紅色
「せっかくだし、何か買って帰ろうか」
そう言った途端に、彩音の腹部から空気を絞ったような音が飛び出した。顔を背けて、小刻みに肩を振るわせてクスクスと笑うと、鈍い音を立たせながら背中を叩かれた。するとデジャブかのように、全く同じような音が鳴り響いた。
「あはは! 貴方も同じじゃない」
「……たくさん買っていこうか」
閉まりかけの屋台を巡り、僕らは歩きながら食べられそうなものを買い漁った。たこ焼き、綿飴、イカ焼き、フランクフルト、お好み焼き、りんご飴。体に悪そうなものを口にしながら、電車を使わずに数駅分、徒歩で家の方へと向かうことにした。途中、道のりを確認するたびにスマホを開き、ふたりで確認してはまた歩き出す。
赤いもの、紫色、濃いオレンジ色を目にするたびに、それは何なのか尋ねる彩音はまるで生まれたての子どものようだった。不思議なリズムを作りながら歩き始めた背中を見て、ふと、またあの日のことを思い出す。初めてこの後ろ姿を見た日だ。
「髪、随分と伸びたね」
セミロングほどにまで伸びた白髪は、嬉しそうに風で舞い上がる。
「うん、前まではこの髪が嫌だったから短くしてたんだけど、今はもう私の個性として受け入れたから。それに」
「それに?」
彩音は振り返り、歩きながら笑顔を見せる。
「私のこの髪を綺麗って言ってくれる人がいるから」
照れ臭さから、口元を隠して目を逸らしてしまう。そして誤魔化すように真っ赤なケチャップを塗りつけられたフランクフルトを齧る。この色は、夜道にしてはあまり目立たなかった。
住宅街、大通り、また住宅街と歩みを進める。疲労感はあまりなかった。スマホで到着時間を調べると、残りはおよそ一時間だった。
「まだあと一時間もあるよ!」
その笑顔には違和感を覚えるほど幸せそうで、イカを持った竹串が喉に刺さらないかが心配だ。多摩川を跨ぐ、大きな橋に差し掛かる。遠くにはマンションや街頭の豆のように小さな光。
「青と緑を知った日の橋に似てるね」
「そうだね」
僕は麦わら帽子で隠れる横顔を覗いて無理に目を合わせる。
「ねぇ、確認なんだけどさ、僕達って、付き合ってる……の?」
微笑みが一瞬だけ途絶えた気がした。
「うーん、好きとは言われたけど、付き合ってとは言われてないしなぁ」
彩音は背筋を伸ばして悪戯な笑みを浮かべる。
「じゃあちゃんと言えば、恋人同士ってこと?」
「あはは! 冗談だよ! 少なくとも今日は恋人だよ」
「少なくともって……」
鼻の頭をツンと触れられ、不思議と視線を合わせることができなくなってしまう。熱のこもった頬を優しげなオレンジ色の街灯と夏のせいにして、気づいたころには橋の中心を歩いていた。少しばかりか、涼しくなったようにも思える。
僕らはいつの間にか未来や将来について話をしていた。どんな場所に住みたいか、ペットは飼ってみたいか、手をつけてみたい仕事はあるか。話の流れで就活についても打ち明けた。
「そろそろインターンとかも行かないといけないんだ」
「インターン?」
「職場体験みたいなものだよ。ただ長期は嫌だから、三日くらいのもので済ませたいなぁ」
「ふーん」
彩音は話を流すような口調だ。
「ねぇ、ちゃんと聴いてる?」
「聴いてるよ。私は何も心配してないよ。貴方、しっかりしてるもの」
その優しい瞳が好きだと改めて思う。二重で、アーモンド型の大きな目。微笑んだときに涙袋が強調される、美人の象徴のようだ。
ありがとう、その他に返事はいらなかった。
「ねぇ、覚えてる? 私が鳥を撮ったら色が見えたときのこと」
「うん、覚えてるよ」
柵に肘を乗せてりんご飴を小さく齧る音を聞く。
「次は鳥になりたいなぁ。鳥だったら、空から色んな色を見られるのに」
僕は柵に頬杖をついて、真っ暗な川の先を眺める。
「じゃあ僕は何が良いかな。野良猫とかも良いな」
「どうして野良猫?」
生温い風が首元を滑る。車道の上を大きなトラックが流されるように走り抜けていった。
「好きな場所に行けるじゃん? 家々の隙間を縫うように歩いて、春には日向で昼寝して。冬には暖かな南の方に旅をして」
「……それ、鳥でもできるんじゃない?」
間を空けて、ほんとだ、と言ってまるで電線で繋がれたように僕らは同時に笑いを溢す。時間が止まって欲しいとは、まさにこのときのための言葉だ。
軽く折った腰を正して、また橋に沿って足を動かす。柵に寄りかかる姿をメモリに保存しようとカメラを向けたが、反応がない。予備のバッテリーと交換はしていたはずだから何か別の問題でもあるのかと考える。
「どうしたの?」




