サバイバル
コン、コンコン……
何の音? 誰もいないはずの部屋で何かを叩く音がする。
バシッ!
音のした方向を見ると楕円形の石が割れてヒビが入った。
気配はある。そういえばゴソゴソと音がする。楕円形の石からだ。石? いや違う。そうだ、ここはダンジョン=モンスター。
ゾッとして一気に目が覚めた。卵だろ!
必死に剣を拾って、隙間から突いて突きまくる。雛鳥一匹であれほど苦労したのだ。一匹でも孵化したら、こっちの命がない!
全部の卵を壊しまくって、ここが鳥の巣であることを思い知らされる。部屋全体の枯れ枝と卵があれば、次は親鳥が来ること間違いなし。時間とばかりに、予想を裏切らない速さと大きさで親鳥が飛んできた。
「終わった」
足を怪我して逃げられないし、戦うのも無理だ。そもそも雛鳥一匹で苦労しているのに、勝てたり逃げられるわけがない。そして雛鳥を殺したから命乞いもできない。
親鳥が頭を寄せ、俺を凝視している。餌を咥えたまま異物か雛か、判断に困っている。俺が雛と同じくらいの大きさだから、親にとってはありふれた日常の光景なのかもしれない。
しかし俺は我慢できなかった。親鳥が咥えた餌を見ると悲鳴しか出なかった。
「うわ~!!」
失敗した。その行為で人間だとばれると思ったが、派手に慌てた行為が逆に良かったらしい。押しつけるように俺と同じくらいの体格がある餌を顔にもってくる。
食えということだ。雛だと証明したいなら。
――ウネウネと動きツルンとした“しめ縄”のような幼虫を?
いっそのこと気絶してしまいたい。浅利一翔の時代から四十年。一度だってソイツを好きになれなかった。美しく育つ野菜を浸食する強敵に長所など皆無だ。触れることはおろか、まともに見ることもできないのに、口にいれて飲み込むだと!?
生き残りたければ。
とりあえず剣で突いて、嘴から床に落として絶命させる。
あとは口にいれるだけ。親鳥が見ているから、妙な真似はできない。
生き残りたいよ。第一に俺だけの身体じゃないんだ。陽翔のためだ。
「わあああああ!」
気合を入れる。今日から俺はカッコウの雛だ。方法はこれしかない。男気をみせろ!
目を瞑って、頭から突っ込んだが、そのまま固まった。あとは口を開くだけだが、どうしてもできない。次第に息できなくて空気欲しさに口が開いた。ドロッとした液体が口に侵入してくる。
味なんてどうでもいい。仕事に好きや嫌いだと文句つけられないのと同じように、ひたすらに飲み込んで……。
一翔は頭をあげた。ドロドロの顔で不気味に笑う。完全に理性がぶっ飛んだ。生暖かい、バタークリーム? とにかく舌は痺れていない。
「毒は無い」
飯が食えて安全な寝床がある。生きるために必要なものは揃った。
※ ※ ※
何回か幼虫に顔を突っ込み、そして寝て、また吞み込んだ。不思議なもので、この最悪な状況下にありながら、劇的に体力と傷が回復した。足が治癒するのに二週間はかかると思ったのに、三回寝た程度で元通りになった。
どうやらこのダンジョンのモンスターが強いのは栄養が豊富なことにある。幼虫がローヤルゼリーか蜂の子に思えてきたが、やはり見るのも苦痛だ。体力が戻ると、命がけの狩りに出ることにした。
火炎剣は武器としてはもう使えないが、周辺に落ちている魔法石の小石を入れるとライトと種火のどちらかになる。これはとても重宝した。
ダンジョンの探索は進み、壁から漏れ出る地下水で身体を洗い、肉を焼くぐらいの料理ならできるようになった。肉が余れば餌付けをして、弱いモンスターたちと友達になった。
生活に困らなくなるにつれ、いつまで鳥の巣で生活するのかと迷う余裕ができた。
ジェットが剣を取って来いと言ったが、魔法ナシではジェットも無理だと判断して迎えにくるかもしれない。特に最初の数日は期待したものだが、肩透かしに終わっていた。その後もダンジョンのルートとモンスターの生態を把握しながら、救出を待っていたのだ。
ダンジョンの出口は鳥の巣の近くにあった。蹴っても斬っても頑丈で、向こう側から鍵が掛けられているようだ。こちら側からはどうやっても開かなかった。
剣を手に入れたとして、ここから生きて出られるのか?
そんな疑問を抱いてゾッとする。
素晴らしく頑丈で切れ味が良い剣なら、この扉を壊せるかもしれない。それが唯一の希望になったが、地下の潜るほどモンスターは強固で攻略は難航した。
失意のまま鳥の巣に戻ったが、捜索された様子は一度もなかった。
時が経つにつれ、見捨てられた不安がよぎる。
足枷を壊して脱出することも考えた。魔法が使えるようになれば、ダンジョン攻略は格段に楽になるだろうし、剣を探すのも簡単にできそうだが、リスクは高い。悪夢は見たくないし、ライカがダンジョンに直接現れる可能性もある。良い方向で解決できるとはどうしても思えない。
何日も独りぼっちでいると気が狂いそうだ。
このまま果てるのかという不安で、何度か暴走したようにモンスターを斬りまくった。そして扉の前に帰ってきてしまう。精神的に限界を迎えてしまった。出たい衝動が強すぎて、地下の剣などどうでもよくなってしまう。
「リオール! 返事をしてくれ」
何度も扉を叩き、呼んでみたが、その音さえ向こう側に伝わらない厚みがある。
閉じ込められたなら他に方法をさがせばいい。それよりも一人でいることが辛かった。陽翔と一緒なら何か月でも耐えられるのに。
「シェラが待ってる」
そう自分に言い聞かせた。
でも俺はたくさんの勇者のなかの、ほんの一人だ。いくらか多めに優しくしてもらっているが、期待してはいけない。
自分のため? 自分が生き残るため?
確かに生き残りたいけれど、俺は災いの種。それが真実だから自虐的に笑うしかなかった。
「――陽翔」
扉の壁を掻きむしりながら、堪えた。
返事がない。存在すらも感じられない。
ずっとそうだ。
あの悪夢からずっと。
陽翔は疲れているだけ。シェヘラザールはそう言っていた。その言葉を信じる一方で、怖くて聞けなかったことがある。
無意識のうちに狂って、陽翔を追い出してしまったりしなかっただろうか。命を奪わないまでも、酷いことをしたかもしれない。シェヘラザールは真実を告げることを躊躇っただけではないのか。
陽翔を傷つけていないと証明してほしい。
陽翔がいないなんて、耐えられない。
返事が欲しい。
元気でやっているのか?
逢いたい。声が聞きたい。
(俺だってそうだよ。なのに兄さんは5年も無視したんだぜ?)
陽翔がそう言った気がした。
探したが、それは強い望みが生んだ幻? やっぱりどこをさがしてもいないのだ。
「――陽翔ォ」
俺はみっともなくも泣いた。強請る子供のように、大泣きした。
誰も見ていないなら、恥も外聞もない。どんな泣き方だって同じだ。涙も鼻水もぜんぶ垂れ流しにしたっていいじゃないか。だって、どうしようもないことばかりで、全部が諦められない。
「ううっ……もっと話がしたい。謝るよ、陽翔――ごめんって! 無視したかったわけじゃないんだって!! だからぁ……」
それでも声は聞こえなかった。
相変わらず俺は独りで、どうしようもなく打ちひしがれるだけだった。
でも、ほんのり背中が温かくなった。
「陽翔?」
耳元でクスクス笑っているような気がする。
子供の頃、二人で重なって一冊の本を読んでいた時と似ている。あの時、会話は必要無くて、同じ本の世界を二人で楽しんでいた。でも今は少し違う。
陽翔は空気よりも薄くなってしまった。
――時を渡って、あの頃に戻りたい。
その時、ライカの顔が浮かんだ。
「トキワタリだ」
不可能ではない。それで全てが解決する。この世界には魔法がある。召喚がある。不思議なアイテムもいっぱいだ。俺はこの手で陽翔を抱きしめることができるかもしれない。
すっかり陽翔の気配は消えてしまったけれど、もらった温かさは二度と忘れない。
俺は立ちあがって微笑んだ。
「陽翔、絶対に幸せにしてやるからな。一緒に、もう一度宿屋をしよう」




