~~ お約束 ~~
約束は守られるためにある。けれど時間が経ってしまうほど、その効果は薄くなるようだ。
チーム戦で優勝したら外出とフルコースお食事つき。そして宿屋の心得を手に入れる。それが料理長との約束であった。しかしチーム戦が終わって二週間以上が過ぎ、それはほごになった。ハルトが行方不明になったことが原因で監視が厳しくなったせいで。
約束はナシになったが、料理長とジェットの計らいで、大規模な飼育小屋がいくつも出来上がった。飼育することにより、モンスターの生態を細かく観察する。そういう名目で、食材が安定的に供給されるようになった。
食料危機が解消していくなかで、料理人としてハルトの功績はあがるばかりだが、その姿は学生食堂から消えた。行方不明になってから具合が悪いという話に尾ひれがついて、最劣だからモンスターに攫われ、恐怖から自宅に籠っていると、まことしやかに噂されている。
「前と同じなんて、なんとも歯がゆいわ」
ジェシカはランチタイムをたのしみながらも愚痴の言い合いだ。
「静かというか、寂しいものね。キンタとハルトって毎日ご飯のことで揉めていたじゃない?」
「そうね。キンタは仕方ないにしても、ハルトまでいなくなることないのに」
「キンタは仕方ないって何よ。少なくともハルトよりは良いところいっぱいあったんだから」
「ジェシカはハルトの良いところ知らないだけよ」
二人は見つめ合って笑った。キンタはジェシカのことなんて、まるで眼中になくてカエデばかり見ていたし、カエデはハルトにはシェヘラザールがいることを知ったばかりだ。
「逢いたいね」
「行っちゃおうか!」
※ ※ ※
ハルトは授業も休み、捕まえるのは難しいが、頻繁にエストワールの執務室を出入りしているのが目撃されている。
カエデとジェシカが扉の前で待っていると、がっくりと肩を落としながら部屋を出て来た。いよいよ退学処分かとの噂もあるので、心配になってくる。
「ハルトくん、大丈夫?」
カエデの顔を見て、ハルトの緊張した面持ちが崩れた。
「俺ん家で、ちょっとお茶しない?」
二人はログハウスに招かれた。
チーム戦の練習時に何度か入ったが、以前よりも広くなっていると感じた。家が狭いために台所の隅に置かれていたベッドが無くなっている。勉強机の代わりに本が積まれていた出窓も、観葉植物が飾られて綺麗だ。
良い意味で綺麗だが、悪い意味で捉えるとハルトの日常生活用品がひとつも見当たらない。まるで卒業が決まった生徒のように跡形もなく片付けられている。
それでもハルトはご機嫌だ。沢山のお菓子を並べて、紅茶缶から漂う香りを楽しんでいる。
「アフタヌーンティーをするなら、やっぱり女子がいいよ。俺は喋るのは得意じゃないけど、ゆっくりするのは好きだよ」
カエデはアールグレイに似た香りを楽しみながら、ハルトの動向を気にしている。ジェシカは二杯目の紅茶を楽しみながら、待ちきれずに聞いた。
「エストワールに何を言われているの?」
ハルトは苦笑いだ。
「いろいろ。今後のこともあるし、頼まれごととか多くて」
「頼まれごとがあるってことは、卒業はしないよね?」
「ジェシカは本当に直球だな。俺は卒業しない。そのために頑張ってるんだからさ」
「だって荷物がひとつも無いんだもの!」
「今、訳あって別居しているんだ。この家も狭くなってきたし、ジェットも俺がいたら彼女も呼べないからね」
「彼女って!」
「ジェットは強くてイケメンだけど家族でしょ」
「うん、だから食事は一緒だよ。あとはだいたい森の中で暮らしてるんだ」
「それって危険じゃない! モンスターに襲われちゃうわよ」
「大丈夫だよ、テイマーだから一緒に暮らしても寂しくないしね。新居が出来上がったら、泊まりに来なよ。とっても素敵なところになると思うんだ」
ハルトは森の中に宿を作っている。
当初はチーム戦で優勝したご褒美で外出して宿屋の心得を手に入れる予定だったが叶わず、さらにはマラ族の居場所と仕事が必要だった。シェヘラザールには外部と繋がるゲートを一か所作ってもらい、居残り組は村の再建をし、改革組は旅をしながら、マラ族に新しい文化や技術を持ち込むことにした。
その上でも技術者や商人が泊まる宿は必須だ。
魔の森で宿屋をするのはマラ族だが、ハルトの宿屋としての知識は役に立つ。今は泊まり込みで指導をしている最中だ。
モンスターと一緒に暮らすなんてとても考えられないことだから、二人は愛想笑いしか出ない。
「それで、二人はどうなの? もうすぐ卒業試験だろ」
ジェシカとカエデは顔を見合わせた。どちらも十四歳であることには違いない。
「私はあまり考えてないけど、カエデの方が先だよね」
カエデは沈黙している。
「クラウドのあの話を聞いたら、ちょっと自信がなくなっちゃったかな。やっぱり病気持ちで、遠征とかになると辛いと思う」
ジェシカも頷く。
「でも追い出されちゃうワケでしょ? どこに派遣されるかは分からないし」
「不安だよね」
ハルトはガラスのティーポットに熱湯を注ぎ、回転してゆく茶葉で琥珀色に染まっていくのを眺めながら、呟いた。
「若い女の子なだけで、エロオヤジや乱暴な奴らが狙ってくる野蛮な場所だ。追い出されちゃうし、自分の進みたい道がどこにも無い時ってあるよね」
俺はずっとそういう道をたどって来た。
前世では料理人でドッグトレーナー。こっちに来てからはキャラバン隊で、勇者見習いで、ついには魔王だ。宿屋になれないことは不満だったけれど、みんなが俺のことを思ってくれて作ってくれた道だ。だからその想いを無駄にしない。抗っていれば希望は現実になる。
そして俺も、大切な人を助けてあげれられたらと思う。
「だけど生きていかなきゃ。エストワールに頼んで、二人にはできる限り安全な任務地を探してもらっている」
カエデは顔を伏せた。
「だめよ、そんなこと! タダでエストワールが動くはずないじゃん。クラウドだって騙されたのよ。ハルトもきっと騙されているに違いないわ!」
ハルトは笑う。
「100%大丈夫とは言えないし、俺の我儘だけど、手が届く範囲にいてほしい。だから白薔薇騎士団ってどうかな」
ジェシカは思わず立ち上がった。
「エストワール直属じゃないの! しかも公爵邸の警備と貴族の奥方やお子様の護衛よね」
「俺が知っている公爵ってエストワールしかいないんだ。女子二人なら雇ってもらえると思ってさ。いきなり戦場に放り込まれるよりいいと思う。そこでしばらく慣れれば、違う選択肢もできると思うんだ。エストワールは神官で、公爵でここの校長だろ。けっこう凄い人なんだ。俺も時々顔を見れるし、良い落としどころだと思うんだ」
「会えるの!?」
カエデは立ち上がって喜ぶ。ハルトは満足そうに微笑んだ。
「エストワールにディナーに招待したら気に入ってくれて、フォレストパレスの厨房にも進出できそうなんだ。奥方さまのサロンの料理監修を引き受けた。カール・ヴァンハルトとして会えるかもしれないよ」
「凄い! 凄いけど!! カール・ヴァンハルトってどういうことよ!」
「そのままだよ。ジェットに協力してもらって出版したんだ」
ジェシカは納得した。
「なるほどね。才能ありすぎて羨ましいわね。どうしてこうも何でもできちゃうワケ? 同じ召喚された立場なのに、ずるいわよ」
「何でもってワケじゃないし、俺はみっともなく足掻いてきただけだよ。俺のしたいことはほとんど叶っていないんだからさ」
十年もここにいるのに、宿屋になれないし、陽翔は自由にさせてあげられない。
陽翔が話しかけてきた。
“欲張りだなぁ。少しずつだよ!”
マラ族の新たな村を再生するために外部の人々が訪れるようになった。宿屋が必要になったのだ。外の人間と交流したことがない村人にとっては迷うことばかりだったので、ハルトは喜んで協力した。
今では魔の森の宿屋の総支配人であり、オーナーである。たまにモンスターを泊まらせて驚かせているけれど、楽しい日々を過ごしている。
俺はいくつもの仮面をつけた勇者見習い。それでも宿屋になれる。
少しずつ、夢に近づいていく。




