(6)エルダール中央宮殿
おそらくこの世界で最も豪華で、力の集積される部屋。それが首都エルダールにある中央宮殿だ。その王座に座る者は千年の間この国を支配してきた。
ジータ国王、その名を知る人は多いが真の名を知る者は少ない。遥か昔に名を隠し国王、あるいは陛下としか呼ばれない至高の存在だ。金色の髪と赤い瞳は王家独特のものである。
王位を交代することはあっても、若く変身した本人が再登場するので、この国は変わりようも、救いようも無い。衰えつつある容姿も見せかけだけで、六十代と言われても通用する。老いて死ぬにはほど遠く、殺されるほど弱くもない男だ。
「聖女のくせに小競り合いなどしおって。我先にと獲物を捧げる気持ちは嬉しいが、この有り様はどうしたものかのう、ディルムよ」
年経た者だけが発することのできる風格ある声には誰もが圧倒される。執政官ディルムは一礼した。
「聖女同士の争いについては、大神官の責任によるところでしょう」
「首を挿げ替えたところで、女の争いは止まらん」
事の始まりは見習い聖女エリザベスがイヴとシェヘラザールのどちらが強いかという発言から始まったことだ。当初は勇者の召喚数で競ったものの決着がつかず、お互いに大事なものを掛け合うことになった。
「こうもあっさりシェヘラザールが負けるとは納得がいかぬ」
「体調不良が原因のようです」
「勇者ハルトの身に関わることとなれば、本気を出すのは当然。聖女の魂に対する執着は並みではない」
「それはあの者が邪魔をしたせいかと思われます」
高い檀上から降りてくる視線は鳥籠のような檻に向けられた。生首だけのライカが忠告をした。
『アイビームが飛んでくるぜ? ガキが眠っているうちに目隠ししろ。話はそれからだ』
国王は檀上の王座で不機嫌そうに眺めている。ライカの忠告は腹立たしいが理がある。ハルトの身体を包む魔力は魔王の放つ波動で、何が飛んでくるかは予想できない。
「忠告には及ばん」
『礼も無いのかよ。わざと捕まってやったんだぜ。もっと近くで顔を拝ませろよ』
「ならば生首でなくてもよかろう。堂々と姿を現わしたらどうだ」
『俺はこのガキと遊ぶつもりでいたのに邪魔したのはそっちだろう。政治には興味ねぇよ』
ジータ国の目的はアスラケージ国の弱体化だ。アスラケージ王族に対して、反対派の公爵と辺境伯らを焚きつけて陰ながら援助し、争いに発展させている。そしてダンジョンが出現したことで利益の奪い合いが始まった。
『こうなるなんて予想外だったぜ、なぁ側近のディルムさんよぉ?』
国王はディルムを一瞥した。ライカ自身が望んで現れたのではないなら、この状況は奇跡か故意のどちらなのか。
「国際戦争回避のためのダンジョン攻略。見習い聖女リズの処遇を賭けて、聖女同士の勇者ハルトの奪い合い。それで良かったのではないかね?」
「小太郎がした事です。予測は不可能です」
「君ほどの慧眼の持ち主でも? ライカならばともかく小太郎だぞ」
「未だ正体を掴みかねております。かねてよりハルトについては実力を隠している疑いがありましたし、これを機会に確認をしたかったまでのこと。ジェットは監視役として報告義務は果たしました。小太郎と何かを画策していたことは許せません」
「君の主は誰なのかね」
国王は王尺を持て余している。アブソルティスのリルムでもある自分を側近に置いておくほどの余裕があり、気まぐれで殺すこともできる。
「世の中には気まぐれな方が多すぎます。理性的に判断できる主が欲しいものです」
ライカなど国王の手にかかれば消し飛ぶ存在だが、魂の支配からは逃れられない。どちらに転んでも亡ぶなら執政官として生きる方を選ぶ。
※ ※ ※
国王はディルムへの追及を止めた。まずは目下の問題、子供と生首をどう処分するか。
「ライカよ、せっかく来たのだ、土産話ぐらいあるだろう。なぜこの子供に執着する」
ライカはニヤリと笑ったが沈黙を通した。
「かつて貴様が強請ったな。“極上の若き勇者の魂”。確かに良いマナを持っているな。実力も申し分ない。若いなりに良い動きであった」
国王の視線は後方で待機していたエストワールに向けられた。
「魔王級だぞ。何故隠していた」
「才能だけで、実力が伴っておりません。ライカの影響で狂人化します。まだ指導が必要な段階です」
ライカは笑った。
『ウッソくせぇ!』
エストワールは否定した。
「彼は勇者です。成績は報告の通りです」
「ほう、酷いものだ。体力的に優れているともいえんな。魔力以外は」
国王の笑いは本心ではなくエストワールを凍らせた。
「確かに才能はありますが大魔法使いレベルが限界かと」
国王の顔が歪んだ。
「魔王リオールとは一度会ったことがある。奴は青白いマナであったが、魂の色形が違うようだ。この者が魔王リオールとは言い難い」
ライカはニヤリと笑った。
『魔王の名前など知らねえが、そいつは確かに魔王級だし、もう俺が契約したんだ』
「完璧に契約できていないからRBCにいたのだろう? 相変わらず嘘をついて人を騙そうとするのだな」
『うるせぇな。だったら小太郎に聞いてみろよ。洗いざらい自白させる魔法、持ってんだろ?』
「実に興味深い。小太郎がここに居れば、楽しい話が聞けたことだろう。シェヘラザールは小太郎をどこに飛ばしたのか」
側近の一人が答えた。
「阻害された影響でどこへ飛んだかは不明です」
「それを何故貴様が言う。シェヘラザールは何故直接返答をせん。今日はそれほど活躍をしておらんな。あれほどの馬鹿力、何かよからぬことを企んでおるのではあるまいな」
「フォレストパレスへ使者を送り確認しております」
「早急に来るように伝えよ」
国王は不満顔だが、それで収まったことにディルムは安堵しつつある。シェヘラザールへの追及と疑惑が無くなったわけではないが、少なくとも今はライカを相手にしてくれる。その時間がありがたい。
国王がライカの正面に立った。
「シェヘラザールは信用できぬ。これよりハルトを、直接我が支配下に置く」
ライカが生唾を呑み、まくしたてた。
『だから言っている! 俺のだって、俺のものだ!!』
「それが親心というもの、哀れなものよ。幾度となく逃げ、泣き叫ぶ弱い魂。多くの魂を得ても本質は変わらぬようだな」
ライカの瞳は真っ赤に血走り、血管が浮き出る。妄執といえるほどの異様さをライカがみせている。アブソルティスの幹部リルムになってから、これほどの執着をみせたのは初めてだ。一翔と呼ばれる魂には、何か秘密があるに違いない。
『俺が支配してんだ!』
激昂しても、所詮は檻の中のライカだ。国王は静かに笑った。
「それが嘘ならば勇者ハルトの魂はシェヘラザールから奪えば良い。万が一にもハルトの魂を奪えたのが真実ならば、貴様と余に存在した壊れかけの繋がり、これも復活するであろう」
『俺は支配されないぜ。絶対に逃げきってやる』
「逃げきれたことなど、一度とて無いというのに。アブソルティスの紋章の作り方を教えたのは余である。空間魔法の真似事や、人の操り方どれも見様見真似」
『真似でも使えれば十分だ』
「勉学が疎か。自らが悟ったものは何ひとつ無く、遊興に耽った」
『見て覚えて、何が悪い』
「見たのだろう? 余が間違った方法を教えているとも知らず」
『嘘だ。ハッタリだろ』
国王は遠い目で記憶を追った。
「記憶力だけは良い男であったのに。忘れてしまったようだな。あの雨の日、何故貴様はホテルルーカスを訪れたか。その方向にしか逃げ道はなかった」
『それでも店では俺が自分で見つけたんだ!』
「小太郎は遥か遠方いたのに救出が間に合ったのは何故か。徹底的に微塵にされたのに殺されず、数年にわたって動きを封じられただけ。その理由を小太郎に聞いてみるがいい」
『俺を利用していたと言いたいのか』
「事実である。魔王は他の魔王の侵略を許さぬ。ただし人を産み、育てるのは侵略とは言わん。RBCで十年、何もしなかったわけではない。少しも疑問を感じなかったか? 困難な状況にある者ほどよく成長する。目の前に弱い敵を置くと子供はよく伸びる」
『うるせぇ! 知ったふりしやがって、何でもかんでも思い通りになってたまるか』
「今まで機会はいくらでもあったのだ。貴様にも、そしてこの勇者も。それほどに余が恐ろしかったか?」
『俺は怖くねぇ!』
「そうであろうか。策もなく逃げ、遊興に勤しみ、あわよくば時を渡って帰ろうとしている。臆病で姑息な元勇者。貴様の欠けた魂を何で埋めたのか教えてやっても良いぞ。知ったところで、時を渡らぬ限りどうにもならぬ」
国王が王尺を取り、床を叩く。ドンと低い音がして籠は炎の塊となり、肉片が弾けて飛んだ。
「沖の向こうでせいぜい悔しがるが良い」




