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四季を彩るアルビノへ  作者: 夜月 真
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薄茶色

 スズメ同士が窓の外で会話をしているのが聞こえる。僕は瞼をゆっくりと開いてぼやける視界で部屋を確認する。重たい体を起こし上げて見渡すが、昨日僕が片付けたままの状態だ。寝起きの頭で記憶を探り、確かにここにいたのは彩音だったと思い出す。しかし、自分の頭の下に枕があったことを確かめて、ようやく気づく。

「そうか、全部夢だったのか」

 幸せと感じていた夢から覚めると、それが現実ではなかったという事実になる。それはもはや悪夢なのではないのかと、そんなことを思う。枕元の時計に目を向け、今が八時を十二分過ぎたと知る。大きな溜息が、部屋を満たした。トイレへ向かうため、冷たいフローリングの上に足をつく。ヨロヨロと左右に軽く体を揺らしながら廊下へのドアを開けた。


「おはよう、何が夢なの?」

 僕にかける声主を寝ぼけ眼で注視する。台所で黄土色(おうどいろ)のコーヒーミルを箱へと仕舞う立ち姿に時間をかけて確認する。

「コーヒー淹れたよ。ブラックで大丈夫? ごめんね、水とか勝手に使わせてもらっちゃって。コーヒーミルは自分で持ってきたものだから、安心して」

 湯気の立つマグカップを両手で浮かせながら素通りし、テーブルの上にコトンと音を鳴らして着地させた。彩音は棒立ちの僕に、再び声を掛ける。

「どうしたの?」

 ここでよくやく、昨日見たものが夢ではなかったのだと気付かされた。なんでもないよ、と言って僕はトイレのドアを開けた。

 洗面台で口を濯いで台所に戻るころには、コーヒーのほろ苦い朝の香りが居場所を迷わせていた。部屋には僕が以前に使っていたマグカップを傾けて少しずつ喉にブラックコーヒーを流し込む横顔がある。僕はその隣に腰を落とす。縁から内側にかけて大粒となった湯気が、猫を模したマグカップに張り付いている。持ち手を掴み、その温度を感じながら口に含む。


「美味しい。ありがとう」

「うん、朝のコーヒーって特別だよね」

 昨夜ほどではないが、それでも雨上がりの朝は少し冷えるものだった。隣で鼻を啜る音がそれを教えた。ベッドの上から毛布を引きずり、彩音にそれを頭上から被せる。奇妙な声をあげながら手探りで隠れた顔を出す。

「これで暖まって」

 僕は肩から毛布を垂らす彩音の隣に座り直す。埃を立てたせいか、くしゃみを一つする。肩に僅かな重みが加わった。

「貴方も寒いんじゃない」

 一枚だけの毛布がふたり分の肩を包む。寄り添いあっているわけではないから、僕らの間にできた箇所が必要以上に無駄な空間のようだった。

「今日仕事は?」

 たわいもない、無理に作ったような話を振る。ニュース番組では丁度天気の情報を伝え終わったところだった。


「今日はお休みなの。だからこうしてのんびりできてる。貴方は何時頃に家を出るの?」

 天井を眺めて大学への道のりから時間を逆算する。

「今日は二限からだから、十時十分くらいには出るよ」

「そう、じゃあ私はこれを飲んだらいくね。支度もあるだろうし」

 一人暮らしの部屋に慣れていたはずなのに、ひとりになることがどうしてか嫌になる。玄関から後ろ姿を見送ることを想像し、僕は空っぽになったグラスを眺めているような気分になる。あったはずのものが、いつの間にかなくなったような。

「……今日、大学休むよ」

「え?」

 勢いよく僕に向けられた顔は酷く驚いた様子だ。僕は肩からずり落ちそうになる毛布をかけ直す。

「テストも終わったばかりだし、どこか行こうよ」

 眉を持ち上げて、彩音の目が大きく開いた。しかしその表情はすぐに戻ってしまう。


「ダメだよ。嬉しいけど、やっぱり大学にいけているんだから変に休まない方がいいよ」

 欠席回数ギリギリまで休んでいる同級生を遠くから眺めていたからか、そんな生活に少し憧れがあったのかもしれない。けれどしっかりとした性格に、ちゃんと行かないとな、と思わされる。

「そうだよね、ごめん」

「ううん、またふたりが休みのときに行こう」

 コトン、と彩音の持ったマグカップがテーブルを優しく叩く。テレビに映るアナウンサーが、世間で誰かが不幸になったニュースを紹介する。僕はリモコンから、チャンネルを変えた。

「ニュース、あんまり観ないの?」

「なんか、気分下がっちゃうんだよね」

 つまらない通販番組に目を向けながら答えると、返事は返ってこなかった。

 コトン、また同じ音が聞こえる。もう中には何もない。液体で別れの時間を知らされたようだった。


「今日、大学から何時くらいに帰るの?」

 僕は三限の終わり時間を考える。

「四時には帰れると思うよ」

「そう……二授業なのに長いね。……じゃあそろそろいくね。泊めてくれてありがとう」

 立ち上がった勢いで毛布が床に寝そべった。彩音はそれを拾い、僕の体に巻き付けるように頭から被せた。

「はい、さっきのお返し。着替えてくるから、脱衣所借りるね」

 うん、と頷くと、彩音は扉の奥に姿を隠す。僕の冷め始めたコーヒーは、湯気もなくただじっと飲み込まれるのを待っているようだった。

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