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スノードロップの夢  作者: 神崎 司
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夢の終わりに花束を


 次の日の朝は、また雪が降っていた。傘が必要な程の豪雪ではないのが救いだ。ジャケットに付いているフードを被ると、あたしは家を飛び出した。左手には、物語の産物を携えて。

 〈雪の女王〉の城は相変わらずそこにあったけど、今日は扉は開かなかった。女王は怒っているのだろうか。でもあたしは慌てない。服の隙間から、紐を通した鍵を取り出した。


「何でも開けられる鍵って書いたもんね」


 鍵を扉にかざすと、そこに鍵穴の形をした黄色い光が出現する。扉の形をした物は、この鍵を拒めない。あたしは金色の鍵を、鍵穴に差し込んで回した。カチリと音がする。〈青い鳥〉がこの鍵を作らせたのは正解だった。あたしは、ゆっくりと扉を開けた。


 城の中は、少し様変わりしていた。床は、以前はつるりとした一面の氷だったのに、今は雪の結晶のような模様が広がっている。そして玄関と呼ぶべきであろう広間の中央に、背もたれの長い大きな椅子が出現していた。そこには、〈雪の女王〉が座っていた。表情はなく、静かにこちらを見つめている。あたしが近付いていくと、彼女も立ち上がって、歩いて来た。あたしはごくりと息を飲んだ。どちらから先に口を開くべきなんだろう。ためらっていると、〈雪の女王〉の方が先に話し掛けてきた。


「やっぱり来たのね」


 もう何度も繰り返しているやりとりを、またやってしまった、という顔をしていた。


「うん。でも、あなたも気付いてるんでしょう? これは季節が巡るのと同じように、繰り返されるんだって」

「そうね」


 〈雪の女王〉は、あたしの左手に視線を向けた。あたしはためらいなくそれを差し出した。白い〈スノードロップ〉の花束。それが、物語から生まれた産物だった。

 何も言わずに、〈雪の女王〉は花束を受け取った。


「知ってる? イギリスでは、〈スノードロップ〉を他人に贈ると『あなたの死を望みます』って意味にもなるんだって」

「うん」


 図書館で借りた本にも書いてあった民話だ。


「でも、あたし達の関係を終わりにしないといけないんだよ。あたしは確かに、叶わない夢を望んだ。あなたはそれを叶えてくれようとした。あなたが来た最初は嬉しかったし、何が起きたんだろうってワクワクした。でも、ちょっとしたら、あたしは何も変えてないし、ここから動けないって気付いちゃった。あたしはね、ワクワクとかドキドキとかそういうものを、この手で掴み取りたいんだ」

「それは茨の道よ。あなたはこれから、沢山傷付くわ。大人に近付く程、憎みや妬みのような、嫌な感情を知るの。死にたいとすら、思うかもしれない」

「そうだね。あたしはそうならないなんて自信はないよ。人生長いもんね。でもやっぱり、自分の命の使い方くらい、自分で決めたい」

「……なら、私から忠告することはもうないわ」

「そっか。ねえ、〈雪の女王〉、あたしはあなたのこと、嫌いじゃなかったよ。〈青い鳥〉の件はちょっと許せないけど、悪い人だとは思ってない」

「完全な悪役として、作者が書いてくれたのなら、私はそれでも良かったのだけど」

「いいよ、そのくらいで。完全な悪役だったら、倒すしかなくなっちゃう」

「あなたは今から私を殺すけどね」


 そう言うと、〈雪の女王〉は〈スノードロップ〉の花束を握りしめた。


「あなたには自分の名前があるでしょうけど、私はそんなものに興味はないから訊かなかった。お伽話はあくまでも、夢を見せる物語なのだから」


 あたしは〈雪の女王〉の意図を図りかねて、少し首を捻った。


「それが私の流儀。だから、最期に言う言葉は決まってるの。さよなら、〈スノードロップ〉」 

 〈スノードロップ〉の花束が白く光り始める。その光は瞬く間にあたしの視界を埋め尽くして、何も見えなくなった。


 光が収まった気がして、目を開けると、そこには夏の芝生が広がっていた。〈雪の女王〉の城は何処にもなかった。あれほど積もっていた雪すらも、何処かに消えていた。あたしは慌ててしゃがみ込み、リュックの中に入れていた〈白紙の本〉を取り出した。それも、うっすら消えかけていた。


「悲しむことはないよ、サユキ。君は現実に帰るだけだ。でもこれだけは忘れないでほしい。苦しみを癒すために、大事なことを教えるために、お伽話は存在していることを」

 そう言い残して、〈白紙の本〉も消えてしまった。


 あたしは、のろのろした動作で、広場を後にした。あたしは夢から目覚めてしまった。次第に暑くなってきて、帽子と手袋とジャケットを脱ぐ。家に帰らないといけない、と頭の中の冷静な部分が言っている。その内にみんな起きてくるだろう。

 家に着くと、夏用のTシャツに着替える。テレビを付けると、朝のニュースをやっていた。日付は八月二十八日だった。つまり、〈雪の女王〉がいた数日間は、なかったことになっている。

 部屋の奥から、母親が起き出してきた。


「おはよう紗雪、早いのね」

「うん。面白い夢を見てたのに、目が覚めちゃった」 

「あら、どんな夢?」

「秘密」


 母親はふうん、と言って、台所に行ってしまった。朝食の準備をしてくれるのだろう。あたしはもう食べたのだけど、まあ、もう少しくらいは入るか。


 自分の部屋に入って、ベッドに横たわってみる。目を閉じると、外からセミの鳴き声が聞こえる。今は夏だ。

 〈雪の女王〉はどうなったんだろう。〈スノードロップ〉を贈られると死ぬと言っていたから、〈青い鳥〉同様、死んでしまったのかもしれない。そして〈お伽の国〉で復活するのだろう。そしてまた、別の〈スノードロップ〉を探すのだろう。彼女の望みは永遠に叶わない。

 でもあたしは、〈雪の女王〉が来たおかげで、少しは成長した気がする。もう私は彼女を呼ばない。夢は自分で叶えるものだと気付いたから。

 

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