(10)敗北
なぜ、ここに戻ってきた。転移した先は赤い絨毯。宮殿の謁見の間だ。
理解できないし、圧倒的な魔力差に何もできなかった。奇跡的にパワーアップした俺ならと希望を持てた矢先。あれで終わりじゃなかったのか?
さきほどまで会話した国王とは別人か? 黄金色に光る太陽のような魔力、まるで陽翔みたいだがこの威圧感は何だ。全力を尽くしたのに国王の本気を引き出せなかった。俺があまりに必死だったから足掻きに付き合っていただけ?
俺の魔力は風前の灯火だ。打ち消され、鍛えぬいた筋肉が死の恐怖で硬直している。声が出ない。死線を何度も乗り越えてきたから分かる。国王を睨めば殺されて終わる。
やばい一撃になる。抗う時間ももらえない。
床に這いつくばってでも俺は生きたい。中にいる陽翔を守りたい。でも国王には全てを見透かされている気がする。
シェヘラザールはどうなったか分からない。念話できたとして、それすら国王にも気づかれてしまう気がする。魂との契約は難しく分からないが、陽翔が出てくることも危ぶまれる。
突破口が見当たらない。頼りになる味方の意見が欲しい。周囲には国王の側近や、ジェットやエストワールたちがいるが、恐怖に震えている。
どうにもならない。どう転んでも今は勝てない。
悔しさから嗚咽を抑えきれない。これではただの泣き虫だ。全ての仮面を奪われて、皆と同じ気持ちになるなんて。
――俺だけは違う。そうはならないと誓ったのに
未来が途絶えるのが怖い。このままでは失ってしまう。
俺は一流料理人だ。絶望的にクソ不味い結果になっているが、苦難や困難も調理できるはずだ。そうして宿屋を支える一部分でありたいと願っていた。
皆と一緒に、仲良く楽しい旅をしたかった。まだ旅の宿屋の始まりにもなってないのに。
シェラはいないし、陽翔の解決方法も見つからない。俺は俺で、国王にひれ伏している。
――俺は弱い
ジェットは自分の立場も危うくなるのに、命乞いをしてくれる。本当に大好き。彼が親代わりしてくれたから、今の俺がある。本当にありがたい。
最後の抗いをしよう。言い訳をする前に殺されるかもしれないし、志を捨てるフリで終わるのは嫌だけど、生きるためだ。
「俺は陛下のものです。青白く輝く星より降臨せし勇者の忠義、それをお疑いでしょうか」
俺は嘘をつき続ける。でも最後は絶対に宿屋になるんだ。宿屋のことは、今は奥底に沈めて熟成させる。素晴らしく美味しい未来を作り上げるためだ。
「若気の至りとはいえ、逸る気持ちを抑えられませんでした。ご無礼の段深くお詫び申し上げます。陛下に隷属致します。命の続く限り尽くす所存ですので、どうかお許しを」
床に頭をこすりつけ、小さく纏まった。返答が無いのが恐ろしく、想像するほどに身体が震える。
「シェヘラザールを呼び戻せ」
「連絡を絶たれました。何度も呼びかけておりますが返答がありません」
火傷と血まみれの勇者の紋章が証拠になる。傷が癒えていたら共犯になるところだ。
「ライカに浸食されエルダールを火の海にしてしまうところでした。陛下が戻してくださったことに感謝いたします。どうやら俺はライカと彼女に嵌められたようです。捨て駒ですので、如何ようにもご処分ください。
俺の罪は俺が償います。奴隷として死ねというならば死にますが、自分の価値が分からぬほど愚かではありません。人質は多いほど働き甲斐があります」
二度と弁明の機会はもらえないかもしれないから、死ぬ前に言うべきことを言い切った。あとは国王の反応を待つだけ。
身体が勝手にガタガタと震えた。玉座に座る王の足元で、目を瞑って待つ。
――寒い!
心の奥底からくる寒さだ。炎のように燃えていた怒りや決意は消し飛んだ。王尺で突かれた胸が冷たい。
国王は頭を踏んだ。俺はさらに屈辱にまみれ、冷たさに耐える。
「あああ!」
限界が悲鳴になった。頭を砕かれて死ねば一瞬で済むのに、手指の先や足から氷で封じられていく。じわじわと身体から自由を奪われ、死の恐怖を最大限に味わわせるつもりか。
肌には霜がふり、息は白く凍る。ダイヤモンドダストが輝いて綺麗なのがこの世の見納めだ。痛いのを通り越して、眠くなった。もう考えることができない。生きながら氷の棺桶に包まれていくとしても、陽翔と一緒だ。
――寂しくない。二度目だし……これは天災、雪崩に巻き込まれたようなもの。とても人の力では抗いきれない
王尺が光った。最後は一気に決めてくれるらしい。
『我が名すら知らぬ者よ、凍れ』
こうして俺の人生、二度目が終わった。
※ ※ ※
国王は王尺で氷塊を突き、檀上から落とした。
「勇者にしてはポーズが不格好すぎる」
「これでは飾ることもできません。倉庫にしまっておきますか」
ディルムの申し出に国王は首を振った。
「小太郎を呼ぶ餌にしろ」
「息子のためならいくらでも働くことでしょう。彼は有能なのでしょう? 実力だけで絶対契約を打ち破ったと聞きました」
国王の睨みにディルムは言葉を失う。
「千年を生きても、余は未だ真の理解に至らず。死とはどういう気分か」
「お気に障ったのならお詫び申し上げます。いかに慧眼を駆使しても、答えられる頃には口がございませんね。小太郎の強さの秘密を知りたかっただけです」
「死んで地獄から戻ってきたそうだ」
「タフな人材は使い勝手が良さそうです。アスラケージを裏切ってもらいましょう」
ため息まじりに笑い、国王が立ち上がり背を向けた時、黄金色の魔力が部屋に広がった。
――いつもだ。兄さんはどうして勝手なの。何で相談しない。
「約束が違うじゃないですか」
――兄さんの魂には傷ひとつつけさせない。俺は兄さんを守るためだけに、この世界に来たんだ!




