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四季を彩るアルビノへ  作者: 夜月 真
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灰色

「立てる?」

 大きく深呼吸をして、隣に倒れる彩音に声を掛けるも、その背中はとても小さなものに感じる。手を差し伸べ、立ち上がらせるも、赤くなった左頬を見て僕はそれ以上に言葉が出なかった。

「どうして助けたの」

 ここまでされたにも関わらず、芯のある声で僕に問う。

「どうしてって……」

「あんな奴らに関わったら、こうなるって貴方ならわかるでしょ」

 汚された帽子を手ではたき、いつものように深く顔を隠す。どうしてか、慣れたような手つきだ。

 何もなかったかのように歩き出そうとする彩音は、最初の一歩を踏み出して、崩れるように倒れた。右の足首が腫れている。外側ということと、腫れ方を見てすぐに捻挫だと理解した。


「無理しないで。彩音の家はここから近いの?」

 地面に手をついたまま、首を横に振る。

「じゃあとりあえずうちにきて。そのままで返すわけにもいかない」

 彩音は何も言わない。ただ僕の言葉に、頷きはしなかったけれど、否定もしなかった。肩を貸し、近くにあった小さな公園のベンチでタクシーを呼び、五分ほどできてくれた。その直前、近くに赤いライトを光らせたパトカーが通ったが、僕らに気づく様子はなかった。

 タクシーに乗り込むと、運転手は少し驚いた様子だったけれど、行き先を聞くとそれ以上には何も話さないでいてくれた。十分も経たないうちに家の前へと到着し、買い物で使うはずだったお金を手渡す。彩音も財布を取り出して僕にいくらか払おうとしていたが、タクシーを呼んだのは僕だから、と拒んだ。彩音の身体を支えながら家に入り、座椅子に座らせる。その間に手だけ軽く洗い、救急箱を棚から引き出す。彩音はただじっと、何も映らないテレビに反射する自分を眺めていた。


「あった、これだ」

 箱から取り出したのは、薬用湿布一枚と、足を固定する大きめのマジックテープだ。

 彩音をベッドの上に座り直させ、腫れた部分に湿布を張る。そしてテープで足ができるだけ動かないように九十度の位置で八の字に巻いて固定する。

「昔体育で捻挫しちゃって、整形外科でやってもらったんだ。たぶん、これで合ってるはず」

 彩音は足を軽く確認すると、ありがとうじゃあね、そう一言置いて部屋を出ようと準備を始めた。

「待ってよ! どうしたの? 今日変だよ」

 僕の一言で、その身体が停止する。

「貴方もわかったでしょ? 私には関わらない方がいいんだよ」

 廊下に身体を向けたまま話すその背中は、とても委縮し、僕らの関係を引き離そうとしているように見える。

「そんなこと思うはずないよ……。そもそもあいつら……なんなの?」

 彩音は空気を大きく吸って、ゆっくりと吐きだした。


「中学校で、私のことを……」

 言葉の続きを察したが、不思議と声が出なかった。

「殴ってきた。たくさん。死のうとも思った。誰も止めてくれなかった。話も聞いてくれなかった」

 重く綴られる、凍り付くような過去が、僕の頭と心をビリビリと破いていくような気持ちだ。

「私は抵抗した。止めてと叫び、人に頼ることもした。真っ白な天使ちゃんと呼ばれる私に手を差し出してくれる人はいなかった。服は切られ、ケガだらけの醜い脚。泥を投げつけられ、汚れた私に指を差して、色が増えたねとあざ笑う」

 感情が壊されるような想いに、僕はただ聴き続けることしかできない。

「家に帰れば母からの八つ当たりと、冷たく鋭い暴言の雨。犯罪にも手を出さされそうになって、母は一度逮捕された。その後に親戚に引き取られたけど、中学を卒業してすぐに追い出された。色が奪われる、そう言って」

 拳に力が入り、肩が震えているのが後ろ姿で伝わる。


「私は高校に入ることもできず、ずっと工場で働いた。そこでも私を見る目は、みんな同じだった。工場を辞めて、最後に好きなお惣菜を食べて、散歩して、その後は……」

 滴がポタポタと床を叩く音が耳に入りこむ。

「人間はみんな私のことが嫌いで、私の敵だと思ってた。だから……」

 真っ白な髪の毛が、カーテンの隙間から差し込む夕焼けに照らされてキラキラと輝いている。フワッとなびかせて振り向いた彩音の零れる涙は、陽の光を反射するほど透明だった。彩音は僕の胸に額を当て、黒いパーカーの肩の部分を強く握る。

「どうして私に優しくするのかが……わからない……」

 鼻を啜る音、涙が床を叩く僅かな振動、部屋に入りこむオレンジ色の温かい光、全てが、僕らを包んでくれているようで、否定しているようだった。

 僕は彩音のことをどうすることもできない。彼女の叩かれ続けた心は、簡単に受け入れられるものではない。小さな肩に左手を添え、右手の親指で涙の滴る頬を優しく拭いた。


「……今日は、一緒にご飯食べよう」

 その一言に小さく頷き、僕自身もようやく複雑な感情が落ち着いた。

「ピザでも頼もうか。今日はもう外に出る気がしないや」

 少し腫れた目を向け、彩音は首を傾げて尋ねた。

「ピザって、あの丸いの?」

「え? そうだけど」

「食べたことないや」

 昔から親にも大切にされてこなかった彩音には、ピザというものすら、初めて口にするものらしい。

「そっか……じゃあ今日は仕方ないから奢ってあげるよ」

「でも……ピザって高いものでしょ?」

 罪悪感を浮かべたような顔つきの頭に、手を乗せて答える。

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