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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
14 魔王で勇者
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最後の攻防戦

 ハルトはエストワールから呼び出しを受けた。いろいろとあった後なので、さすがに断るわけにもいかない。警戒しながら執務室の扉を叩く。

「見習い候補生 ハルトです。入ります」


 また冷酷な瞳で見据えられる。部屋に入って挨拶し、入り口付近で立つ。エストワールは大きい机で執務している。


「そんなに遠くでは話もできませんよ」


 エストワールが立ち上がった時、魔法でカーテンが降りた。部屋が結界で包まれて、空間が遮断されたけれど、別にどうってことないことだ。


「クラム・ヴァンハルト、少しは成長しましたか?」

「見たとおり、背が伸びました」

 無論体形のことではない。前にもっと馬鹿でいろと言うから、そう言ったまでだ。


「シェヘラザールの件はご苦労でした。国王も聖女は多く必要だと述べられ、彼女の地位も復活しつつあります。脱走さえしなければ、しばらくは安泰でしょう。あとゴチェ公子から預かっているものがあります」


 テーブルの上に太い金属の鍵が置かれた。

「これは何の鍵です?」

「さぁ。ゴチェ公子という方を存じ上げません」


「キンタのことですよ」

「あぁそういう名前でしたね。しかし鍵を使う本体のほうが壊れてしまいました。これは思い出ですね」

 ハルトは微笑みながら鍵を手にした。思いだすところはいろいろあるが、これは強烈な思い出だから、一生忘れない。


「クラウドの一件に、君はどこまで関わっていたのか。私には謎が残るところです」

「俺が嘘をついているとでも?」


 エストワールは細く笑う。

「嘘はついていないでしょう。すぐにバレます。ただ君は計算高いから、そのことも考慮している。違いますか?」

「ご想像にお任せします」


「クラウドは処刑を免れましたよ。ゴチェ公爵の提言により、王宮騎士団ではなく例外として一般の勇者として扱い、辺境に派遣されることになりました」


「それは何よりです。辺境ならば穏やかに生活できるかもしれません」

「それを狙ってのことではないでしょうね?」


「狙っていません。キンタが王族だと知ったのはクラウドが護衛だと暴露した時です」


「ではクラウドがマグワイアを殺した時は何を狙いましたか?」

「意味が分かりません」


「もう一度聞きます。クラウドがマグワイアを殺した時、君はどこにいましたか?」

「それはいつのことになりますか?」


 ハルトは分からないというように首を傾げる。

「とぼけないで。キンタとジュンタがレンに襲われた日。魔の森にいましたね?」

 ハルトは頷いた。


「薬草を採っていました」

「門番蛙が異変を察知したのでは?」


「それはカエデを救出する必要があったので、そちらに向かいました。合流してみるとキンタとジュンタが一緒でした」


 エストワール頷く。

「そこですよ。君ほどの優秀さがありながら、森の中で異変が起きていることに気付かなかった、ということになります。門番蛙が異常を知らせるように、モンスターからの報告は常々上がってくるのでしょう?」

「事実ですが、いつでも察知できるわけではありません」


「のんびり薬草を採っていたなら余裕があったはずです。マグワイアと誰かが争っているのを知っていた。もしかすると君は見ていたかもしれない」


「見知っていたとしても言う必要がありますか? 王宮神官と生徒がやり取りしているなど日常のことでしょう」


「ほう、その時から生徒であると認識していましたか」

「一般論です。魔の森に生徒とモンスター以外、誰がいるんですか」


「興味が湧いたでしょうね。殺人に至るかどうかは分からないとして、コソコソと何をしているか知りたいところでしょう」

「……。そうですね」


 エストワールはハルトに座れと命令した。

 どうやら解放する気はないらしい。


「話の方向を変えてみましょう。司書長の話によると君は空間魔法を習得したいとか」

「はい。でもできません。勉強だけで何年もかかるそうです」


「以前から、魔の森で切断されたモンスターの死体が発見されていると報告がありますが犯人は挙がっておりません。どう思いますか」


「レンの仕業でしょう。ジェットからアブソルティスが関与しているかもしれないと言われました。空間魔法が使える王宮神官といえば、その可能性もあるかと」


「君は?」

「――はい?」

「君はどうだったのでしょう。空間魔法は使えないにしても、練習をしたことはあるでしょう」


「それは……そうかもしれませんが」

 否定できない。シェヘラザールの訳の分からない講義を自分なりに理解して、実技で試行してみるのはよくあることだ。


 エストワールは立ち上がり、座るハルトの後方に回った。

「マグワイアの遺体に、アブソルティスの印があると知って、君はとても狼狽していました。アブソルティスに対する恐怖は尋常ではないと知りました。その後、ふと気付いたのです。どうしてあの印が見えたのだろうと。


 それで思い出したのです。襟元が崩れて、緩んでいた。誰かが手繰り寄せて乱れていたからなんです。そこには血の跡もなかった。だから印があることに気付けたのだと」


 エストワールがハルトの首もとに横から手を充てたので、ビクリと震えた。

「クラウドが言うとおり、横から刃を入れて首が飛んだならどうなりますか? 重力にしたがって頭部の血は下に流れ、襟元や肩をひどく濡らしたことでしょう。もちろんそれは緩くなった衣服の中にまで流れ、印に気付くのが遅れたはずです。


 そうならなかったのは首と胴が別れた時、すでに首はその位置になかった。そう、空間魔法ですよ! しかも完璧ではない練習の途中のつたない呪文です。まさしく君しかいないんです」

「俺を犯人に仕立てるのはやめてください」


「クラウドの斬り方が甘く、死にきれなかった人を見たら、君は無駄に苦しむのを見て見ぬふりができますか?」

「……。救命措置ぐらい取ります」


「相手は王宮神官で、簡単に君を裏切る相手です。助ければ正体を見破られますよ。自分の人生と命をかけるほどの相手ではないとしたら、無駄に苦しむくらいなら、即死させる優しさをみせるのでは?」


「俺は人を殺せません。腕を刺されて失いかけても、殺すことができませんでした」


「モンスターなら簡単に殺せるでしょう? キャラバン隊にいた時は小隊長と呼ばれるほど人やモンスターと戦っていたと聞きます。つまりその気になれば、人も殺せるんでしょう?」


「幼い頃の人づての話などあてになりますか。第一にモンスターと人は違います」


「君らしくない発言です。モンスターを友人のように扱うテイマーだということは皆が知っていますよ。けれどその一方で非常に無慈悲で、目的のためなら手段を択ばない傾向があります。空間魔法で生き物が移動できるかどうか、モンスターを遣って実験したようにね」


 返事がなかった。俯いたまま耐えているだけだ。

「空間魔法の使い手は何人いたのでしょう。煉獄魔王のレン。マラ族の魔王リオール。おっと、シェヘラザールもいましたね。まず彼女も取り調べしないといけませんか」


 ハルトは怒った。

「シェヘラザールは絶対に違う!!」

「どうしてそんな事が言えるのですか。欲しいのは確実に違うという証拠です」


 エストワールの挑発には腹が立つ。

「空間魔法の実験を俺がやっていたとしても……その……罪にはならないだろ」

「していたのですか? していないのですか?」


「したよ! 安全確認したけど……失敗したんだ。術式は完成しても通過できなかった。まだ一度も成功してない」


「では魔の森のモンスター切断は君がやったということですね? ジェットは信じていましたよ?」



 ハルトは居心地が悪くて立ち去りたいが、しっかり両肩を抑えられて椅子から立てない。

「そんなことしないって信じてる。それがジェットの理想の勇者なんだ。夢を壊したら可哀想で」


「押しつけと偽り。それで親子と言えますか? その件は自分から報告しなさい。


 それと、さきほどマグワイアの首が空間魔法で斬られた話は嘘です。君は遺体をよく見ていなかったでしょうから、脅しと揺さぶりのために、少し大げさに話したのですよ。クラウドが斬ったのは間違いありません」


 ハルトは言葉も出ない。

「……やられた」


「証拠隠滅はしましたね?」

 ハルトは苛立って頭を掻いた。

「――くそ! お前、食えないヤツだぞ!」


「“お前”も“ヤツ”もよくありません。先生とお呼びなさい」

「そうですか! 申し訳ございません、エストワール先生。負けました。負けましたよ……」


「最初から話してくれますか」

 ハルトはひじ掛けに凭れて、エストワールに座ることを促した。


 負けを認めた言葉とは裏腹にだ。

 挑戦的な瞳を物憂げな表情で隠しながら、ゆっくり語りだす。


「マグワイアが亡くなったのは先生を魔の森に連れ出した日からかなり前のことです。チーム戦の開催が発表されてすぐ、キンタとジュンタが魔の森で襲われた日のことです。


 俺は魔の森で薬草を採取していました。するとモンスターから人間同士で揉めていると連絡があったんです。確認のために魔の森の入り口に向かうと、マグワイアが倒れていました。


 血に濡れた剣を持った剣士が一名、箱を持って逃げていきました。俺はどうしたら良いのか迷いました。するとフードで顔を隠した王宮神官が戻ってきました。そして空間魔法で、遺体を運んでしまいました。


 その時はカエデが危険な状態にあって引き返すことにしました。キンタとジュンタまで一緒にいて、俺は最劣の看板を守りながら、彼らを魔の森から脱出させました。その後、森の奥に行って遺体を確認し、損傷しないように氷漬けにしました」


「私が君の関与に気付いたのはそこです。氷魔法は勇者見習いには難しい。しかも人体を上手に凍らせるとなると、かなりの腕前が必要です。料理長は君が氷魔法を使うところを見ている。かなり器用に凍らせることができるそうではないですか。半冷凍でもお手の物でしょう?」

「それだけでは俺とは確定できないはずです」


「仕事が丁寧すぎて、君しかいません」

「ええ?」

「遺体が発見されるまで、かなり時間が経過しています。通常ならば腐蝕し、虫が湧いて、酷い状態になってしまうでしょう。

 ジェットは言っていましたよ? 君は虫が大嫌いだと。特に幼虫などは悲鳴をあげて醜態を晒すそうですね。それが嫌で氷魔法のほかに、虫よけスキルも使ったでしょう? やりすぎですよ。


 放っておくのが自然だったのです。けれど君は動きを探り、待っていた。何を企んでいたのですか。さぁ、目的を言ってごらんなさい」


 ハルトは頭を下げた。

「斬った見習い剣士は生徒の誰かだと思っていました。ならば、卒業した勇者がどうなるのか。卒業できない勇者がどうなるのか。そして王宮神官の不正を糺し、明らかにするため、罪を償ってもらおうと思いました」


 ハルトはため息をついた。反逆罪、証拠隠滅罪、報告義務違反。数えたらキリがない。

「俺も処分の対象になりますよね?」


「私は真実を知りたい。悪に手を貸したなら処分を検討します」

 ハルトは粛々と肩を落としたが、内心では笑っている。


 そこまで見抜いたエストワールには感服する。

 やるではないか。


 ならば今から、魔王級の実力(笑)を体験させてやろう。



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