(3)食欲に敵うものはない
アキトも待ちくたびれて、店主と話し込んでいる。ハルトは日向ぼっこが心地良い。遅めのランチなのに、期待ばかりが募ってひたすらお腹が鳴る。
「腹減ったなぁ」
目を瞑ってウトウトすると、悪漢が動いた。ハルトのRBCの制服と右手に注目して、残忍な微笑みを投げかける。右手に紐付きの手錠をかけて、グイと引っ張る。
「いただき! 勇者の子が街の外に放出されるなんて、滅多にねぇ!――いい拾いもんだ! こいつは高く売れるぜ!」
人身売買は割とどこでもあるらしいが、王都エルダール、しかもフォレストパレス付近でアキトと一緒だというのに、こうも大胆に活動できるのはよほど拉致に自信があるのだろう。
アキトが怒った。
「アブソルティスか!」
ハルトの首に剣先が近づく。
「おっと、いいのか? こいつに聖女さまの加護は無いぜ? ちょっと斬ったらすぐに死んじまうぞ」
ハルトは手錠の填められた手を見て笑う。いくら引いても揺らがないのだから、その辺りで察してほしい。店主がオロオロと慌てはじめた。
「逆らうんじゃない。そいつらは人殺しもする暴力団だ。逆らっちゃダメだ!」
「アキト、どうしよう。捕まっちゃったよ?」
「その前に首の剣を気にしろ」
アキトは動きたくないので動かない。
「仕方ないな。お腹空いたし、俺の負けでいいよ。それで、極上ランチを邪魔されて反撃したら、どこまで許される? こいつらアブソルティスでもないのにさ」
「私がした証言を覆すな。そいつらはアブソルティス、極悪犯だ」
「そう言う意味だったのか。俺のこと馬鹿にしたかと思った。エストワールから聞いたんでしょ? 俺のヒ・ミ・ツ!」
「これからずっと共に生きるのだ。最低限のことは知る必要があるだろう」
ハルトは首を傾げる。
「エストワールは俺のことどこまで知ってるんだっけ……」
「おい、剣が首に当たるぞ」
「あ、そうだったね」
誰もふれていないのに剣の先端からクルクルと巻かれて吹き戻し笛のような形になった。不思議そうな、力の抜けた顔をしているので丁寧に説明してやった。
「刃の部分だけ熱を加えて柔らかくして、一定方向から転がすように曲げるんだ。ちょっと上から押さえるような感じで、力点と支点を平行に移動させるんだ。相手が動くし、刃がグネグネしないように支えながらだから、結構難しいんだぜ? できる?」
アキトは鼻で笑う。
「遊びにしては凝っているな。殴ればいいだろ」
「手をだしたら目撃者ができちゃうじゃないか。お互いに目立ちたくないんだろ? 不利な証言なんか集まってみろ、俺は自由になりたいのであって、牢獄には行きたくないの」
悪漢は完全に無視されている。少なくとも勇者二人にとっては視るほどの価値も無く、気配だけで十分な相手である。
「小生意気なガキめ! もう俺たちがご主人さまなんだよ。痛い目みさせて、よーく教えてやらなきゃな!」
その意気込みはウザイから無視して、ハルトは茶を楽しんで外を眺めた。
「うん。良い午後だな。店主さん、それで肉はいつ出してくれるの?」
「秘蔵の肉を裏まで取りに行きたいんだけどね……」
悪漢は惑っている。おかしい。手錠から電撃が出て、ビリビリとのたうち回るはずなのに、故障だろうか。
ハルトは空腹でため息が出た。
「分かってないだろ。蠅を殺すのと、半殺しにするのは半殺しのほうが難しいんだ。殺しの許可をくれ」
アキトが頷くと、ハルトはティーカップの茶を飲み干した。わずかに離れた唇が小さく動く。
(……Down)
男たちが同時に胸や腹を抑えて倒れた。アキトは少し驚いている。
「何をした?」
わずかな魔力も感じず、見えもしなかった。本当に魔法のようだ。
「別に何も、お腹を壊したんじゃないかな? 溜飲を下げるとはこのことだ。スッキリしたよ」
腹を押さえながら、男は怒った。
「意味の分からない事を。溜飲ってなんだ!」
「やっぱりおバカだね。胃酸が上がってくることだよ。まぁ君たちの胃液はもともと上がってないから、さらに下がってしまっているけど。知ってるかい、胃酸は強酸性で、肉を簡単に溶かす。なのにどうして自分の胃が溶けないのか知ってる?」
ハルトは手錠をしたまま歩いて男を引きずって放り出す。もう一人は蹴って外に出した。
「おや、腸が溶けてきたよ。取り返しのつかないことになる前に、早く医者に行ったほうがいいよ? 手術しないと死んじゃうかも」
ハルトは手錠を投げ捨て、冷酷に笑った。
「Go!」
二人は一心不乱に去っていく。
席に戻るとアキトは酒を注文していた。
「本当に殺すかと思った」
「殺さないよ。ただの脅しさ。今から美味しい肉をごちそうになろうって時に、店が壊れたらどうするんだ。ミンチ肉も見たくない。店も汚れてしまうし」
「そういう理由? 優しさではないのか」
「今後の店の営業が成り立たなくなる。美味い店っていうなら潰せないよ」
「良い判断だ。前は情報化社会だったが、この世界は伝書鳥が限界だ。人々は人の噂で情報を得ている。極めて不正確で、風評被害が半端ないのだよ。その分だけ隠れた名店は混まないで満喫できるがね」
目の前に高級肉の塊がでてきた。ジュウジュウと音と肉汁の饗宴にハルトの眼の色が変わる。
「これは!! ――懐い! 昔よく食べた。そう、この味だぁあ! ノースデルタ産、北海牛肉!!」
「おぉ、よく知っているな。王宮ぐらいでしか出さない魔物ブランド肉だぞ」
「店主さん、グッジョブ」
「これが最後になるだろうから、たくさん食べておいき。昔は隣より長い行列ができたものだが、人の噂だけは勇者さまでも、どうにもならないよ。そしてこっちがうちのナンバーワンメニュー、ビーフシチューハンバーグだ」
「美味い! アキトのこと見直した。いや、惚れ直した! 一日に二度も美味い飯が食えるなんて最高だ!」
「食に関しては――君は変わるな」
俺はまんまと嵌ってしまったのだ。市場の見学も雑貨屋での奢りも嬉しかったが、何の制約もなく、気兼ねなく食事ができる楽しさを思い出してしまった。もう食欲が止まらない。
「さすがに食べ過ぎたかな……でも美味しかった」
さんざん料理を堪能して夢のような瞬間に、アキトは言った。
「私のパーティーに入らないか?」
「直球だね。俺が勇者になりたくないの知ってるくせに」
「特殊訓練員制度というのがある。あれで卒業を数年は延ばせる」
ハルトはしばらく考えている。
「確かにいい話だ。ダンジョンボスを倒して強くなるのは好都合。だけど周りの人が死ぬのは見たくないな」
「無理を言うな、戦場だぞ?」
「うん。そうなんだよね……俺、ブチ切れしちゃうと周りが見えなくなっちゃうとこがあって、そうなると巻き込まれて被害甚大だし、そういうの見つかりたくないんだ」
特に国王には気を付けておかないといけない。勇者扱いされるぐらいなら良いが、魔王扱いされたら死刑確定だ。
「弱気ではなく強者の自慢か。まぁ頼もしくはある」
「英雄の看板はアキトが背負ってよ。俺そういうの得意じゃないし。どうせ今でも有名なんだから同じだろ」
「よそ様の栄光まで得ようとは思わんよ」
「俺がそうして欲しいの。それなりのドロップアイテムはちゃんと戴く。魔王の核、アレお金になるんだよな~!」
「無欲に見えて強欲だな!」
「生き残りたいだけだ。訓練生なら文句ないよ」
「それは良かった! 早速エストワール先生に交渉しよう」
アキトが立ち上がり、ハルトをズルズルと引っ張っていく。
「ちょっと、即断即決っていうのは! お土産! ジェットにお土産もお願いします! っていうか、このお店、配達とかできません? RBCはやっぱりキツイですかねー? お店存続のために、グルメ探訪の取材とかどうですか!? 知り合いの編集者に連絡してもーー!」
結局、食欲が一番の強敵だった。
自分の敵は自分自身。たくさんの美味いものが食べられるなら、ちょっとぐらい遠出してもいいかもしれない。




