青い鳥来たる
準備ができると、〈青い鳥〉はまず自己紹介を始めた。
「予想はしてるだろうけど、僕は〈青い鳥〉。君の名前は?」
「羽鳥紗雪だよ」
「長いねぇ。じゃあ、サユキと呼ぼうか」
悪い気はしなかったので、あたしは素直に頷いた。
「僕らは、〈雪の女王〉を追って、〈お伽の国〉という所からやって来た。要はお伽話の登場キャラ達が構成している国だよ」
「ぼくら?」
あたしが首を傾げると、〈青い鳥〉は机の上を羽で示した。そこには黒い表紙の本があった。そういえば、鳥にばかり注意が向いていたけど、さっきからあった気がする。
「それは〈白紙の本〉っていうんだ。これからとても大事になってくる」
「ふうん」
気のない返事をすると、〈青い鳥〉は言いたいことは山程あるのだ、というように、続きを話し出した。
「サユキも気付いていると思うけど、この時期に雪が降ったのは、〈雪の女王〉が来たからだ。彼女の行く所には冬が来る。では何故〈雪の女王〉が来たのか? それは簡単、君が呼んだからさ」
「え、あたし?」
驚いて思わず自分を指差してしまう。あたしにそんな、マジカルな力があってたまるか。そうだったら、今頃もっと凄いことができているはずだ。
「そうだよ。だから君は、こんな事態になっても、さして驚いていないだろう? これは君が望んだことだからさ」
「町が冬になっちゃって、誰も人がいないのが、あたしの望みだっていうの?」
「そうさ。自分の胸に手を当てて考えてごらん」
なんだか腹が立ったので、あたしは話の続きを求めた。
「どうして、私が望んだからって、〈雪の女王〉が来るの?」
「君は多分、孤独なんだね。〈雪の女王〉はそういう子供を特に選ぶんだ。君、『雪の女王』がどういう話か、細部まで知ってる?」
「……小さい頃読んだきりだから、あんまり」
〈青い鳥〉は、咳ばらいを一つした。
「だろうね。『雪の女王』は、正式名称としては、サブタイトルに―七つのお話からできている物語―と付く戯曲だ。嘘だと思うなら、子供向けの絵本じゃない本を調べてみるといい。そしてこの話の主役は、誰が読んだって、ゲルダだと思うだろう。そして〈雪の女王〉は、最終章で不在のまま、物語が終わってしまうんだ。それが〈雪の女王〉には我慢ならないんだよ。自分がタイトルになっているのに、最後は何もできないんだからね」
「その話とあたしに、どんな関係があるの?」
「あんまり先を急ぐと、良いことがないよ。大事なことは、作者が登場キャラをきちんと使ってあげないと、キャラは不満を持つということだ。どんな名作であろうと、有名であろうと関わらずね。だから〈雪の女王〉は未だに、カイのような子供を探している。彼女の眼鏡に叶う子がいたら、〈お伽の国〉から勝手に抜け出して会いに行ってしまう。本当は、こちらの国から出向くは禁止されてるんだけど。で、その子供は〈スノードロップ〉と呼ばれる。〈雪の女王〉がそう呼ぶからだけど、これにはいくつかの理由がある。〈スノードロップ〉は、二月から三月くらいに咲く花だ。だから、こんな小話がある。
〔昔、雪にまだ色がなかった頃、雪は色んな花に、色を分けてくれるようお願いしました。すると、白い〈スノードロップ〉が、色を分けてくれました。だから雪はそのお礼に、冬が終わる時、〈スノードロップ〉が一番に咲くようにしてあげました〕ってね。
〈雪の女王〉が、〈スノードロップ〉の姿を借りて現れるのはそのせいさ。それに『雪の女王』の話自体にも〈スノードロップ〉の花が脇役で出て来るから、余計に縁が深いんだ」
「なるほどねぇ」
だから〈雪の女王〉は、あたしにそっくりの姿なのか。
「でも、いつまでも遊び惚けてたら困る。〈スノードロップ〉と〈雪の女王〉の関係が終わらない限り、他の人は目覚めることができないし、季節をずっと冬にしておくわけにはいかないんだからね」
「それは確かに困るかも」
そう言いながらも、あたしは内心、面白がっている自分に気付いていた。お伽話のキャラが現実世界にやって来るなんて、そんな不思議な話が起こってるなんて、ワクワクしない方が無理だ。
「で、あなたはあたしに用があるの? 〈雪の女王〉に帰るようにお願いしてほしいの?」
〈青い鳥〉は首を振った。
「お願いなんかで〈雪の女王〉が動くんだったら、僕らは何も苦労しない。君に求めてるのは、〈雪の女王〉との関係を終わらせる物語を書くことさ」
「物語を書く?」
あたしはびっくりした。作文はしたことがあるけど、物語を作るなんてやったことがない。
「どんな話を書くの?」
「それは今まで、全ての〈スノードロップ〉が、考え抜いて書き上げてきたんだ。どうして自分が〈雪の女王〉を呼んでしまったかを踏まえて、〈雪の女王〉を納得させることができる話さ。結局、原作者以外には、〈雪の女王〉の運命を変えられないんだから」
「よくわかんない」
文句を言うと、〈青い鳥〉はもう一度、〈白紙の本〉を示した。
「物語には、現実すら変える力がある。君がその本に書く物語は力を持つ。話を書き上げた時、君はその力を実感するだろう」
「はぁ」
あたしは聞き疲れて、ベッドにぱたんと寝転がった。〈青い鳥〉は何も言わなかった。彼の話も終わったのだろう。
「何となくはわかったよ。お腹空いたから、ご飯作っていい?」
〈青い鳥〉は苦笑しながら頷いた。
冷蔵庫の中身を確認して、戸棚からカレールーを発見すると、昼ご飯のメニューはカレー一択になった。鍋で野菜と鶏肉を炒めて、水を加えて煮て、ルーを細かく切って加える。その方が早く溶ける気がするからだ。簡単な料理なら、あたしは大抵作れる。母子家庭というものは、子供が料理をするように仕向けるものらしい。あたしはセロリとピーマンが嫌いなんだけど、カレーに入っている野菜は大体食べれる。カレーの偉大なる懐に感謝だ。
冷凍保存してあったご飯を温めて、出来上がったカレーをかけて食べる。〈青い鳥〉は、その光景を珍しそうに眺めていた。彼――というか、オスかどうかもわからないけど――はカレーなんて食べたことはないだろう。もちろん鳥なんだから、人間の食べ物なんて食べる必要はないんだろうだけど。
カレーを食べ終わってお腹いっぱいになると、〈青い鳥〉は早速、あたしをせっついた。
「今から図書館に行こう。物話を書く参考になるし、君はちゃんと『雪の女王』を読んだ方がいい」
「鳥のくせに上から目線だね」
「僕は君より長生きなんだよ。子供は好きだけど、ついおせっかいを焼きたくなっちゃうんだ」
「はいはい」
あたしの精いっぱいの皮肉も、〈青い鳥〉には通用しないらしい。あたしは諦めて、ジャケットにもう一度袖を通した。メーテルリンクはいつの時代の作家だっけ。知らないけどいいや。図書館に行けば確かめられる。
「それと、〈白紙の本〉も持って行ってね」
玄関に向かおうとしたところで、〈青い鳥〉の忠告が飛んで来た。この小鳥、本当にめんどくさい。