第2話「雨、それは絶望」
前回、2人の服装が私服だったと思うのですが、あれ?って思われた方もいたかと思います。申し訳なかったです。
母校が私服高校だったもので完全に失念しておりました。
第2話もお楽しみください。
「赤葉、お前と話し合っておきたいことがある」
「……なによ」
数秒前までの穏やかな雰囲気は、俺のその言葉で消え去った。俺が何を言わんとしているのか察したのだろう。
赤葉は深呼吸をした。今の厳しい状況を受け入れる、その覚悟を決めたに違いない。
「それで、どう思う」
「どう思うって言われても、頑張るしかないわよ」
まあ、そうだろうな。どう思うも何も、現状何も分からないのだから。
「そうね、確実に言えるのは、あれは富士山なんかじゃないってことくらいかしら。あとは私ずっと思っていたのだけど、見た事のない植物が多すぎるとおもうの」
だが流石は赤葉だ。何を考え、どこに違和感を覚えたのか。それが俺が話し合いたかったことだ。そこを汲み取ってくれて非常にありがたい。
そしてその考えは、俺もまさに思っていたことだった。
「ああ、それは俺も思ってた。明らかに山梨県の、いや、日本の植生じゃない」
そうなのだ。この1週間で見てきたこの樹海には、見た事のない植物や生き物が多すぎるのだ。
1週間のサバイバル生活は、当初は非常に過酷なものだと思っていた。それは主に食料に関して。しかし実際には、この樹海には食べられるものが沢山あり、過酷なことに変わりは無いが死を覚悟するほどではなかった。
芋類や果実、幼虫や川魚、探そうと思えばいくらでも手に入れられた。だがそれらは、俺と赤葉が素人であることを抜きにしても、知らないものが多すぎた。やはり、どう考えてもここは日本ではないだろう。いや、それどころか……
「赤葉、俺の考えを聞いてくれないか?」
「え、改まってどうしたのよ。普通に言えばいいじゃない」
赤葉はポニーテールのヘアゴムを外しながら、少し不思議そうに答える。
「…………」
「どうしたの、鞘樹?」
俺の普通ではない態度に赤葉は何か感じ取ったのか、1度座り直して俺に向き合った。
「いや、突拍子もないことだと思うけど落ち着いて聞いて欲しい」
正直に言うと、自分でもこの考えはどうかと思う。流石に飛躍しすぎているし、ラノベの読みすぎだと言われるかもしれない。だが、それくらいしか考えられないのだ。
俺は意を決して、赤葉にこの1週間で経験したことから導き出した考えを述べる。
「ここは、地球なんかじゃない。ここは、異世界なんだよ」
「……根拠は?」
あれ、思っていた反応と違うな。もっとうこう『は?』みたいな反応になると思っていた。
「根拠は、赤葉が言った通り植生が明らかに異質なっていることだ」
「それだけ?もっとあるでしょ」
「うん。2つ目はあの山だ」
俺は富士山モドキが聳えているであろう方角を指さして言った。
「もう1週間、おそらく20キロ以上は歩いてる。それなのに一向にあの山は近づいてこない。いくら日本じゃなくても地球、俺たちのいた世界ではそんなことは有り得ない。
なのに、実際にあの山はずっと同じ大きさに見えている。ここには物理現象ではない、何らかの未知の理論に基づく法則があるんじゃないかと思っているんだ」
「なるほど、ね」
俺の考えを聞いた赤葉は、なにか考えを込むように弱くなってきた炎を見つめている。俺はそんな赤葉のことを見ていた。
そのまま1分程が過ぎた。
不意に赤葉がはっと顔を上げた。どうしたのだろうと新たな薪を焚べつつ問いかけた。
「私もあんたの考えに賛成よ」
「え、どうして、こんな突拍子もない話……」
「そもそも、私たちって学校に居たはずなのに、地震がきて、何か光ったと思ったら何故かこんな場所に来ていたわけじゃない。
これって所謂、転移ってやつじゃないの?私、意外に思うかもしれないけど、そういう系の文化も知ってるのよ」
「ごめん、赤葉が若干オタク趣味あるの知ってた」
「う、うそ!?」
俺は暇人だったからな。赤葉の話はだいぶ盗み聞きしている。こんなことは絶対に本人には言えないが。
というか、もっと雰囲気が悪くなると思っていたのに案外大丈夫だったな。赤葉が俺の考えを認めてくれたからってのが大きいだろうな。
「もう1度確認しておこう。ここは地球ではなく異世界、それを前提として今後行動していこう。いいか?」
「いいわ。なんかそう考えるとワクワクしてきたわね!」
という訳でこれからは、ここが異世界だという認識を常に持たなければならない。
異世界ということは魔法やスキルなんてものも、あるかもしれない。赤葉の言葉のようにワクワクしてきたな。
「じゃあ話も一段落ついたことだし、私は水浴びしてくるわ」
「了解」
心なしか赤葉の表情は、食事前よりも明るくなっていた。ここは山梨県でも地球でもない異世界、それが分かってしまったというのに、心が晴れていたのは何故だろうか。
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サバイバル生活、もとい、異世界生活が始まってから3週間が過ぎようとしている。
だがまあ、3週間が経つからと言ってなにか変わったことがある訳でもない。
強いて言うなら、サバイバル技術の腕前がだいぶ上がってきたことか。特に火起こしに関しては達人と呼んでもらっても差し支えない。
もう1つ挙げるとすれば、些細なことだが、赤葉との距離はだいぶ縮まったと思う。最初はただのクラスメイトで、ほとんど他人だった。しかし今では仲の良い友達、或いは親友と呼べる程の間柄だ。
「ねえ、鞘樹、そろそろ寝床を探した方がいいんじゃない」
言われてみれば、太陽はあと2時間半ほどで沈みそうだ。日が落ちてからは何も見えないので、早めの行動が大切だ。
「うん、そう……あっ」
「ん、どうしたの」
「あれ見て」
俺はそう言って空を指した。そこには分厚い雲があり、かなりのスピードで近づいて来ている。
「ちょっと、マズイじゃない!急ぐわよ!」
「ああ!」
雨が降れば火を起こせなくなり食事もとれない。俺たちは急ぎ寝床を見つけるために足を速めた。
しかし、神は残酷だ。
30分後には、寝床を見つけ、急ぎ火を起こそうとしていた俺たちを激しい雨が襲った。
大木の下で申し訳程度に雨を避けるが、それでも体は濡れる。幸い気温は高めなので、これくらいの濡れ方ならば低体温症になる危険はないだろう。
食べずにとっておいた果物を食べて何とか空腹感を抑え、この日は眠りについた。
翌朝。
「うそでしょ!?」
雨は止んでいなかった。
「どうするのよ」
「先に進むか、ここでシェルターを作って雨をよけるか……」
シェルターを作ればとりあえず今は雨を凌げるが、少しでも進んで早くこの森から出たいのも事実だ。
転移してきた場所からだいぶ進んできて、何故か最近は以前よりも食料を見つけにくくなってきている。それに一昨日は大型肉食獣の爪痕らしきものを見た。これはかなり悩みどころだ。
「シェルターはいいわ。移動しましょう。
私も正直この生活はうんざりなの。多分昼頃には雨は止むでしょうし、移動する方が良いと思うわ」
「そうだな。ここに来てから24時間以上雨が降り続けたことは無いし大丈夫だろう」
俺たちは先に進むことに決めた。
しかし後になって思えば、この選択は間違いだった。俺たちはこのとき巨大なフラグを建ててしまっていたのだ。
雨はその日も一日中降り続けた。そして、再び夜が明けても止むことはなかった。
流石に移動する体力もなくなり、俺たちは雨を避けるためのシェルターを作った。食事はこの3日間、果物しか食べておらず圧倒的なカロリー不足に陥っていた。
雨の中で移動をし続けたツケがこの時になって返ってきたのだ。
日が沈み気温も下がってきた。地獄の時間が始まる。
辛うじて雨を防いでいるシェルターの中で、俺と赤葉は身を寄せあってひたすらに耐えていた。空腹、疲労、心労、そして寒さを耐え続けている。
「ねえ、私たち、ここで死んじゃうのかな」
突然、赤葉がそんなことを言い出した。既に心は限界に近づいているのだろうか。
「……死なないよ」
「でも、食料はないし、火も着かないし、森も終わらないよ」
「……死なないよ」
俺は赤葉の弱音に、そんな根拠のない励ましをすることしか出来なかった。俺まで心が折れたら絶対に生き残れないから、無理にでもそんなことを言った。
「どうしてそんなことが言えるのよ」
「……俺がついてる」
これには我ながらどうかと思う。俺は赤葉の何なんだ。ただの友達だろ。
「あんたがついてるから、何よ」
「ただの友達ってだけだけど、俺が赤葉を守るから。……だから死なないよ」
なんだこのキザなセリフは。俺の頭もついに逝ってしまったか?
こんな馬鹿な思考ができるなら、まだ大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて、何とか耐えていたのだが──
「あんたに何ができるのよ」
「え?」
唐突に、今まで体育座りで顔を膝に埋めていた赤葉が顔をあげた。その目は俺を睨んでいる。
俺は何かしてしまったのだろうか。意味が分からん。そりゃ『え?』なんていう間抜けな声もあげてしまう。
「そうよ、全部あんたせいよ!」
「は?赤葉なに言って──「最初からおかしかったのよ。異世界に転移するなんて。あんたの隣の席にいた私は、あんたに巻き込まれたのよ!!」
声を荒らげた赤葉が、俺の胸ぐらを掴んでそう言い放った。
「こんな所にとばされたのも、今、私がこんなに辛い思いをしてるのも、全部あんたのせいよ!」
は?おい、何言ってるんだ。転移したのはおそらくクラス全体だし、ここまで生きてこれたのは、俺の知識があったからだ。それが俺のせいで、だって?
「赤葉、いい加減にしろよ」
俺は胸ぐらを掴む赤葉の手を無理やり引き剥がす。
「言って良いことと悪いがあるだろ。俺は赤葉のためにやってきたんだぞ!! 」
「あ、ごめ──「俺1人ならもっと速く進めるし、食料だってお前に合わせないで、何でも採って食べてた。お前はそんな俺が悪かったって言うのか?」
赤葉の言葉も遮って、俺は感情のままにそう言っった。感情に伴って、赤葉の手首を掴む俺の右手にも力が入る。
「ご、ごめん。私、そんなつもりじゃ、な、く、て……」
まずい言い過ぎた。赤葉の声が震えている。
「私……急にっ………不安に……っ」
「お、おい、泣くなよ」
ちょっと勘弁してくれ。こんな風に泣かれても俺にはどうすることもできないぞ。前に女の子とまともに話したのは中学校の時だ。こんな時どうするべきかなんて、分かるはずもない。
だが、赤葉が感情に任せて適当なことを言ってしまったことは分かった。
耐え続けるしかないこの状況、感情的になってしまうのも、情緒が不安定になってしまうのも、仕方がない。
俺は赤葉の気持ちもそれなりに理解できているつもりだ。3週間も2人で生活していたので、お互いのことはよく知れた。だからこそ、俺は行動するべきだ。
いつもは、こういう時にどうすればいいのか分からない。しかし、今、この瞬間だけは体が勝手に動いた。
「なあ、赤葉、人は他人の体温を感じると安心するらしいんだ。……嫌だったら、ごめん」
俺はそう言って、嗚咽する赤葉を抱きしめた。
次回は異世界要素あります!!!
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