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四季を彩るアルビノへ  作者: 夜月 真
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花田色

 僕の言葉にも、反応がない。そして、水面のように潤んだ左目から、一滴の雫が頬を撫でるように滴る。

「その服は……何色っていうの?」

 僕は反射で自分の服を見下ろす。

「これは……青色だけど」

 彩音は落ち着かない様子のままキョロキョロと周囲を見回している。ようやく落ち着いたと思うと、反対車線を走り抜ける一台のスポーツカーに指を差して呟いた。


「あれも、青色」

 僕は言葉が出なかった。そして次に道路の標識に指を差した。

「あれも、青色……」

 そして次に指を差したものは、僕らの前を通り過ぎた自転車だった。

「あれは……何色?」

 その自転車は、深い緑色(みどりいろ)のフレームを持っていた。僕は止まっていた思考を働かせ、ようやく理解ができた。

「彩音は、青色と緑色が見えるようになったんだ!」

 どうして急に見えるようになったのかはわからない。カメラで鳥の写真を撮ったときに、空の色が変と言い出した。つまりトリガーはやはりこのカメラだ。しかし、どうしてこのタイミング、この場所、この色なのかはまるで理解ができなかった。


「青って、あんなにもハキハキとした色なのね……。緑は、すごく可愛らしい」

 空いた穴がまた一つ埋めることができたような気持ちだった。そして僕は、ふとあることを思い出し、大袈裟に声を張って尋ねた。

「ねぇ、赤は⁉︎ 他に見えるようになった色はない⁉︎」

 僕は桜の色を見せてあげたかった。あの美しい春の象徴を、その瞳に映させたかったのだ。彩音は驚いたように、また周囲を探るように見渡す。えっと、と声を漏らした後、首を横に小さく振った。僕は嬉しい反面、がっかりしたような感情があったことも認めざるを得ない。けれど認識できる色が増えたことを、今は喜ぶべきだと思った。

「とにかく良かった。また色を判別できるようになって」


「ありがとう」

 優しげに微笑んだその白い肌が、いつにも増してとても綺麗に思えた。今日はもう少しだけ歩いてもいいかと尋ねる彩音に、僕はゆっくりと頷いた。冷えた手で僕の手首を掴んでは、橋の先へと足早に歩き始める。揺れるカメラをお腹にぶつけながら見る後ろ姿に、僕の心はどこか踊っているようだった。

 橋を渡り切るまでに何度も涙を拭い、青と緑を見つけるたびに指を差している。涙が出てしまう理由を問うと、自然と溢れてしまうのだと振り向きながら伝えられた。

「あっちの街には、新しい色はあるかな?」

 陽の光が届ききらない隣町への道のり、彩音は足早に橋を渡り切ろうとしている。僕はそれに後ろを着いて歩くだけだが、背中から伝わる喜びが、僕自身にも伝染しているようだった。


「きっとたくさんあるよ。会社の看板とか、木とか、あとは……なんだろう」

「意外と少ない?」

 不安げな表情に、僕はプッと吹き出した。

「大丈夫だよ。いざ思い出そうとすると出てこないだけだから。あ、ほら、あそこの親子を見て。小さい子が来てる服も青じゃない?」

 彩音は優しげな微笑みを向けたまま声を使う。

「本当だ。あなたの服とお揃いみたい。可愛いね」

 気がついた頃には橋を渡りきり、夜となっていた。辺りには街を照らす電光が溢れていて、僕らはそこら中にあるそれらを探すように、見知らぬ街で色を探した。

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