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小家族  作者: 坂本梧朗
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第7話


 ワラシが生まれて四ケ月が経ち、散歩に出してもよくなった。外に出すに当って必要な予防接種も終えた。シーズーは小型犬だが運動好きの活発な犬種で、一日一時間ほどの散歩が必要と育て方の本には書いてあった。発育とストレス解消のために散歩は大切なようだった。知道夫婦は朝、夕、ワラシの散歩を始めた。平日の朝は昌代が連れ出し、夕方は帰宅した知道がリードを引いた。休日は夫婦揃って散歩に出た。一回三十分くらいの散歩だがワラシは元気に歩いた。散歩のコースも三、四通りできた。夫婦は散歩によって、どこにどんな店があり、どんな家があり、どの道がどこにつながっているのかなど、自分たちが住むアパートの周囲の状況を知ることができた。一番素早く記憶される情報は犬に関するものだった。どの家にはどんな犬がいる、どの公園や空き地にはどんな野良犬が何匹いる、などの情報は、傍を通る時に吠えられたり、寄って来られたりすることで、何よりも早く記憶された。それはワラシの安全に関わる情報だった。

 散歩の度に近づいてくる野良犬がいた。首輪をしていたから、飼い犬だったのに捨てられたか、迷い出たかしたのだろう。柴犬系の犬で、ほっそりした体躯で、鼻の周りが黒かった。愛らしい顔立ちで、現れるとしばらくの間、前になり、後ろになりしながら一緒に散歩するのだった。危害を加える風は全くなく、ワラシもこの犬を嫌わず、会えば体臭を嗅ごうとし、その鼻面に顔を寄せようとした。すると、病気がうつることを警戒する昌代はワラシのリードを引っ張った。この犬が公園に屯する野良犬たちから追われるのを夫婦は何度か目にした。昌代はこの犬を決してワラシには近づけなかったが、その境遇には同情して、ドッグフードをビニール袋に入れて携行し、散歩の途中、適当な折に呼び寄せて与えていた。この犬はアパートまでついてくることもあった。昌代はアパートのドアの前にドッグフードの粒をおいてやった。それは二、三日するとなくなっていた。

 アパートでペットを飼うことは禁じられていた。ワラシを散歩に連れ出すことは大家にペットを飼っていることを知らせるようなものだった。しかしワラシの成長や健康のために必要とあれば夫婦は構わなかった。それに昌代の頭にはそろそろアパート生活を切り上げて、自分の実家に移り住もうという考えが固まり始めていた。実家には彼女の両親が住んでいた。二人とも八十歳が近づいていた。老夫婦二人だけの生活に昌代は不安を抱いていた。それで知道に父親が八十歳になったら同居したいという自分の希望を伝えていた。知道は反対しなかった。実家は昔風の間取りだったが、二階の三間は空いていた。アパートの家賃を考えればそこに移り住むことは合理的だった。食費だけの負担で済めば出費は大幅に減った。

 知道夫婦が犬を飼っていることを知った大家は退去を通告してきた。夫婦はそれを機にアパートを出た。



       

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