真のダンジョン
空間転移した。周囲の気配が一瞬で変わった。今すぐに剣を振れ。
手にした剣を、今すぐ横に振らなければ、一瞬で殺される!
「くそ!」
黒い蠢きが攻撃を躊躇した。
訳がわからないけれど、もの凄い殺気と怪しい気配がある場所に来てしまった。周囲の状況も掴めないまま、剣を持つ手に力を込める。
最悪な始まりだ。いきなり戦闘中!?
とにかく今までの戦闘経験と直感が頼りだ。最初の一撃を反射だけで、辛うじて避けた。相手の攻撃が牙か爪か、判断する余裕も無いのに攻撃される。
出来る限り避け、避けきれないなら剣で受け止め跳ね返す。それもダメなら力を受け流して後退する。なるべく体勢を崩さないように心がけるが、腕力で負けて防戦一方だ。
その間にも隙と逃げ道を探すが、枯れ枝が山のように積まれて出口が見えない。
「ここはどこだよ!」
どこかってダンジョンに決まっていると自分にツッコミを入れ、自分で覆す。そういう意味じゃない! 現在位置と安全な場所はどこかってこと!!
とにかく安全な場所が見つからない以上、戦うしかない。ようやく冷静になってきて、相手のモンスターの動きが掴めてきた。
それでも早く、目で捉えるのが難しい。時折炸裂する一撃が力強く、とても鋭い。当たったら穴が開きそうだ。攻撃はおおよそ突きのみで、バタバタと暴れている。
突きのみ?
「嘴だ!」
飛べないのは雛鳥だからで、ここは巣の中。突然現れた外敵に怒り、排除しようとしている。
入魂の一撃で、剣を振り上げると、見事に剣がすっぽ抜けた。あり得ないが、相当に身体が弱っていた。残った武器は十歳児の拳だけ?
「マジか!」
雛鳥といえどもモンスターは待ってくれない。暴れ回る動きに巻き込まれ、踏みとどまることもできずに吹っ飛ばされた。
床に打ち付けられ、足を踏まれて異音がした。
「うっ!」
思わず足を抑えると、びっくりするくらいべっとりと血が手についた。足首が粉々になった!?
二度も踏まれてはたまらない。転がりながら避けていると、剣先に触れた。
雛は狙いを定めて踏みつぶしにきた。火炎剣の柄には魔法石が装填されている。使うなら今しかない。スイッチを押して剣を振った。
「MF!」
雛鳥が大きく後退した。魔法石など普段使わないから炎の出るタイミングが合わなかった。
――もう一発!
もう一度スイッチを押した時、軽くカチッとなった。
小さな火花が出ただけの素振りになる。
「え?」
故障かと何度もスイッチを押しながら、雛を警戒する。雛は自信満々に近寄ってくる。
――あ、まずい。
普通の炎ならこの魔法石で五回は戦えたのだ。けれどマキシマムフレイムは最大級の火炎呪文だった。魔力が湧かないのが本当に悔やまれる。
「くそ、出ろって!」
悪態をついても剣から炎はでない。焦っているとまた蹴られた。
「ぐうっ!」
足が痛くて立って逃げることもできずに床を這う。目の前で鳥の足がドンと着いた。完全に上から狙われて、逃げられない。
絶体絶命。突かれて穴だらけ。
人は死の危険を察知すると、走馬灯のように人生を省みることもあるそうだが、そうはならなかった。死を避ける。考えるよりも早く本能で動いた。
後から考えれば、おそらくそれが俺の性質で個性だったからだろう。
もともとは、考えて行動するタイプではなかった。けれど今まで死にたくないからとか、事情がフクザツだとか、危険な目に遭いすぎたことで、必死に慎重に考えていただけだ。
一瞬よりも早く動く。それが本来の俺だった。
穴だらけになるのを察知した時にはもう身体が動いて、剣を突き立てていた。同士討ちの危険や狙い場所、自分の体力など一切考えない。そこだと思った方向へ誰よりも早く突く。
偶然にも雛鳥はトドメを加えるため大きく後ろに下げていた。そこに勢いよく出した剣が吸いつくように首に刺さった。
その時、奇跡のように剣が魔力を帯びていた。
「MF!」
爆発したように鳥の頭が彼方へ飛んでいった。雛鳥の胴体がドッと倒れ、緊張がほどけてから、息ができた。今頃になってガタガタと恐怖で震えてくる。
「いったいどうなってんだ?」
血まみれの火炎剣を胸元まで引き寄せた。魔法石のスロットは空っぽだ。
神様の気まぐれ? 生きているのが奇跡だが、次を考えると前途多難だ。これからは、体力だけで戦うしかない。
今までは魔法を中心に戦闘を組み立ててきた。筋肉トレーニングは疲れるし、重力魔法でどうにでもなるからと、さぼり気味だった。魔法を失った今になって、悔やまれる。実際のところ筋肉量ではカエデやジェシカと同等クラスかもしれない。
全部魔法が使えないのがいけないのだ。発端は足枷をつけた時からだ。
シェヘラザールの手紙にその理由が書いてあるはず。封を開けると青いリボンと手紙が入っていた。期待を込めて読みはじめる。
『一翔へ。貴方の選択はいつも優しくて正しいですね。友人やジェットに万が一のことがあったらと気が気でないのはわかります。できれば私も一緒に留まりたかったです。あのような形で別れてしまい残念でなりません。
呼びかけたら、返事してください。具合が悪いのでしょうか。それとも殴ったこと怒ってますか? 体調が心配です。できればそちらに行って回復処置の続きをしたいです。監視が厳重で脱出計画が立てられないので、プレゼントを用意しました。
足のリングはアブソルティスの紋章効果を阻害するためのものです。触れているだけで魔力を発することができなくなる優れものです。これで不用意に街が破壊されることもなくなるし、ライカが紋章を使って支配することもできないので、安心してください。
魔法が使えないのはたいへんですが、一般の勇者でも魔法が使えない人がたくさんいるのですから、当面はこれで我慢してください。学校にいる間は平和に暮らせるので、ゆっくり過ごせることでしょう。勇者の紋章も魔法契約なので、リングをはめたら、加護も会話もできなくなります。
リングをつける前に、一度でいいから返事をください。毎日会話できないのと、一翔から返事が無いのは違います。今は辛くてたまりません。
祝勝パーティーを開きたくて、みんなウズウズしています。リズはチョコという珍しいデザートをまた食べてみたいと言っていました。羨ましいです。私も一翔のお料理が食べてみたいです。一日でも機嫌と具合が良くなって、早く戻ってくることを願っています。
愛しい君へ。ブルーリボンと共に』
ハルトは痛めた足を撫でた。ジワリと涙が出てくる。これは泣きたくなるよな。
「もう怪我しちゃったし、帰れないよ」
あの時は返事をする余裕がなかっただけ。こうなるなら、もっとたくさん話しておけばよかった。
悩みが増えて途方に暮れたが、解決できないことばかりだ。
――こんな時に陽翔がいたらなぁ……
魔力が尽きたら、陽翔を感じることもできない。俺はヘボヘボの一般人だ。
考えても仕方ないけれど、納得できない。
地下まで行き、剣を手に入れて地上に戻る。それしか方法はないのだ。これを魔法ナシで実行するとしたら、ダンジョン制覇は気が遠くなるほど難しい。雛鳥一匹で、この怪我だ。数日どころか、数か月、数年? その前に、生きてここから出られるだろうか。
鍵はキンタに取られてしまったし、時々狂気じみた衝動が湧き上がってきて、正常な判断ができなくなることに変わりない。ナイナイ尽くしで、ダンジョンにたった一人。
今の俺は、まさしく浅利一翔だけの存在。
誰も見ていない。
だからふて腐れて、寝転んだ。
「あ~~~!! もう考えるの、やめよう!!」
大声で叫んだけれど、誰も返事がない。
一人だということを痛感し、久しぶりにぐっすり眠った。




