勇気がなくてもアレがあれば告白できる
エリーとバーバラは学院の第二自習室で定期試験の勉強をしていた。
自習室は同じように試験勉強をするための生徒で満席だった。
「この問題、答えが違うの」
「これ、途中の計算が間違ってるのよ」
最初は真面目に勉強していた二人だったが、時間が経つにつれ勉強とは関係のない話が始まっていた。
「ねえエリー、試験が終わった次の休みに髪留めを買いに行かない?」
学院の規則で必要のない装飾品の持ち込みは不可となっていて指輪、腕輪、足輪、首飾り、耳飾りなどは不可。唯一身につけられる装飾品が髪留めだったが華美な物は認められていない。一部の令嬢は注意されないですむ髪留めの華美さを競っていた。
「ごめんね。髪留めこの前買ったばっかりだし、私、ちょっと別の用事が……」
「何するの? 付き合おうか」
「あ、あのねバーバラ。実は勇気の花を摘みに行こうと思ってるの」
勇気の花とは瘴気漂う魔の森に咲く小さい可憐な花だ。この花の香りは人に勇気を与えると言われているので勇気の花と呼ばれている。
魔の森まで行かなくても王都に近い森に勇気の花の亜種が咲いている。
学院の寮からは早朝に門が開くと同時に出て門が閉まる直前に帰って来られるが、森にいられるのは一時間程度だ。
「花、見つかるかしら」
「分からないけど、私どうしても彼に告白したいから花が欲しいの」
勇気の花の香は人を軽い興奮状態にする効果しかない。気が高ぶった結果、勢いで告白してしまうだけで勇気ではないが、それでうまくいったカップルがいたので商売上手な商会が勇気の花として売り出したのだ。
本物は採取に手間がかかるので高価だが、亜種は本物より手間がかからない。自分で取りのいく人も少なくなかった。
だが二人は、大事なことを忘れていた。
なぜ生徒たちは自習室が満席になるほど集まって勉強しているのか。
答えは簡単。試験で赤点を取ると次の休みには補習授業があり再試験を受けなければならないからだ。二人は今までに赤点をとったことがないのでそのことは頭になかった。
しかしこの学院には独自の設定点という取り決めもあった。
試験問題を作る教科担任が、この試験では何点取れないとまずい、何点取れて当然、という点数を設定する。点数は試験ごと教科ごとに違う。その設定点数以下だと補習授業は受けないでいいが、試験の二、三倍ある問題を解きそれを数日後に提出しなければならない。通称、設定点テストがある。見方によっては補習授業よりも設定点テストの方が面倒だ。
二人は設定点テストも受けたことがないので気にしていないが、ギリギリの点数の教科があったことを忘れている。試験が終わった時はギリギリ助かってほっとして喜んでいたのを時間が経って忘れてしまっているようだ。二人は似た者同士だった。
二人が仲良くなったのは二人とも男爵家次女という共通点があり、使っている髪留めも似たような模様で好みが同じということだった。性格は違うが気が合った。
勉強に飽きて私語を始めてもどちらも止めなかったので、私語は続いていく。
ちなみに第二自習室は私語を許されている。しかし勉強に関する私語だけだ。
二人だけでなく他のグループも勉強とは関係のない話が始まっているが、小声なので見逃されている。近くの生徒には私語が聞こえているが気分転換の私語はお互い様ということで注意をしたりしない。
当然、エリーとバーバラの私語も彼女たちの近くにいた生徒には聞こえていた。そしてその内容にうろたえている男子生徒、アランがいた。
彼はエリーたちのすぐ後ろの席にいたので、全部聞こえていた。彼が思いを寄せるエリーが告白しようとしていることも。
エリーの近くの席にいるといっても、彼がエリーを自習室まで追いかけてきたわけではない。
彼とその友人の方が彼女たちより前に来て勉強していた。彼はとても運がよかったのだ。
話を聞いていた彼はエリーが告白しないように願っていた。
前回悪かった教科は今回エリーもバーバラも点数が上がっていたが、設定点も上がっていたので設定点テストをやらなければならなくなった。もちろん休日に外出などできるわけがない。
第二自習室に来て設定点テストをしようとしていた二人に声をかけてきた男子生徒がいた。
アランだった。
彼は自分が「エリーが告白しませんように」「エリーが告白しませんように」と何回も願ったからエリーの試験結果が悪く、バーバラはとばっちりを受けたのかもしれないと気にしていた。
だから彼は二人にとても丁寧に教えていた。
それがきっかけで彼の友人を含めた四人で勉強会をしたり、食堂でお昼ご飯を食べたりするようになった。
エリーはいつも近くにいて優しいアランに好意を持ち始めていた。
エリーがアランに告白するので、勇気の花を摘みに行くとバ-バラに宣言するのは少し先の話。
それをバーバラから聞いたアランが『このままエリーとは友達のままでいた方がいいかも』などとぐずぐず考えていたのを改め、エリーのために選んだ髪留めを持って告白するのも少し先の話。