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第3話「襲撃、それは恐怖」

 軽く、赤葉を包み込むように抱きしめた。


 俺にハグされるなんて嫌がるかもしれない。そんな心配もしていたが、それは杞憂だったようだ。


 一瞬だけびくっと震えた赤葉だったが、それはほんとに少しの間だけだった。すぐに力は抜けて、俺の胸に額を当ててきた。さらに、赤葉の方からぎゅっと抱きしめてきた。


 どれくらいの間、そうしていただろうか?5分程度だったかもしれないし、或いは30分ほど経っていたかもしれない。とにかくお互いの体温を分け合うように抱き合っていた。

 その間、赤葉の嗚咽は止まなかった。やはり相当、精神的に疲れていたのだろう。


「ごめんね。……あなたせいだ、なんて本当に思ってないから。ただちょっと……急に怖くなって……」

「うん」

「もう二度と、家族とも友達とも会えないのかなって思って……急に寂しくなって、この雨の中で死んじゃうのかなって怖くなって…………」

「うん」


 赤葉は顔をうずめたまま、感情を吐露していく。


「でも、今は怖く無いし寂しくもないよ。鞘樹(さやき)…………朔人(さくと)が守ってくれてる、そう感じたから……っ」

「…………」


 赤葉は言葉とは裏腹に、今度は声をあげて泣き始めた。俺は何も言えなかった。或いは、俺も泣きそうだったからかもしれない。


「………温かい」

「ああ、そうだな」


 お互いの体温がお互いのを温め合う。長らく感じていなかった人の温もりだ。振り続ける雨で冷えきった身体と心が、徐々に回復していくようだ。『ずっとこのままで居たい』そう思ってしまう程に心地よく感じた。


 そしてついに、俺は涙を堪えられなくなった。泣くつもりなんてなかった。寧ろ絶対泣くまいと決めていたのに、それでも()()温もりには勝てなかった。

 俺はバレまいとしたが、きっと鼻をすする音で赤葉には気付かれていただろう。


 そして、再び沈黙が訪れた。しかし今度は、赤葉の言葉によってすぐにそれは破られた。


「……ありがとう。私、何とか頑張れそう」

「良かった」


 どうやら今度こそ、赤葉の心は落ち着いたらしい。


「ちょっとお手洗いに行ってくるね」

「うん、気をつけて」


 

 何とかして最悪の事態だけは避けれたようだ。ここで本当に赤葉が俺を疑っていたようなら、生存は絶望的だっただろう。

 依然として雨は降り続けてはいるが、その勢いは少し収まって来たようだ。今度こそ、夜明けまでには確実に止むだろう。

 

 希望があるとは断言し難いが、少なくともまだ絶望するには早い。そんな風に思えた。



 しかし、世界はあまりにも残酷だった。


「きゃあああああああ」


 突然、そんな悲鳴が鳴り響いた───











**************************











 この世界に転移してきてから明日で21日目、3週間だ。


 あの日も私はいつも通りの生活をしていて、授業が終われば部活へ、部活が終われば家へ帰る。それを疑うことなど、当然していなかった。いや、それは私だけじゃなくて皆も、そして朔人(さくと)もそうだったに違いない。


 ここに来てしまった日、私はその状況を疑った。困惑した。怖くなった。私の人生はここで終わりなんだって思った。それでも今日まで正気で居られたのは、1人じゃなかったからだ。

 なのに私は、朔人にあんなことを言ってしまった。自分でもなんでそんなことを言ったのか理解出来なかったし、本当に思っていたわけでもなかった。きっと、()()どこにもぶつけられない不安を何とかして発散するために、半ば無意識に精神の防衛機構がはたらいたのだろう。


 当たり前だけど、朔人は私の言葉に怒った。私の腕を強く掴んで怒鳴った。そこで私は、はっとなって謝ろうとした。でも怒った朔人が怖くて、謝るよりさきに泣いてしまった。

 いいや、単に朔人のことが怖かっただけじゃない。今までの不安や恐怖によって相乗されて、思わず涙が出てしまったのだ。


 私は朔人はもっと怒ると思った。勝手にそれまでのことを全部朔人のせいにした挙句、怒鳴られたからって自分勝手に涙を流したのだから。泣けば許されるのかって怒られると思った。

 でも、朔人は怒らなかった。ちょっと狼狽えて、私のことを心配した。それどころか………それどころか、私を抱きしめて……慰めてくれた。


 最初はびっくりした。そんなこと予想していたはずもなかったのだから。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。朔人が言った通り、久々に自分以外の体温を感じて安心した。雨に晒されていた身体と心が、温まっていく感覚がした。だから、私は『もっとその温もりが欲しい』そう思って抱きしめて返した。


 そのまま時間が過ぎて心が落ち着いたので、しっかり朔人に謝った。そして自分の心の奥を吐き出した。

 気が付くと不思議と恐怖と不安は薄れていて、鞘樹(さやき)と呼ぶことに違和感を覚えていた。朔人と一緒に居ることに対して、安心感と喜びを感じて、もう一度涙が込み上げてきた。


 そして気がついた。私は朔人のことが好きだ。




 そんな回想をしながら、場所を探していた。ここ3日間はまともな食事をしていないが、水は飲んでいるので、当然トイレには行きたくなる。

 そして、ちょうど良さげな場所を見つけた。森の中なので周りには沢山の植物や枯れ枝が落ちている。しゃがんだ時にお尻に当たったら嫌だ。なので足元の邪魔な枝を除こうと屈んだ。しかし、そのとき───


ガシッ


「ひっ!?」


 誰かが私の腕を掴んだ。


「さ、朔人?」


 もしも朔人だったら、私が用を足すのに付いてきたことになる。そんなことを朔人がするとは思えないし、もしそうなら私の恋心はリセットされるかもしれない。だけど、仮に朔人じゃないとすれば……


「だ、誰!!」


 私は振り向く。それと同時に、視界が光に満たされた。

 なんで光?夜中の森の中でそれも雨が降っている。光なんてあるはずない。私だってスマホのライトを頼りにここまできた。


 光に目が慣れてきて、視界がひらけてくる。


 そして、私の目に映ったものは───


 緑色の肌、尖った耳、濁った瞳に1メートル程の小さな人型の体。そんな生き物が私の腕を掴んでいる。その手には鋭い爪が生えているようで、グイグイとくい込んでくる。

 そして、その生き物は1匹だけではなかった。私が振り返ったその視線の先には、さらに5、6匹がいた。


「────っ!きゃあああああああ!!!」

「「「ギッギギギィ!!」」」


 恐怖のあまり絶叫が迸る。その声に反応したのか緑の人型生物──いわゆるゴブリンであろうそれ──は、耳障りな声をあげて襲いかかってきた。

 右腕と左腕をそれぞれ別のゴブリンに掴まれ、地面に押さえつけられる。


「や、やめなさい!」


 私は何とか奴らの手を振り解こうとするも、予想外に力が強くてそれは叶わなかった。身長が1メートル程度しかないのに何処からそんな力が出ているのだろうか。多分だけど、私と同じくらいの筋力だ。


 そうこうしているうちに、今度は両足を押さえつけられた。脚を暴れさせようとするも、やはりそれも叶わない。

 私の両足を押さえた2匹のゴブリンが、その脚を広げようとする。


「や、やだ!やめなさい!!」


 必死に抵抗する私に、さらにもう1匹が近づいてきた。その手は私の着ているウィンドブレーカーに伸びる。陸上部の文字が入るそれは、そのゴブリンの鋭い爪によって切り裂かれてしまう。


「ねえ、やめて!!やだよ!だ、誰か、助けて!!」


 私には思い切り声をあげることしか出来ない。その間にウィンドブレーカーは完全に脱がされ、その下に着ていた部活のジャージにまで手が伸ばされた。


「だ、誰か……助けて……」


 ついには私の心は諦めていた。このままゴブリン達に体も命も奪われるのだと。自然に涙が流れる。私の顔はきっと絶望に染まっているのだろう。

 

 そのとき、また別の手が私の顎を掴んだ。その手が私の顔を無理やり動かす。爪が頬に食い込み痛い。私は恐る恐る瞼を開いた。


 目の前にはニヤリと嗤ったゴブリンの顔。


「ヒィッ……」


 限界を超えた恐怖に、私の意識はそこでシャットアウトした。











**************************











「赤葉の悲鳴……?」


 突然の聞こえてきた叫び声に、俺は当然そう考えた。

 虫、動物、或いは、崖かなにかがあったのか。虫なら良いがそれ以外だったらかなり危険だ。つい最近、大型肉食獣と思われる爪のあとを見ることがあった。

 

 俺は手頃な木の棒と明かりのためのスマホを持って、悲鳴が聞こえてきた方へと向かった。




 探し始めてからすぐ、赤葉を見つけた。音と光のおかげだ。


 はじめは光で気づいた。赤葉のスマホの明かりだろうか? でもそれにしては、明るすぎる気がした。 

 その光の元へ近づくと、今度は音が聞こえた。赤葉のものではない、否、人間のものではない鳴き声が聞こえたのだ。

 俺はその生き物に気づかれないように、スマホのライトを消して静かに近寄った。そしてそこで気づいてしまった。


「なんだ、あれ……?」


 緑色の小柄な人型の生物。信じられないが間違いない、ゴブリンだ。

ゴブリンが何かに群がって何やら騒いでいる。


「赤葉だ。間違いない」


 幸い謎の光のおかげで、スマホのライトを消しても視界に問題はない。

 両手に木の棒を持ってしっかりと握り込んだ。そのまま、赤葉に夢中でこちらに気づいていないゴブリン、その中でもしゃがみこんで此方へ背を向けた個体を標的にして走りだす。


 ここから見える限りゴブリンは6匹だ。背丈は俺の腰程しかない。何とかなるだろう。


「やめろぉぉおお!!」


 生き物を殺すことへの罪悪感は、その大声でかき消す。

 俺の声に反応して振り向こうとしたそのゴブリンの首に、左斜め上から全力で木の棒を振り下ろした。もろにその一撃を食らったそいつは、当然その場に倒れ伏した。


「「「グギャアァッ!」」」


 突然のことに、そいつ仲間と思わしきゴブリン達は、混乱して汚い声で泣き喚いた。チャンスだ!


「おらっ!!」


 続けざまにその隣に居たやつも、同じ様に打つ。


 ここでようやく事態を理解したのか、俺の前に並ぶように位置を移動しようとした。しかし、その内の1匹が何かに躓いて転倒した。

 これを逃すわけにはいかない。そう思って、今度は起き上がろうとするソイツの後頸部(うなじ)を打ち付けた。これで残り3匹だ。

 しかし、ここで木の棒が半ばから折れてしまった。


 改めて周囲の状況を確認する。

 俺の足元に横たわるのは、3匹のゴブリン。俺と向き合うように2匹のゴブリンと、1匹の発光したゴブリン。……光るゴブリン?

 もちろんふざけている訳ではない。本当に光っているのだ。首から下が、青白く。意味が分からないが、今はどうでも良い。


 その3匹のゴブリンと俺の間に横たわっているのが赤葉だ。さっきまで着ていたウィンドブレーカーはボロボロになって横に放られており、下に着ていたジャージも一部引き裂かれている。

 どうやら殺されてはいないようで、ひとまず安心した。しかし、コイツらが何をしようとしていたのかは分かった。


「お前ら、許さないからな」


 素手になってしまったが、体格差的に問題はないだろう。だが、油断は出来ない。しっかりとゴブリン達を見据える。

 向こうからは来ないようだ。そう判断して、まずは右側の他よりも小さな個体を狙うことにした。しかしここで、ゴブリン達がニヤッと口の端をあげた。3対1とは言え、そんな余裕があるとは思えない。嫌な予感がする。


「なんのつも、痛ッ!?」


 なんのつもりだ。そう言おうとした時、左脚に痛みが走った。その痛みに思わず膝をついてしまう。『しまった!!』そう思った時には、発光していない2匹のゴブリンが襲いかかってきた。

 否、それは間違いだ。実際に襲いかかってきたのは3匹だ。そう、左脚に走った痛みは俺の背後にいた7匹目のゴブリンによるものだったのだ。


「くそっ、離せ!」


 群がってきたヤツらは、俺を組み伏せようとしてくる。そして驚いたことに思ったより力が強い。体格に見合わず人間並の力があるようだ。


 2匹が俺の肩を押さえて、もう1匹が腹部を狙ってくる。


「ぐはッ」


 何とか腹筋に力を入れて大きなダメージは免れたが、それでもかなり痛い。

 さらに何度も殴られる。人間の男程の力はないため意識を失うようなことはまだないが、早くこいつらの拘束から抜け出さなければ危険だ。


「ギヒヒヒヒィ」


 くそっ、こいつ甚振ってやがる。


「離せぇ!」


ゴッッ


「痛っ」


 抜け出さそうと動いたら顔面を殴られた。どうすれば…………


「オイ、オ前ラ、ソイツ殺シトケ」


「な、喋った!?」

はい、ようやく異世界感出てきました!

この先もずっとサバイバル小説なんじゃ....と思っていた方は安心してください!


できれば週2で投稿したいのですが、今月中は厳しそうです。


誤字・脱字等ありましたらご報告ください。

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