を見ると、あの黄色い埃の塊が育っていた。


 大きさは私のこぶしくらい。羽毛のようにふわふわしていて、見間違いでないのなら目とクチバシもある。


 自分の目が信じられず呆然と見つめている私と、そのふわふわの目が合う。


 するとそれは「ちゅんっ」と鳴いた。


「鳥……?」


 そうつぶやくと、


「うん、そう」と答える。


「待て待て、鳥が人語を解すわけないでしょ」


「そういう鳥もいる」


「嘘つけ」


「じゃあ、鳥じゃないかも」


 そう言われると、返す言葉がとっさに思いつかない。


 沈黙した私に、その鳥もどきは、


「しばらくよろしく」と言った。


 餌も水もいらない。鳥籠は玄関に置いておけばいい。春が過ぎるといなくなる。そう言うので、私はその鳥もどきを許容することにした。深く考えるのが面倒だったのかもしれない。


 何しろ私の側の負担はない。放っておけばいいのだ。


 とはいえ、人語を解すものを相手に完全な無視は意外とできなかった。


 なんとなく、起きれば「おはよう」と言ってしまうし、出かけるときには「いってきます」と言ってしまう。


 そうすると、「ただいま」を言わないのも気持ち悪いし、灯りを消すときには「おやすみ」と言わずにいられない。


 そして相手は挨拶を返してくる。


 一ヶ月もすると、私は鳥とふつうに会話するようになっていた。


 会社から帰ってくると玄関で鳥に「ただいま」と言い、シャワーに直行する。


 花粉症なので、春は花粉が大敵なのだ。髪や肌についた花粉はなるべく早く洗い流したい。


 シャワーを浴び終えると、鳥籠をリビングに移す。


 ご飯の用意をしながら鳥と話し、ご飯を食べながら鳥とテレビを見て、ネットをうろうろしながら鳥に会社の愚痴を聞いてもらう。


 夜が更けてくると、鳥に「もう寝たら」と言われてベッドに入る。


 朝は鳥に起こされ、鳥に見送られて出勤する。


 鳥がいるので家飲みも再開した。飲み過ぎると「もういい加減にしなさい」と止めてもらえるから。


 私はそんな生活にすっかり慣れてしまった。


 そんなある日、気付くと鳥が小さくなっていた。


「どうしたの? 具合悪い?」


「具合が悪いわけじゃない。そろそろ別れの季節なだけだ」


 そういえば、春が終わればいなくなると言っていたと思い出す。たしかにもうそろそろ初夏だ。


「もういなくならなくていいよ。ずっといていいよ」


 思わずそう口走っていた。


「そうはいかない。花粉のシーズンが終われば、この姿を保っていられなくなるからね」


「……花粉?」


 ぽかんと口を開けた私を、鳥は見返し、


「君は自分が何を買ったのか忘れたのかい? これは花粉キャッチャーだよ」


 そう言って、クチバシで鳥籠をつついた。


「え、じゃあ……」


「そう、私は花粉でできてる。だから花粉が舞う季節が過ぎるといなくなる」


 鳥の言葉に、私はよほど情けない顔をしていたのだろう。


「君を苦しめる花粉がそろそろ収まる。喜ぶべきだよ」


「……喜べない。花粉が一年中舞っててもいいからいなくならないでよ」


 私が俯いてそうつぶやくと、


「無茶を言うもんじゃない。でもまあ私も、君をひとりにするのは少し心配だ。夜更かしせず、朝はちゃんと起きるんだよ」と、鳥は言った。


 それから一週間後、鳥は喋らない黄色いふわふわになり、また一週間経つと鳥籠は空っぽになってしまった。



 

 そして翌年。次の花粉シーズン。


「花粉が舞うようになったら復活するなら、最初からそう教えておいてよ」


 鳥籠の中でまた育ってきた花粉のかたまりに私が文句を言うと、


「考えれば分かることだと思うけどねぇ」などと、憎らしいことを鳥は言う。


「ところで私がいない間、夜更かししたり、一人で深酒などしてないだろうね?」


「わー、口うるさい、鳥ってお母さんみたい」


「こんなだらしない子を生んだ覚えはないよ」


「私も花粉から生まれた覚えはないよ」


 そう答えながら、口元が緩んでしまう。


「ねえ、鳥がいない間に、聞いてもらいたかったことがいっぱいあったんだよ」


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