(1)真夜中のディナー
RBCでの生活も終わりが近づいていた頃の話だ。
キンタがいなくなり、穏やかな日々が続いていた。毎日料理をして、エギスガルドのダンジョンで修行をしているだけで、とても平和だ。
真夜中の食堂で新作料理を作りながら、料理長と話している。
「こんな日に自分で料理をするとはな」
料理長の苦言も、俺には意味が分からない。これが生き甲斐であるから苦ではない。むしろ楽しい。
木の食卓にふわりとテーブルクロスをかける。折ったナプキンを立て、一凛の小さな花を青いリボンで飾る。
「まるでホテルにいる気分だ。ハルトはもてなし上手だな」
「自分にご褒美しているだけ。料理長が内緒にしてくれて、そのうえ素材を提供してくれるからできるんだよ。いつもありがとう」
ハルトは椅子を引いて座るように促す。
「ようこそ。俺のディナーへ」
二人きりなので広いテーブルに皿がずらりと並んだ。素材を活かしながらも芸術的に巻いてみたり、包んで蒸してみたり、手の凝った料理が並んでいる。
「これが肉用のソースで、魚料理はレモンとバジルで……」
この日ばかりはと、特別にワインを開け、グラスにたっぷり注ぐ。
「一口ぐらいいいよね?」
料理長は呆れる。
「子供のくせに、飲みすぎるなよ? いったいどこで覚えたんだか……」
「大丈夫だよ、解毒スキルもあるし、ワインの味忘れちゃうと、料理とミスマッチになりそうで怖いんだ。んん~!! これボジョレーみたい! 新鮮だね」
「祝う前に呑むのはやめなさい。ほら、座って!」
ハルトが座ると料理長がリボンの付いた小さな箱を出した。
「十五歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
本当の誕生日はまだ少し先だ。誕生日が卒業の日なので、こういうこともできなくなるから、今日にしてもらった。
「勇者の紋章を隠す肌色のクリームだよ。魔法効果はすぐ切れてしまうけれど、調理する時には便利だろう?」
「凄い! こんなものがあるなんて知らなかった」
「そりゃそうだろう。闇ルートの高級品だ。奮発したんだよ」
「嬉しい! 大事にします」
料理長は涙ぐみながら頷いた。
「寂しくなるよ。君の料理は天才的だった。でも何事にも潮時があるものだなぁ。もっとここに居てほしいよ」
「料理長! 俺は諦めてない。方法が無い訳じゃないんだ」
「いつまでも囚われの身でも仕方ないだろう。君の実力なら、十分に外でもやっていける。まず勇者になって、資金を得られれば、君の宿屋の夢も適うだろう」
「それは資金的があるからオーナーになるだけで、勇者なワケだし、実際は血まみれの戦いとかしてるのは嫌だよ!」
「大した違いはないと思うんだがな」
「料理の味見をして文句を言うだけのと、作って楽しんで、調理に工夫して提供したりするのはゼンゼン違うよね! 俺は後者」
「じゃあ何のために剣や魔法の修行しているんだい?」
ハルトは掌を見た。ディスカスのマナの欠片がこの手から消えた瞬間を今でもしっかりと覚えている。
「みんなを守るためには、色々なことができないと困るからだよ。最強の宿屋になるんだ」
「君は諦めていないんだね。ならば私も料理人として新しく出発しよう。実は店を出そうと思うんだが、どう思う?」
「いいね! 絶対成功する。料理長の味は温かくて、何度も食べたくなるからできるよ!」
「君が卒業して、自由に店に食べに来てくれる。そしてこの世界で体験したことをいろいろと報告してくれる。そんな風になったらいいと思った。
君のおかげで私も前に進みたくなったんだ。だから君もこのままでいけないと思う。勇気を出して、一歩を踏み出そう。戦うのだよ、自分の運命と」
――いかん。せっかくの料理が。ほら、温かいうち食べようじゃないか。素材を生かした、美しい盛り付けだな。どれも食べたことがないよ!」
食事と酒がすすんで、ハルトは少し涙ぐんだ。長かった学生生活が終わろうとしている。
「このソース。複雑で繊細だ。海老をすり潰しているね?」
「本当はエビが良かったんだけど、高いだろ。森の池にいたサリガニだよ」
「えっ?……毒は? もう食べちゃったよ」
「ジェットから毒抜きの方法、教わっているから大丈夫」
「このサリガニは美味だな」
「今夜は特別な日だからね」
それは誕生日だからという意味なのかもしれない。けれど料理長には“特別に実力を見せてあげる” そう聞こえるほど、料理はプロの味だ。
「どこでこれだけ修行したんだい?」
「ロシェルっていう港町だよ」
「聞いたことのない街だね。ジータ国じゃないのかい?」
「うん。ずっと遠いところ」
「ハルトはキャラバン隊で育ったんだよな。その時かい?」
「本当のことを言うと、もっと前からなんだ」
料理長は笑う。
「君がいつ言うか、楽しみにしていたが、最後にちゃんと話してくれて安心したよ」
「知ってたの!?」
「十年も一緒にいれば、いくら何でも気付くだろ」
ハルトは笑う。
「長かったな」
「とうとう勇者になってしまうんだね」
「人には得手不得手ってものがあるでしょ。俺、料理は得意だけど、勇者としてはぜんぜんダメだよ」
「またそんなことを言う。もう十分に強いとジェットは褒めていたぞ」
「俺は勇ましくないし、痛いのも血を流すのは嫌だもの。平和が一番。できるなら勇者じゃなくて、お店を開きたいぐらいだよ」
料理長はナプキンで目頭を拭く。
「なんで勇者の紋章なんか持って生まれたかなぁ。小太郎の女遊びが過ぎるからいけないんだ……ハルトはよく頑張ったよ」
「仕方がないさ。勇者は聖女のもの。紋章がある限り逃げられない。小太郎みたいに、早くリタイアしたいなぁ」
「卒業する前からかね? これでは新聞で君の活躍を見ることはできそうにないね。リタイアといえば知っているかね、アキトは出陣をとりやめたそうだ」
「あんなにやる気あったのに?」
「勉強不足だったと反省したようだ。聖女さまの出征の言いつけを断って、しばらく準備をしたいそうだよ」
――ふうん。アキト王都にいるのか。
「まずいなぁ」
「料理は美味いよ」
アキトとの出逢いが、その後の自分の人生を大きく変えることになるとは、まったく予想していなかったことだ。




