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四季を彩るアルビノへ  作者: 夜月 真
30/61

ローズピンク色

「僕にも、君と同じような時期があった」

 冷え始めた空気に、身が縮まっていくような感覚だ。彩音は僕の首に引っかかるカメラを持ったまま話を聴いた。

「小学生のとき、僕はひとりだった。休み時間も、放課後も遊ぶ友達は少なかったよ。けれど、唯一寄り添っていたのが、小説だった。だから僕はこの歳になって、小説を書き始めた」

「それで、私と同じ時期っていうのは……?」

 僕は、脳の奥にある引き出しから嫌いなものを取り出すような錯覚をしていた。

「人がすごく怖くて、嫌いだった。汚くて、味のない食べ物のようで、耳もない方が良いと思ってた」

 彩音は不思議そうな顔を隠さずに僕へ問う。


「どうして、その気持ちは今はないの?」

 僕は記憶を呼び覚ますように、一呼吸置いた。

「……僕はいつも、家の近くの大きな公園で本を読むのが好きだった。その日も、木製のベンチに座って、小説を読んでいたら、男の人が隣に座ったんだ。隣と言っても、三人がけの席だったから、隣の隣、か」

 車のヘッドライトがちらほらと明かりを灯し始めた。気がつくと、真上の街頭からも明かりが降っていた。

「そのときのことはよく覚えていないけれど、その男の人は、一つ、折り紙でできた星をくれて、いろんな話をしてくれた。話を聞くうちに、その人は何かを探しているような、失ってしまったような、そんな表情をしてた。ただ寂しそうで、けど希望を持っているようで……そんな表情」

 長い話に飽きもせず、彩音は柵に手をついたまま、僕に耳を傾け続ける。

「……そこからはあんまり覚えてない」


「覚えてないって?」

「僕はいつの間にか寝ていたみたいなんだ。それで起きたとき、どこか知らない世界にいたような感覚だった。自分が今まで生きていた世界は偽物で、ようやく自分の居場所を見つけたような、そんな感じ」

 当時のことは本当に覚えていなかった。あの男の人の顔もモヤがかかっているようで、はっきりとは思い出せない。その声も、よくわからない。

「そこからは、僕はまともに生きられていた気がする。何も怖いものはなくて、僕のために太陽が昇って、月が光って……。あの日がなかったら、僕は既にこの世界からいなくなってたかもしれない」

「ふーん、じゃあ私はその人に感謝しなきゃなのか」

「どうして?」

 クシュンと声を出してくしゃみを一つ出して鼻を啜り、彩音は言葉を使った。


「その人がいたから、貴方は変われたんでしょ? 貴方がいたから、今の私がいるんだから、私もその人に感謝しなきゃだよ」

 僕は緩い笑みを浮かべながら、そうかもね、と返す。川の先に見える二羽の鳥が、小さな翼を広げながら、空を羽ばたいていく。鳥の名前はわからないけれど、とても美しく見えた。

 カシャっとした音が、鳥を見ている間に隣から耳に入る。鳥を撮影した彩音は、顔からカメラを離し、ふと空を見上げた。

「なんかさ、空、変じゃない?」

 僕を見た途端に、彩音は何も言わずに固まってしまった。まるで何かに怯えている人のようだ。

「どうしたの?」

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