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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
青年編<<< 最強の宿屋へ ~Reboost~ >>> 英雄王の兆し 
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~~ 三度目の転機 ~~

 人生に転機はいくつかやってくる。


 例えば2005年で5歳の春、ライカに出会ったことで宿屋になりそこねた。その逃亡と潜伏先が王立勇者専門学校ロイヤルブレイブカレッジ。幼児の俺でも、ライカが手を出せない一番安全な場所だ。


 平和な学園生活だったが、甘い罠もある。召喚された者は、この世界の仕組みを知らないのを良いことに、親切丁寧に好待遇される。


「ようこそ勇者よ! 君こそが世界を救う希望だ!」(王宮神官談)


「案ずることはない。君には隠れた才能がある。戦いにおいて素人でも訓練を受ければ、めざましい進歩を遂げるだろう」(RBC教師エストワール談)


「我々は魔族に苦しめられています。魔王は脅威です。国を守り、民を守るため、どうか立ち上がってください! さぁ、ダンジョンへ!」(聖女アリー談)


 どのみち聖女と契約してしまったら、職業選択の自由がない。冒険と戦いの人生は強制で、逆らう者は殺されているという。



 俺は前の世界では平和主義の料理人だった。

 運動と試合は好きだけれど、命をかけて戦うのは意思に反する。血生臭いのは魚だけで十分で、宿屋になるのが夢だ。


 だから勇者になるのは回避したい。最劣勇者見習い(プアレスト)と蔑まれても、RBCに居残ることにした。その陰で様々な修行に取り組み、宿屋になる道を模索する。


 二度目の転機は2015年の夏。聖女シェヘラザールとの出逢い。

 シェラとは友達以上恋人未満。彼女の居場所を作るためにも宿屋になりたい。

 俺は未熟で、彼女を守りきれなかった。別れは切ないけど、そこで誓った。


 俺は君だけの勇者になる。

 そしていつか迎えにいく。


 一緒に旅の宿屋をしよう。

 世界各地を回って、いろいろな人と出会う旅をしよう。



 選択は二つに絞られる。

 1・勇者になっても、宿屋になれることを証明する。

 2・勇者見習いのまま、こっそり宿屋として活動する。


 選択肢1はとても困難だ。

 この国の勇者製造システムに逆らうことだ。宿屋になったとしても、圧力をかけられて潰される。勇者が聖女の奴隷から解放されなければ、選択肢1は真の意味で証明されたことにならない。


 従って選択肢2だ。

 俺は勇者見習いになることで、正式な勇者登録を回避し、密かに宿屋になる準備を始めた。


 最善ではないだろう。でも早く宿屋になりたいんだ。

 必要なのは“仲間”と“資金”そして、宿屋の証である“宿屋の心得”だ。


 その三つを手に入れるより、もっと簡単な方法がある。それはトキワタリを見つけること。これさえあれば、前の世界へ戻ってやり直すことができる。


 だからアキトに協力してもらう代わりに魔王を倒してきた。聖女は魔王が悪だというけれど、俺の中では強いだけの存在で、悪かどうかは別問題だ。


 それでも勇者は魔王を倒さなくてはいけない。いくら全世界に向かって、聖女は間違っていると叫んでも、俺以外の勇者たちの出征は止められないし、命が儚く散るのを見ていられない。


 結局戦うしかないのだ。

 魔王のひとつの命で百人の勇者の命が救える。本当は魔王も殺したくない。救ってあげられたらよいけれど、今の俺は、勇者は奴隷というシステムに反抗できるほどの勇気はない。


 もっと守りたいものと、やりたい事がある。


 馬鹿正直に正面から立ち向かっても勝ち目がないなら、一周回って、敵の目を避けたあとに真正面から殴ってやる。


 戦闘の合間に料理をして、宿屋のように皆に振る舞うことで心を癒した。ほんのひと時の平和な時間を過ごし、いつか本当に宿屋になると誓った。


 いつしか最強の実力が身についていた。でも自由になれない。宿屋になりたいなんて、小さく可愛い夢ではないか。なのにどうして叶わない?


 あっという間の二年だ。魔王を倒して倒して倒して!


 それで何が変わった?

 魔王は次々と現れて、弱い勇者たちが死んでいく。


 シェラ、待たせてしまってごめん。

 俺はまだ、宿屋になれそうにない。


 時には八つ当たりのように魔王を殺す。家畜を“と殺”して人が食するように。


 心を殺し、作業をこなしていく。それでバーサク(狂戦士)といわれるようになった。

 これが俺にとって、最強の成れの果てである。



 そして突然に訪れた三度目の転機。

 これがきっかけで、俺は宿屋としてスタートする。


 その始まりは、あまりにも痛い話だ。



 ※    ※    ※



 2017年、夏。魔王討伐直後のことだ。

 俺、浅利一翔は勇者見習いハルトとして活動している。見習いであることをいいことに、アキト栄光の陰に隠れて魔王を倒す毎日だ。


 今回の魔王と呼ばれた人物は、古の魔法使いで、知識で右にでるものはいないと言われていた。俺は腕力に自信はあるが、魔法戦になるとキツい。


 なので非常に姑息な手段で勝利した。あまりに恥ずかしいので、詳細は言えない。とにかく魔王の亡骸を漁るように、レアアイテムを回収している。


 古の魔法使いのボス部屋だけあって、獲得アイテムが豊富だ。高級魔法石やポーション系。魔法使い専用の高級ローブや装備品の数々。けれどそんなもの、どうでも良かった。


 魔王キングスコアだっていくつも持っている。欲しいのはたったひとつだ。

「トキワタリ…持ってないのかよ」

 がっくりして肩を落とした。


 古の魔法使いは相当悔しかったようで、トキワタリのことは絶対に教えないと笑い、死んでいった。トキワタリどころか手掛かりすら手に入れられなかった。


 心も身体も力尽き、床に寝転んだ。ズタボロになるまで戦って、収穫なし。

「早く飯食って……寝よう」


 後方から様子を見に来た気配がある。アキトにしてはおかしい。


 ――誰だ?



「かーけーるーちゃん!」

 それが聞きなれない男の声であったから驚いた。俺はハルトだけれど、一翔かけるの存在を知るのはシェラと小太郎ぐらいだ。


 振り返った瞬間、何もできなくなった。アイコンタクトは自分だけの魔法なのに、この男に魅せられて動けない。


 大昔、見たことがある。

 大胆不敵で、自己中心的。そして面倒くさいオーラたっぷりだが、それは実力と余裕があるから。


 ハルトは忘れたいと思っていたけれど、完全に忘れることができなかった。忌々しい姿が記憶の底からアップロードされ、十五年前と今の姿に共通点が出てくる。


 相変わらずノースリーブで、隆起した筋肉は衰えを感じさせない。そして上腕部の入れ墨。双頭の鷲が剣と杖を持つ紋章だ。アブソルティスの証である。


「ライカ」

 最悪だ。間違いない。


 ライカは呼ばれてニッコリと微笑んだ。忘れていなかったことが嬉しかったらしい。

「迎えにきたぜ! トキワタリ、手にいれたんだよな! どんなんだった? 早くやってみようぜ!」


 ハルトは息を呑んだ。

 あり得ないことばかりだ。どうして秘密を知っている?


 トキワタリを探していることは誰にも漏らしていない。

 そもそもどうしてここにいることが分かった? ライカは俺の情報を全て掴むことができるのか? 


 もしそうならば、接点はひとつ。聖女と勇者が右手の“勇者の紋章”を通して魂が繋がっているように、右足の紋章が、ライカと繋がっている。


「ここじゃ狭いなぁ、ちょっと移動するか」

 目の前に空間転移魔法の魔法陣が展開される。


 ぞっとした。あれは俺もできない。

 今まで紋章を刻んできたすべての者の魔法が使えるのなら勝ち目がない。絶望的だ。


 人形のように雑に引きずられた。

 もともと逆らえるほどの体力は残っていなかったし、気力も尽きた。


 どこへ連れ去るつもりだ?

 幼い頃と同様に俺は無力だ。身体が動かないからどうしようもない。指先一本でも、近くの魔法石にしがみ付くことさえできたら違うかもしれない。だけど、ライカにすっかり支配されている。


 ※    ※    ※


 転移魔法陣をくぐった。

 ボス部屋から見知らぬ場所に辿り着いた時、どうしようもないと悟った。


 そういう運命だったのだ。こうならないように頑張ってきたのに、変えられなかった。努力しても無駄だった。努力なんてしなければよかった。抗った分だけ辛い思いをした。


 ならば、もっと早く捕まえてくれればよかったのに。どうして今まで何もしてこなかった?


 そうか、トキワタリ。


 ライカもトキワタリが欲しかった。だから強くなるまで俺を放置していた。強くなった分だけ、ライカが使える魔法も増える。長い間、この男に泳がされていただけなのか。


 俺は、この男に勝てない。

 陽翔には負けっぱなしだから、負けには慣れている。でもこの世界に来て、ここまで負けたと感じたのは初めてだ。


 “本当に?”

 陽翔の声がした。


 “本当に勝てないの?”


 あぁ、勝てない。自分を奮い立たせるのに、自分がダメになってる。


 “だったら、一翔のことは俺が守るよ!”

 陽翔の声は、眩しいくらいに明るかった。



 俺は呟いた。

「いや、それは違うだろ」

 俺は浅利一翔。兄ちゃんらしく守らせてくれ。


 ――うう? でもどうすれば?


 “それは二人で考えようよ!”


 あぁ、そんなことを言われたら、心が痛いじゃないか。

 感無量だ。ライカに逆らえない虚しさでマイナス百だったのに、二人でいられる嬉しさは千を超える。もはやオーバーフローだ。



 人生には大きな転機がいくつかやってくる。

 今日、ライカに出会ったことは不幸だった。でも不幸の渦中においても、幸せを見つけることができたからラッキーだ。


 陽翔の受ける聖女の加護が、俺にも伝わっている。どんなに身体が動かなくても、心は完全には支配されていない。諦めることさえしなければいい。


 “そうだよ。思いだして”


 瞬時にディスカスの顔が浮かんだ。

 かつて、もう逃げられないと絶望した俺を励ましてくれた、逞しい笑顔。


 ――希望はどこにだってある。探すことさえ諦めなければ、希望は必ず見つかる。

 だから諦めるな!


 勇猛果敢なあの背中。守るという強い信念は大人になった今でも憧れだ。魔王を倒せるほどの実力はつけた。けれど心はまだまだディスカスに追いつけない。


 これではライカに勝てないはずだ。

 俺は胸に手をあてた。もっと心を強く。


 すっかり忘れて眠っていたものが目覚めた。確かにここに存在する。誰に見えなくても俺の胸を熱くさせる、途方もない大きな力。


 俺はとっくに最強の宿屋の息子だった。ディスカスから意思と大事なものを継いでいたから。


 今の俺はそういう顔で笑えてないよな?

 そこがイチバンの修正箇所だ。基本がなってない。宿屋はサービス業だろ。楽しくなくても笑え! そのうち馬鹿ったらしい自分の行動に、本当に笑えてくるさ。


 今はお先真っ暗。でも、そのちょっと先に、希望と未来があるかもしれない。欲しかったら手を延ばせ。


 行動しろ。

 掴め。

 そこまで切り拓け!



「陽翔のことは俺が守る」

 兄として。そして生まれた後。ずっと貫いてきた俺の生き方。ディスカスのように志なかばで倒れたとしても、余裕の笑顔で!!



 抗え!


 指は……? 動く。

 わずかだが力が戻ってきた。


 もっと!

 もっとだ!


 恐怖と絶望が無くなったら、自由だ。


 俺はライカを突き飛ばすことに成功した。

「どこに逃げるつもりだ?」

 ライカは笑っている。


 転移魔法陣はまだ消えていない。シェラが転移魔法陣に干渉して、時間を引き延ばしてくれていた。


 下手をすれば頭か胴が真っ二つになる。分かっていても、これが最後のチャンスだ。俺はギリギリで突入し、視界がダンジョンのボス部屋に戻った。


 俺は逃げられたことにホッとした。身体は動くし自由にもなったが、腰砕けになって一歩も動けない。


「逃げんなよ」

 ライカの暗く低い声がして、再び緊張が走った。


「!」

 魔法陣からライカの手が出てきて右足を掴んだ。


 引き戻される。


 ――あっちには行きたくない! 嫌だ! 嫌だ!!


「あああ!」

 俺は渾身の力を振り絞り、床に爪を立てた。それでも引きずられる。泥仕合のように魔法陣を挟んで行き来を繰り返す。


 二度目の時間延長は無かった。

 転移魔法陣が消えた時、俺は狂ったように笑った。


 足を失ってあまりの痛みに、頭がおかしくなったと思うか?

 違う。俺は勝った。ライカから逃げきったのだ。これが笑わずにいられるか。


 俺はまともだ。だから、しっかりこっそり何度も泣いた。


 命があっただけマシ。逃げられただけラッキー。後々にはこれが正しい選択になる。全部良い方向へ転じていく。でもその時は、とても喜ぶことはできなかった。


 右足を失っても後悔が無いと、胸を張って言えるのは、もっと後のこと。


 ※    ※    ※


 このことで、俺は宿屋として再び目覚めた。


 宿屋になるために欲しい物があると、初めてアキトに強請った。

 すると交換条件を出された。それがこの旅の始まりだ。


 人工衛星がリブーストして、大気圏再突入のタイミングを見計らっているかのように、俺は機会を今かと窺っていた。



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