(9)子供じゃない
国王は王座に戻り、ディルムを呼んだ。
「かなり手回しをしたな。シェヘラザールを逃がすことに利があるのか?」
「性急とは存じますが、反逆の意思のある聖女は入れ替えしたよろしいかと。どちらも元より靡かぬ者たちです。早めの処分が妥当でしょう」
「独断が過ぎるぞ」
「独断など。シェヘラザールと連絡が疎かになった時点では、ほとんど気づいておられたではないですか。不利益な話ではないから見逃したのでしょう。不服というなら今すぐにでも回収に向かわせます」
「無用だ。勇者も聖女も籠の鳥。餌を撒けば戻る」
ディルムは平伏し、眼帯を差し出す。書きかけの魔法術式に国王の魔力が込め、黄金色の光が放たれた。
「ご理解いただき感謝いたします。晴れて私は陛下のものです。アブソルティスには悪の限りを尽くしてもらいしょう。そうでないと正義が成り立ちません」
「正義か」
国王は笑い始めた。
「先ほどの別れ際、小僧は忠実な勇者と言っていたな。あれほど滑稽なものは無かった」
ジータ国王の冷酷な笑みに周囲の空気が凍る。
「若さゆえに燃え、そして盲目」
視線の先がライカの肉塊で止まった。爆発し床に飛散した欠片が蠢いている。魂との繋がりが濃いならば、これを利用する手段もあっただろうに、存在すら気づいていない様子だ。
「魔王とも呼べぬ」
一国の王に対して友人気取りとは馬鹿にするにも程がある。恐怖が足りなかったか、恐怖の果てに思考が狂ったか。
奴隷など触れずとも殺せるほど未熟で、王尺を使う必要も無かった。その事実さえ受け止めきれない弱者だ。エギスガルドのダンジョンは撒き餌であり、奪われた感覚も無い。小さな領域を貸し与えているというのに自覚が無いというなら、全ては戯れに過ぎないことを教えるしかない。
「傲慢なる者には制裁を」
そうして国王は王尺で床を突き、黄金の魔法陣が発動する。ジェットが叫ぶ。ひたすら俺の命乞いをしていた。
“ ※ ※ ※
中央宮殿からフォレストパレスまでは、そう遠くない。王都を抜けて二十から三十キロなので、空の高い場所にいれば魔の森と宮殿の建物が見える。爆発のせいで、煙が上がり、三本あるはずの塔が二本しか見えなかった。
「シェラ! 返事をしてくれ!」
俺の絶叫は魂からの叫びだ。それでも耳にはいる音や、身体で感じるのも風ばかりで、フォレストパレスが遠く感じる。
早まる鼓動と共鳴して勇者の紋章が疼く。呪文を唱えていないのに、勝手に熱くなっていくのは妙だ。シェヘラザールに何かあったのかもしれない。
一刻も早くシェラと会いたいのに、頭の中がライカの声ばかりになる。
『一翔チャンは俺のものだ』
――邪魔をするな!
右手の痛みが限界を超えて、剣も拳も握れない。紋章のあった手の甲は赤黒くなり、沸騰するように肉が盛り上がってきた。
ライカの肉片だ。弾けた肉片が定着して増えている。勇者の紋章がアブソルティスの紋章になろうと、身体を浸食しているからライカが近い。
「貴様のせいで!」
怒りのせいで放つべき魔法もコントロールできない。シェヘラザールがいないと心が乱されて、涙がでてくる。
――情けない
どれだけ頼りないかなど自分が一番に分かっている。シェヘラザールが連絡を絶っただけでこんなにメンタルがやられてしまうなんて。
『わはは! これで一翔チャンは俺のものだ。シェヘラザールはどうした、助けてくれねぇようだな。いないと何もできねぇな!』
俺の良いところといえば直感と覚悟だろ。
パープルアダマンチウムの短剣を左手に握り、手の甲をそぎ切りにした。それでもライカへの恐怖と繋がりが切れない。徹底的に取り除かないと、癌細胞のように全身で増える気がする。
「rissoler」
料理人として最低だ。自分の肉を焼いてしまった。ライカの声は遠くなったが、これでは戦えない。
――回復魔法、もっと勉強しておくべきだった
いつもシェヘラザールが傍にいた。怪我をしても痛みは和らぎ、すぐに傷が治る。それが当然のようになっていた。痛みは罰のように俺を苦しめる。今はリリーの背に跨るのが精いっぱいだ。そんな未熟さに腹が立つ。
全部計画のうちじゃないか。あのじゃじゃ馬め、可愛いだけで十分なのに。小太郎とジェット、それにベルまで呼び寄せて、俺が挫けるのを防いでくれたのかもな。
ライカと戦え、そりゃ言えないよな? そういう時期だったことは認める。
俺も子供じゃない。戦う勇気ぐらいあるよ。君には子供のように幼稚に見えたろうけど、俺は対等であり分かり合える存在でいたい。
守られてばかりでは最強の男とは言えないし、行動でみせてあげるよ。
胸の苦しさが何だ、手の痛みが何だ。
俺は誓う。こんな最悪の日が二度と訪れないように!
「陽翔、俺の二度目の人生はシェヘラザールに捧げる。それでもいいか」
“当然だよ! 兄さんが幸せだと、俺も幸せになるから”
――本当に?
“兄さんが俺の立場だったら、絶対に応援してくれるだろ”
「そうだな」
気持ちが通じ合って、俺たちは同じ言葉が心に浮かんだ。
『俺たちは世界一、仲の良い兄弟だ』
ここに陽翔がいて、手と手を取り合い、抱きしめ合えたらいいのに。今はそれができないけれど、俺は陽翔を心に抱いて、明日に向かって進む。
「うわ!」
ふいにリリーが急旋回した。片手しか使えないせいか、油断して振り落とされた。リリーの怒りの意味が分からない。お利巧なリリーが主を振り落とすなど、よほどのことだ。
「壁だって?」
リリーが怒っているが、魔法結界は見当たらない。しかし残存する魔力の光が見えた。
――陽翔?
何故陽翔が邪魔をしたか。余計に混乱した。しかし空気に黄金の魔力が満ちている。
“俺じゃない”
陽翔の声を聴いたのは黄金色の魔法陣に触れた後だった。




