王都①「勇者召喚の秘術」
プロローグ的なものです。
人間と魔族、その2種族は古の時代から争いあってきた。
その長き歴史において、戦況が人間側に傾くことがあれば、魔族側に傾くこともあった。しかし、いつの時代も相手側を滅ぼすに至ることはなかった。
戦闘力に関しては魔族側が高いのだが、魔族側の領土を人間側の領土が囲む、というその地理的な関係によって均衡は保たれてきたのだ。
しかし数十年前、魔族側に絶大な力をもつ者が生まれた。名や姿に関しては、魔族側の秘匿により人間側が知ることは出来なかった。だがその力は推し量ることが出来ないほどに強力で、それ故に隠すことが出来なかった。
だが、人間側とて、対抗手段がないわけではない。10人の人類最強の戦士が、魔族側の侵攻に備え、その魔族への対策を講じていた。
その策とは、産まれたその魔族が成長し、さらなる力を得る前に暗殺してしまおう、というもの。いくら絶大な力を持つとは言え、子供のうちに人類最強格の戦士が複数人で奇襲すれば、そう考えたのだった。
結果から言えば、その策は失敗に終わった。
人間は、相手をその魔族1人だと思い込んでいたのだ。あとから思えば思考操作をされていたのであろうが、当時は作戦の杜撰さに多くの批判の声があがった。
その者は将来、一騎当千の魔族側の代表戦力となりうるであろう人物である。人類勢力による暗殺を警戒しないわけがなかった。その子供には数人の護衛がついており、それぞれが人類最強格の戦士を相手に手を抜けるほどの実力をもっていた。
人類の切り札たる10人の戦士達のうち、5人が死に、2人が重症を負った。命からがら人間側の領土へと逃げ帰ってきた生き残りの5人は、作戦の失敗とその魔族の強さを伝えた。子供ながらにして、最強戦士3人を相手取って、1人を殺し2人を重症に追い込んだ、その強さを。そう、実際のところは、その魔族の子供に護衛など必要なかったのだ。
それから20年程の年月がすぎた。人類側は、特にこれといった対抗策を練ることもできず、人類滅亡の危機が迫っていた。
このままでは、成長した例の魔族を中心に魔族の進軍が始まり、またたく間に人類が絶滅してしまうであろうことは確実だった。しかし、この状況に待ったをかけた国があった。超大国『ローティリア王国』だ。
「異世界より神の如き力をもつ勇者を召喚し、対魔族への切り札とする」
そんな突拍子もない策に、周りの国々は呆れ返った。魔族への切り札となり得るような者など居るのか、どうやって召喚するのか、そもそも異世界など存在するのか、こういった疑問が浮かぶのも当然だった。
しかし、『ローティリア王国』は超大国だ。周りの国が止めようとしたところで意味はなかった。たとえその策の実行に、1億もの生け贄が必要だったとしても───
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超大国『ローティリア王国』は、人口約7億人、その領土は全陸地の1割弱をもつ。人類同士での戦争では無敗、世界経済の中心、更には人類国家で唯一魔族側との交渉権をもつ。まさに時代の覇者とも呼べる国家であった。
しかし、そんな王国であっても、今回の件では非常に頭を悩ませていた。この未曾有の危機をどうにかして乗り越えなければならないと。
ローティリアは超大国であり、当然長き歴史をもつ。また、戦争で無敗であったが故に、建国前からの歴史は全て文献に残されていた。ローティリアの真の強さの秘密は、この長大なる記録にあった。
当然、今回も過去の出来事を漁り、解決策を探した。そして見つけ出されたのが『勇者召喚の秘術』だ。それが載っていた文献は建国以前のものらしく、解読は困難を極めたが、有力候補はこの方法のみであった。
しかし、これを実行するには大きな問題があった。1つ目は、莫大な魔力を必要とするため、1万人もの中級以上の魔法使いが必要であること。2つ目に、大量の人間の命を代償にしなければならないこと。その数とは1億、実に王国の総人口の約7分の1であった。
国王と大臣達は大いに悩んだ。今回の危機、何もしなければ人類は確実に滅ぶ。しかし、この魔法を実行すれば1億人もの国民を犠牲にしなければならない。どちらがマシかと問われれば後者だろうが、道徳的にそれを選ぶのは躊躇われる。
そして、議論に議論を重ねた結果、国王の覚悟も後押しし、最終的に選ばれたのは人類の未来であった。
『大規模な魔法実験を行う。協力してくれた中級以上の魔法使いには多額の報酬金を支払おう』というの旨の御触れを出し、1週間程で1万の魔法使いを集めた。
文献によれば、『勇者召喚の秘術』では異世界より、勇者となる者を呼び出すことができるという。1億の贄は、世界間の移動と''強力な能力''の付与のためのエネルギーらしい。
また、この魔法には民衆の混乱を防ぐために、贄とする者の体と魂のみではなく、''存在してきた証''──生まれてからこの世界に対して行った全ての行動──自体を消費する回路が組んであるという。逆に''存在してきた証''を消費しない場合、さらなる生け贄が必要となる。
そんな残酷な魔法の発動に加担することになるとは露も知らず、ほとんどの魔法使いは報酬金目当てで集まっていた。
そして、昨日、20時間にも及ぶ『勇者召喚の秘術』の構築が開始された
魔法の発動とは集中力が必要なものだ。それを20時間も続けることなど、最上位の魔法使いでもなければ不可能だ。実際、魔法を構築し発動する頃には、1万人いた彼らのうちで、立っていることができた者は50人もいなかった。
ローティリア王国の長き歴史の中でも1、2を争うような、巨大な魔法陣が完成する。そして、王宮一の魔法使いが、代表して最後の1句を唱えた。
その瞬間、莫大な光の奔流が国中に溢れる。
意識を保っていた魔法使いは、その最高の魔法の美しさに声を失い、大臣たちは、あまりの光の量に興奮したようにざわめく。国王は、人類の未来を願い、静かに見守った。
15分ほどが経ち、光は徐々に収まってきた。
その場の全員の視線が魔法陣の中心に集まる中、光は完全に止んだ。果たして成功か──
「お、光が消えたぞ……ってあれ?こんな床だったか……?」
「ああ、死ぬかと思ったー」
そこには、見た事のないデザインの机とイスとカバン──学校机と椅子、通学用リュック──が2つずつあった。そして、その2つ机の下には、それぞれ10代後半くらいだと思われる2人の少年がいた。成功である。
その場の全員が歓声をあげた。
「お、おい、ここ何処だよ!?」
「うお、マ、マジかよ!?さっきまで教室に居たはずだろ?」
召喚された2人は、戸惑いながら机の下から這い出る。そして周りを見渡した。
広い空間の中心には自分たち2人、2人を囲むように大勢の人間が倒れている。一部の人間は立っており、椅子に座って見物している身分の高そうな者もいる。さらに、一際目立つ豪華な服装に王冠をかぶり玉座に座る人物が、2人に驚きと期待の眼差しを向けている。
さっきまで、現実離れした事象に半ば興奮状態で叫んでいた2人であったが、この理解が及ばぬ状況に言葉を発せなくなっていた。
そんな中、国王が第一声を放つ。
「人類の救世主、勇者殿、ようこそローティリア王国へ。長らくお待ちしておりましたぞ。我が名はエルネスト・ド・ローティリア、ローティリア王国第178代国王である」
「「…………」」
「むっ?言葉が通じないのか?」
尚も言葉を発さない2人に、国王がそう心配する。
「いえ、術式には【翻訳】というスキルの付与が含まれていたはずです。言葉が通じないことはないと思うのですが」
「うむ、お主がそう言うのならそうなのだろう。しかし……」
国王の疑問に答えたのは近衛魔法師団の団長だ。''勇者召喚の秘術''の最後の一句を唱えた王宮一の魔法使いとは、彼のことである。
文献の記述を読み取り、今回の魔法を作った本人でもある。その彼が言うのだ。言葉は通じているはずだ。
「あ、あの、言葉は通じてます!突然のことすぎて声が出せなかっただけです。すみません」
「おお、そうであったか!しかし仕方あるまい。突然別世界から呼び出されたのだからな!ハッハッハッハ」
日本で言えば高校生程度であろうその少年たちは、国王のその言葉に凍りついた。
「「え?別世界!?」」
「うむ、そなたらはこの世界を救う勇者となる者だ。''勇者召喚の秘術''によりたった今、異世界より呼び出されたのだ」
「いや、呼び出されたのだ、じゃないですよ!!勝手に連れてこられても困りますって!」
当然、2人は憤慨する。
だが、ここが本当に異世界なのかは確定していない。話を鵜呑みにするには時期尚早ではないか?否、2人は感じたのだ。ここが地球ではないこと、今まで感じたことのない力がこの世界には溢れていることを。
だからこそ2人は、一瞬である程度の状況を掴むことができた。
「分かってるぞ。どうせ俺たちは帰れないって言うんだろ!」
そしてそこへ思い至る。異世界に召喚されて帰れる話など聞いたことがない。どうせこっちの世界の問題に巻き込まれて、良いように使われるだけなのだろう。そんな考えは一瞬で浮かんだ。
しかし、国王の言葉はそんな予想を良い意味で裏切った。
「まあ、落ち着くが良い。そなたらの気持ちも十分に理解しているつもりだ。それについては──」
国王は右後ろに立つ初老の男性に目配せをした。彼は静かに1歩前へ出る。
「国王陛下に代わりまして私、ランベール・コットがお答えしましょう」
ランベール・コット、彼はローティリア王国の宰相である。
「お二人は、元いた世界に帰れないことを心配しておられるのでしょう。しかし、それは杞憂と言うものです。
私共は、お二人を''勇者召喚の秘術''という魔法を用いて召喚致しました。そして、呼び出すことが出来る魔法があれば、元いた世界に帰すことが出来る魔法も存在しています。
ですので、その点に関してはご心配無きようお願い致します」
「そ、そうなのか……」
「いや、帰れると言われましても、僕達にも事情というものがあるのですが……」
宰相の言葉にひとまず安心した2人だが、やはり不信感が消えるはずもなかった。まずは落ち着いて考える時間が必要だろう。
「ランベール下がってよいぞ」
「はっ」
「我が名乗ったのだ。勇者殿達も名を教えてくだされ」
「あ、すみません」
国王の言葉に2人は慌てて、改めて状況を理解した。
国王、つまり国の最高権力者に名乗らせておいて、自分たちはただ質問をしていたのみだ。2人が勇者殿などと呼ばれる立場でなければ、間違いなく不敬罪となってしまうだろう。
未だ、夢ではないのかと疑う2人であったが、これが仮に本当に現実ならば、生き残れる確率が高い選択をするべきだ。
「天城輝、18歳です。勇者、というのはよく分かりませんが……生きて帰れるのなら、僕にできる範囲であれば王様にご協力します」
「ふむ、勇者殿の名は天城 輝というのか。輝殿、とお呼びしてもよろしいかな?」
「はい、お好きなように呼んでください」
輝はそう答えると1歩下がって、もう1人の少年へ次に名乗るように促す。
「俺は待宵明夜っていいます。あの、1つ質問があるんすけど、勇者って1人じゃないんすか?」
「ほお、明夜殿と……ふむ、確かに明夜殿の疑問はもっともですな。我もちょうど思っていたところですぞ。ランベール、これは────」
バアアアンッ
そのとき、突然、部屋の扉が勢い良く開かれ、国王の言葉は遮られた。
そして、数人の近衛兵士が走り飛び込んでくる。
「貴様等、ここが我等が王の居られる間と知っての所業か!!」
当然、この場所この状況において、最悪の無礼をはたらいた者たちに、宰相ランベールが激怒する。初老の体に見合わない、とんでもない声圧だ。
「緊急のご報告ゆえ、礼を失してお伝え申し上げます!」
「城内の複数箇所にて発光現象を確認、その後変わった服装の人間が複数人、突然現れました!!」
次回から本編です。
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