食事は楽しく
遠くで狩りをしていたニックたちが戻ってきた。獲物を仕留めることができず、タロスが文句を言っている。
「美味いというから楽しみにしておったのに。しぶとい鳥じゃあ」
ショーターも切ない顔をしている。
「剣も通らない鳥だ。ジジイの歯じゃ、固くて食えたもんじゃねぇよ」
「そうかもしれんが腹が減って死んでしまうぞ」
黒豹のレグスが鼻をひくひくさせ、ニックは驚いた。
「見ろ。良い匂いがするぞ!」
草原にテーブルが広げられていた。そこには巨大な鳥肉が塩やハーブと共にローストされ、焦げと照りにそそられる。タロスは興奮した。
「ローストチキンじゃあ!」
ショーターは松葉杖を振り上げる。
「あっちには鍋があるぞ! スッゲェ」
鳥の肉団子スープだ。何種類かの野菜が浮き出て、彩り鮮やかだ。その大鍋の陰に隠れたようにハルトがいた。
薪の火でパンの代わりになるものを焼いていて、タロスに差し出す。
「どうぞ。動いたからお腹空いているでしょう?」
タロスは全力で喜んだ。
「おお! ふわふわ! 良いのか!?」
「手持ちの調味料が少なくて味はシンプルですが、量だけはあります。余ったら他の勇者さんに分けてあげてください」
荷馬車は他にも数台止まっているが、誰も見向きもしなかった。空気が静まったのは他の勇者たちとはもっと仲が悪いらしい。ウォールがごまかすようにハルトの肩を抱いた。
「さぁ、温かいうちにいただこう!」
ホロホロ鳥のローストはナイフが要らないほど柔らかい。しかもハーブが利いて臭みもない。
「スゲー。久しぶりの肉じゃ」
タロスは感無量だ。
「ずっと豆ばっかりだったもんな」
ニックとショーターが話している。ハルトはチャンスとばかりに、荷馬車の陰から小声で呼んだ。
「カム」
黒豹は耳が良い。レグスは首輪と繋がる紐が鋭利な刃物で切れていることに気付いた。そしてゆっくり。音を立てずに歩き、ハルトに近づいてくる。
ハルトはレグスの正面に立ち、掌を見せた。
「ステイ」
レグスは前足を揃え、きちんと座って待つ。
「へぇ、お上品だなぁ……ベルみたいだよ」
ハルトを見上げて待つのは、山盛りの肉の皿を持っているからでもある。
「君には生肉で内臓の方が身体に負担が少ないだろう? この暑さだから、ちょっとだけ冷たくしておいたよ。さぁどうぞ」
レグスが夢中になって食べ始めると、嬉しさのあまり、喉をゴロゴロと鳴らしていた。ご機嫌のようだ。
ハルトはうっとりと眺める。美しい猫背に触りたいが食事中に触れるのはタブーである。まだお世話してあげたいが、してあげられることといったらあとひとつしかない。
ハルトは指を鳴らした。レグスの耳がピクリと警戒した瞬間、ずるりと首輪が落ちた。
「!」
ハルトは呟いた。
「ごめんね。この国の人は酷いよね。ここから西へ行くといい。アスラケージ国に繋がる近道がある。着いたらヴェルダンディ公爵を頼ると良い。俺の友達なんだ」
ハルトは少し考え、髪の毛を数本抜くと、レグスの甲冑に張り付けた。
「これで俺だと分かると思う。でも公爵に逢っても、この足のことは言うなよ?」
レグスは一礼すると、足早に消えていった。
ハルトは悔いた。
「やっぱりナデナデしておけばよかった……」
※ ※ ※
食事の席に戻ったハルトはいつになく上機嫌であった。ニックはそれがたまらなく嫌だったらしい。
「どうせ死ぬんだから食ったってムダだろ」
ザァー。
ハルトのローストチキンに砂が降ってきた。ニックが自分の靴で砂を汲んで、上からかけた。
「どうだ? オレ流の味付けにしてやったぜ?」
心の中ではニックのことをボコボコにしている。行動に出なかったのは今後のことを考えてのこと。ここで喧嘩などしたら低レベルすぎる。
「食べ物を粗末にしてはいけません。貴方、幾つですか?」
「うるせぇ! ちゃんと食えよな!!」
「貴方もご自分が言ったことぐらい守ってくださいね?」
ハルトは砂の落ちる速さより早く魔法をかけることができるし、そもそもニックが靴に砂を入れていることぐらい見なくても、察知している。重力魔法を鶏肉の上空にかけておくぐらい簡単だ。だから平気で食事を続けた。一粒たりとも料理を汚してなるものか。
「やっぱりホロッホロ。塩加減もいい感じだぁ~」
ニックは自分の皿に砂がかかっているのに気付いた。ハルトは激しく冷酷な瞳で睨んだ。
「食えよ。自分で味付けしたんだろう?」
ニックはハルトを指さしたが、恐怖で言葉が出ない。ウォールは笑いながら、ハルトの背を叩いた。
「いやぁ、本当に見習いくんは料理の天才だ! おっと名前を聞くのを忘れていたな」
ハルトは急に顔を真っ赤にした。
ついにこの時が来た。やっと注目してくれた。料理の力って、やっぱり凄い!
「いや……あの…それは……」
しかし、こんなに注目されるなんて最劣勇者の称号をもらって冷ややかな視線を浴びた時以来だ。
「バーサクだろ!」
ニックはまくし立て、追求する。
「カタカタ鳥を一撃で仕留めたんだぞ。料理上手の見習いならバーサクに決まってんだろ!」
ハルトは肉を喉に詰まらせた。
――言うなよ! 全部ぶち壊しだ。サイアクだろ。
ショーターは落ち着かなくなる。
「なんで俺たちと一緒なんだよ! 聞いてねぇぞ」
タロスも動揺している。
「そうじゃ、敵も味方も区別つかないようなヤツだぞ!」
ハルトはいたたまれなくなる。
「すいません。でも皆さんに危害は加えたりしませんので……」
ニックは笑った。
「へぇ。強いって自覚あるんだ? だったらドラゴンに乗って帰ればいい。呼べよ、ドラゴンを!」
ニックの圧力にタロスは同意した。
「儂もドラゴンを見てみたいのう! さぞかしカッコええじゃろう!」
「無理言うなよ。足がなかったら、乗れねぇよな?」
ショーターは挑発? 三人が笑っている。良く言えば、それもチームワーク。しかし弱者を非難するのは勇者としてどうだろう。
ハルトは俯いた。
味方になってもらえない。最強だったら怯え、最弱だったら馬鹿にするくせに勇者と名乗るような連中だ。ここは諦めるしかないのか。
残る問題はただひとつ。
どんなに美味い食事でも、空気が不味いとまずくなるということだ!
ウォールは立ち上がり、ハルトの代わりに頭を下げる。
「大人しくさせますから……エルダール到着までの間、仲間として認めてやってくれないか?」
ウォールはいいヤツだ。
でもハルトが頭を下げる理由は無いので、無視して食事を続けた。その行為がさらに周囲の反感を買った。
「ウォールが頭を下げておるのに、生意気なガキが!」
タロスが目の前のローストチキンを皿ごと投げつけてきた。
ハルトの正面で皿と肉が浮いていた。バラバラになったパズルが合成させるように美しく盛り直されて、ふわふわとテーブルに戻っていく。
ハルトは言った。
「行儀の悪い方たちだ。どうせ投げるならナイフやフォークにしてください。料理が可哀想でしょう」
料理は人を想って作るもの。そして食事は皆で楽しくするもの。それができないというなら……仕方ない。
「これでは一緒に旅はできませんね」
ニックはゲラゲラと笑った。
「一緒にだとよ! そんなに強くて、何故いつまでも見習いかといえば、答えはひとつに決まっている。バーサクが原因なんだろ! 仲間に迷惑かけるヤツと旅をするのは、オレらだって御免だね。命がいくつあっても足りないさ」
「そうですか。別に良いですよ。迷惑しているのは俺のほうですし、死ぬのは貴方たちです」
ハルトは遠方のカタカタ鳥の巣を指で示す。
「味方に死ねと言われたら、どれほど心に傷がつくことか。その身が亡ぶまで、じっくり味わうと良いでしょう」
巣を失った鳥たちは、周囲にものすごく悪影響を及ぼす。怒りまくって、生態系を破壊し、地平線の彼方、おおよそ半径三十キロは壊滅状態になるだろう。当然輸送班の荷馬車では逃げきれない。
狂ったように暴れるカタカタ鳥から逃げようと、多くのモンスターが通過していく。周囲は騒然としてきた。
「巣を荒らしてしまった貴方たちの責任です。俺は知りませんよ?」
そう言ったものの、ウォールには良くしてもらった恩がある。このまま見捨てるというのも、本心ではイヤなのだが、どうもきっかけがない。
刻々と危機は迫る。
俺は食事を続けた。せっかく作ったのだから完食したい。
「あ、そうだ!」
ハルトは何かを提案するのかと、ニックが目を見開く。
「――味を変えようかな。チリソースあったよなぁ」
ショーターは我慢ができない。このままでは全滅だ。
ハルトは冷静だ。
さぁ選択しろ。勇者たち。
俺と旅をするか、それともこの状況に抗うか。
※ ※ ※
「そんなこと言わずに助けてくれ!」
態度を一変し、タロスが頭を下げた。ショーターも慌てて頭を下げたが、ニックは動かない。
「見習いの俺が出る幕ではないでしょう。勇者の皆さんは、勇ましく戦って、散るのがお仕事なんですよね? 俺はそれほど勇ましくありません。避けるべきリスクは避け、救うべき人間がいれば助けます」
「条件次第ってことか」
ニックは舌打ちに、ハルトは笑う。
「そもそも、皆さんはチームで行動したかった。そこに俺がいたから邪魔だったのでしょう? 何故ですか?」
「目立ちたくないんだよ! オレたちだけで仲良くして悪いかよ」
ハルトは微笑む。
「そんな単純な理由? だったら追い出せばよかったのに」
ニックはカッと熱くなり頬を染めた。
「そんなことできるか!」
「俺が強いことを知っているからですよね。あなたがバーサクだと言ったんだ」
いつも地味に目立たないようにしているから、滅多にバーサクハルトだと気付かれないのに、ニックはよく気が付いたものだ。
「おお、そうだよ、悪いか。テメェなんかといたら何されるかわかったもんじゃねぇよ」
「傷つくなぁ。そういうふうに貶されるのは嫌で、誰もいなさそうな荷馬車を選んだのに。俺がいつ皆さんに牙を剥きましたか。
簡単なことです。仲良く旅をしましょう。皆さんのチームに入れてください。もちろんチームになる以上は隠し事無しで、仲良くやりましょう。 俺も味方が欲しいんです」
ニックは疑惑の瞳だ。
「そう睨まないでくださいよ。チームに入る以上、皆さんの生命は保障します。このまま死を選ぶつもりですか? 時間がないですよ。カタカタ鳥が攻めてきますよ? どちらにしますか?」
強い日差しが鳥の陰で遮られる。
ニックは焦っていると、ウォールが視線を合わせて頷く。
「分かった。命には代えられない」
「よろしくお願いします。楽しい旅にしましょう!」
ハルトは立ち上がると左手で剣を持ち、右の手袋を噛んでズルズルと抜き取った。鮮やかに青白く光る勇者の紋章が眩しい。
三人の驚いた顔はモンスターが逃げる砂ぼこりで見えなくなった。テーブルや料理はなぎ倒されて散乱し、馬が驚いて、荷馬車勝手に走り出す。
ハルトは群がるカタカタ鳥の中からひときわ立派な鬣を持つ一羽に目をつけた。あれがボスだ。
魔力をあげると、ボス鳥はこちらを向いた。こちらに狙いを定めてくれたのは都合が良い。
“アイコンタクト”
ボス鳥が嘴を震わせて鳴いた。
『カッ・カタカタカタ……!』
「UP――カム」
打ち上げた弾丸のようにハルトは空へ飛び、落下しはじめたところをボス鳥は背で受け止める。
ハルトは感動する。
「Good! なかなか素直で良い子じゃないか! 名前なんていうの?――え? 無いのか。それなら……ハーディーってどう? 頑丈って意味だよ」
ボス鳥は喜びの雄叫びをあげ、空を周回する。
「オッケー、ハーディー。巣に戻れ。俺、シーツ交換は得意中の得意なんだよ!」
ハルトは剣を振り、風を巻き上げる。枯草が導かれるように巣の上へ積まれていく。
「これでどう?」
足跡だらけの大地が隠れ、ふわふわの枯草のベッドが出来上がる。ハーディーは仲間を呼んだ。怒り狂っていたカタカタ鳥だが、ボスが喜べば、群れの皆も喜んだ。巣は新しくなったが、若干の手直しが必要だ。鳥たちは巣作りに励みだす。
「うん! いいね」
騒動の原因が収まってハルトは満足だ。そして逃走を続ける荷馬車を追い、手を差し出す。
「ねぇ、お馬さん。怖がらないで! こら気づけよ! ステイ!――ステイ!!」
荷馬車のスピードは緩まない。あの荷馬車は重いのか?軽いのか? 分からなければUPさせるのも難しい。その先は草むらが切れて、崖になる。移動手段を失うわけにはいかない。
「クッソ! 面倒くさいな。NO!!」
青白い魔法陣が展開し、太陽が生まれたかのように強い光が放たれる。
馬はいななき、崖の手前で止まった。
「はぁ、終わった」
ハルトは力を失い、鳥の背からズルズルと落ちていく。ハーディーは上手く飛行して荷馬車のホロの上に落とす。一旦バウンドして、荷馬車の脇で寝転んだ。
うう、太陽がまぶしい。
急激に魔力が下がって、気持ちが悪い。これだから“No”は使いたいない。
右手に手袋を嵌めると、またお腹が鳴った。
「もう少し食べたかったな」
次はきっと、楽しく食事ができるはずだ。
それにしても疲れた。
仕方ない、ひとやすみするか。




