(2)卒業マジか
学生なのだから制服があるのは当然だが、よほどのことがない限り着る機会がないのがRBCの特徴だ。
卒業セレモニーで壇上に登る以外の選択肢が思い浮かばない。嫌な予感しかないが、制服を着て校長室へ来いと言われた。
慣れたコックの恰好や、軽装の私服ももう終わりだ。ネクタイを締め、きっちりした制服では鍛え上げた身体のラインが出てしまう。
多くの生徒がすれ違いざまに振り返っている。寝ぐせは治したはずだが、もしかしてシャツがはみ出ているのか? あれは誰かだなんて、ちょっと恥ずかしい。
もう最劣勇者を装う必要もないし、取り繕って笑う必要も無いか。
――卒業。しんどい。
まぁ、いつか来る日が来ただけのことだ。諦めて切り替えるしかないだろ。
「見習い候補生、ハルトです。入ります」
その日、校長室に呼ばれると、応接ソファーに大男が座っていた。上質なスーツは肩や袖がぴったりして皺が無い。新品オーダーメイドの高級品で、ちょっと良い匂いは香水だろう。上流階級の客にしては体格が鍛えられている。
振り返った男と視線が合って、驚いた。
「アキト! なんでここに!?」
エストワールは含み笑いで、呼び出した理由を言わなかった。しばらく会話するとアキトがソワソワしながら言った。
「一緒にメシでも……どうだ? 街に行ってみたいだろう?」
何ということだ。これはどう転んだって断りきれない。
※ ※ ※
アキトがわざわざ訪ねてきて、サービスしてくれるのにはきっと理由がある。それが何かは分からないが、利用できるものは利用する。
王都エルダールは中央都市らしく華やかで、栄えた街だ。人多いし、市場は賑やかだ。出回る食材を見て回るだけでも楽しい。アキトが利用している魔工具ショップも珍しい品が多かった。
「勇者になると、自由が利くぞ。まぁ装備品はローデハイムに頼むのが一番だが、遠征になるとその他いろいろと入用なんだ。これなんかどうだ?」
勧めてくれたのは魔力量によって収納量が決まるアイテムリングボックスタイプだ。ハルトが持っているのは工房の特注品で数は多めだが、大きな物品はせいぜいベッド程度の大きさだ。これは巨大ボスモンスターの死骸をそっくりそのまま持ち帰ることができる。
「いいなぁ。でもすっごく高いね」
ゼロが幾つ付いているか分からないくらいの高額商品だ。料理本が売れたので資金はあるが、お金は大事だ。
「買ってやろうか?」
ハルトは驚いた。ほとんど付き合っていないような相手に奢るなら、それなりの対価は求められるだろう。アキトの本気度が出ている。
――このアイテムリングなら、宿十軒でもお城でも入りそう! アキト、まだ条件出してないし、これは善意としてもらっておこう!
「ありがとう! すごく嬉しい」
「ははは、これで遠征も行けるな!!」
アキトの微笑みがちょっと怖い。おそらく財布が空になるぐらいの出費なんだろうな。
「遠征かぁ。どれくらいの期間なの?」
間違いなく、これは遠征に行くための準備だ。しかしそれだけならエストワールに依頼するだけで済んだはずだ。それ以上何を求めているのだろう。
「この国は絶えず戦争をしているからな。どこかが終わっても、いくらでも戦う場所がある。本当に終わりがない。君の言っていることに嘘はなかったな」
「だから言ったんだよ」
「私は後悔していないぞ。然るべき場所で与えられた使命を果たす。こそこそと隠れて生きるのは性分に合わない」
行列の並ぶレストランの隣にある、小さな食堂に入った。
「すっごい美味い肉、食わせてくれるんじゃなかった?」
少し奮発させすぎたのかもしれない。あとで半分ぐらい返金してあげよう。
「あそこは王宮神官のインフルエンサーがいる。でも店員の態度は悪いし、味もそこそこ。この店の方が美味いんだ。特にビーフシチューがお勧めだ」
狭い店にテーブルが五つ。カウンターには老いた店主が一人。けれど匂いが良い。長年煮込まれ、食されてきたデミグラスソースの匂いが店の壁にしみついてしまうほど、人気だったのだろう。
ランチタイムだというのに店内はひっそりとしていた。あからさまに悪そうな男が二人いる。とげとげしいパンクロック調の服を着ていること自体、ドレスコードに反する。それでは店員の制服が破れてしまうよ。
とりあえず無視だ。日当たりの良い静かな席にしよう。厨房と街の様子も分かる。平和な街で、ゆっくり食事ができるなんて最高だ。
輪っかだらけの鼻ピアス男が悪劣な笑いで近寄ってこなければの話だが、世の中って、うまく回らないようにできているらしい。
「これは話題の勇者アキトさまではありませんか。こんなところに何の御用です?」
ハルトはため息が出る。二次元アニメではすぐ消える絶滅危惧種が、三次元でパフォーマンスをしてくれるそうだ。 アレと同じだ。“大ヒットアニメが、ミュージカルになって帰ってきました”いや、一般人はそこまで追い求めてねーよ、とツッコミしたくなるやつ。
――俺の貴重なランチタイムなのに、面倒臭いな
「見てのとおりランチだが問題があるようだな」
アキトが睨んだ。背が高くて体格が良い上に圧力がある。睨まれただけで普通の勇者でも臆するだろうに、この二人は肝が据わっている。それとも相当な阿保なのか?
「新しい英雄には相応しくない。王宮御用達の店でしたら隣です。行列ができていたでしょう?」
アキトは男を無視し、カウンターの老いた店主に「例の肉を頼む」と注文して席に戻った。
その後はハルトとアキトで睨み合いだ。
ハルトが煩わしいように、アキトも面倒だと思った。そして店主に解決能力は無い。どちらが解決するか、無言の攻防戦が新たに勃発した。
ハルトが先制攻撃をした。
「招いてくれたんだよね?」
「金の心配なら無用だ。好きなだけ注文するといい」
いくら注文をしたところで悪漢を退治しないと料理が永遠に出てこない。店主は狼狽していて、料理どころではない状況だ。招いてくれたなら、トラブル解決もサービスの一環だろう。
「好きなだけ注文もするけど、ここは気持ちの問題でしょ」
「有名人はスキャンダルに弱いものだ。困ったな」
アキトの立場を考えろと?
「この国で勇者見習いほど立場が弱いものもないでしょう。仮釈放されているようなものなのに、エストワールの機嫌を損ねて永遠に外に出られなくなったらどうするんだよ」
マジで俺の立場も考えろよ。
「無名のヤツなら暴れても問題ないことでも、民衆が敵に回ると人生の歯車が狂うこともある。有名になったことのない君には分からないだろうがな」
なかなか狡猾だ。最後に皮肉を付加する余裕ぶりだ。しかし俺も負けてはいられない。
「いろいろ良くしてもらったけど、メシ食べにきたんだよ? ご馳走をいっぱい食べてからでないと、本題に入れないよ?」
「ははは。腹が減っては戦ができぬか? 見習いは若くていいな!!」
笑いと共にアキトが魔力を解放した。ブワリと風が吹き、壁の絵画がズレたほどだ。二人の悪漢はギョッとした顔で立ち上がったが、そのあとは不機嫌になって座った。明らかに失敗だが、アキトのせいじゃない。悪漢があまりに魔力に鈍いのだ。
――あぁ~。お腹すいたなぁ。




