雀色
二年弱が経過したが、あの日からの一年は、毎日が苦痛だった。大学を休学し、一年越しの就活では第一希望は通らなかったものの、それなりの会社に就職が決まった。今月は社会人になる前の最後のひと月だ。
世界には真っ白なものが想像以上に存在していた。道をなぞる線、家の外壁、服、車、秋の空を漂う鱗雲。それらが目に付く度に、胸の奥のものを潰したくて堪らなくなる。毎日ただ生きては寝るだけの生活が途方もないほどに憂鬱だった。悲しい感情は時間が解決する、そんなの紛れもない詭弁だった。
「なあ、アルビノって知ってる?」
「あー、身体が真っ白なんだっけ?」
「そうそう、最近この辺にアルビノがいるらしいぜ」
「何のアルビノ?」
「それが、わからないんだよ。噂で広まっただけだからそこまでは確認できてないんだ」
大学の広い講義室で、後ろの席に座る名前も知らない男子ふたりの会話が耳に着く。他人の話を盗み聞きするのは罪悪感などもあったが、授業を聞くよりかはまだ面白味があった。僕は横に長いテーブルの上に両手を伏せて、その上に顎を乗せている。
「……もし人間だったら、お前どうする?」
ゆっくりと瞼を持ち上げると、見慣れた天井の模様が視界に映る。
「夢か」
大学に通っていたころに実際に聞いた会話だった。こういったのを、デジャブというのだろうか。そんなことを思う。大学を卒業してからは実家で残りの生活を過ごしていた。
奇妙な音が耳に触る。何か枝のようなものが窓を叩いているような音だ。土曜の朝、僕はカーテンを開ける。
寝ぼけた頭とボヤけた視界が一度の瞬きで完璧に覚めた。顎の力が抜け、口が開く。
「……アルビノ」
窓を隠しきれていない面格子の隙間で可愛らしい声を漏らしながら羽を休めている、一羽のスズメが僕と目を合わせる。白髪のような羽毛を震わせながら、キョロキョロと首を動かして何かを待っているようだ。僕は鍵を下ろし、勢いに任せて窓を開ける。
スズメは窓を滑らせたレールの上に、飛び跳ねるように移動して、一枚の花びらを落とす。
「……桜?」
面格子の上に戻ると、再び僕と目を合わせ、鳴き声を聞かせる。僕は手を差し伸ばしかけたが、その声に惹きつけられるかのように、雀色を帯びたもう一羽が隣に現れた。僕はようやく、安心した。
「そっか、友達ができたんだね……」
僕は心のままに微笑む。そして一度僕を確認すると、友達の一羽に続いて空へと小さく羽ばたいていってしまった。朝焼けの向こう側を目指すように去る姿を見て、全てが報われたような感覚だった。
心の中に存在した黒い月光のようなものが白へと変わるような心地に、ようやく季節が変わるのだと錯覚した。




