ローアンバー色
「美味しい!」
目を見開いて自然と笑顔になってしまう。微笑んだ彩音はどこか肩の力が抜けた様子だ。箸に持ち直し、ドレッシングの掛けられたトマトとモッツァレラチーズを頬張る。
「美味しい!」
「あはは、デジャブだ」
そう言い笑われる僕はいつもよりも早く食が進む。彩音は口角を上げたまま、シチューを口にしていた。軽い世間話を挟んでは、心が緩んでいることを実感する。部屋の中に充満する香りは一人暮らしの寂しさを揉み消した。
お腹を満たすころには夜の八時を裕に回っていた。シンクに食後のお皿を運び、再びテレビの前へと腰を落とすと、彩音はテーブルに肘をついて頭を抱えていた。
「どうしたの?」
僕の問いかけに、反応はなかった。僅かに聞こえる唸るような声に、僕は肩に手を添えて寄り添う。
「大丈夫!?」
「…………う、うん。大丈夫。多分ただの偏頭痛だから」
無理に浮かべた笑顔に、僕は救急車を呼ぶべきか、薬でなんとかするべきかと葛藤する。そしてその場しのぎで棚から取り出した頭痛薬で様子を見ることとした。
「もしそれが効かなかったら、病院に行こう」
「……うん、ありがとう」
数十分ほど時間を置くと、いつもの笑顔を浮かべ始め、僕は重荷を下ろしたように安心した。
「よかった。大丈夫そうなら、もういい時間だし途中まで送って……」
「今日さ、泊まってもいい?」
言葉を重ねられた僕は耳を疑う。その発言を頭の奥で整理し、考え直す。
「えっと、それはどういう……」
「そのまんまだよ。今日、泊めてもらえない?」
眉を顰め、まっすぐと刺すように僕を見つめる顔つきは冗談とは思えない。気まずさの生まれる少しの沈黙に、空気も読まずにテレビの向こうから笑い声が部屋に響く。
「何か、家に帰れない事情でもあるの?」
彩音は首を横に振る。
「そんなんじゃない。……けど、友達の家に泊まるとか、一晩中一緒にいるとかっていうのをやってみたかっただけ。貴方が迷惑なら、私は帰るよ」
変な期待や緊張をしていた自分が酷く恥ずかしかった。うーんと唸り、顎に指を添えて考えた末、僕は了承した。
「わかった。けど、明日は大学があるから、十時過ぎには家を出なきゃなんだ」
「うん、貴方の予定の邪魔はしないようにする。ありがとう」
「けど、服とはかどうするの?」
彩音はゴソゴソとリュックの中を漁り出す。アップルグリーン色の巾着のようなものを取り出して僕に見せつけた。
「大丈夫、ここに入れてきた」
僕はプッと吹き出してしまう。なぜ笑うのかと咎められると、それを指差しながら答えた。
「だって、もう泊まる気満々だったんだなって思って」
彩音も時間差で小さく息を吐いて笑う。
「確かに。図々しいよね。ごめんね」
「ううん、面白いからいいよ。とりあえず、お風呂入っちゃっていいよと言いたいところだけど……」
首を傾げる彩音の横を通り、クローゼットの扉を開く。中から黒色のパーカーを取り出し、それを羽織る。
「行こうか」
「どこへ?」




