しばらくお別れ
キンタはリオールに導かれ、遺跡に入る。暗い廊下は光がひとつもなく、奥深い場所に向かっている。手持ちの灯だけが頼りで、どこか知らない場所に連れていかれるのは心細い。
ハルトはリオールを信頼しているようだが、何しろ騙されやすい癖がある。だから完全に信用できないでいる。
時折地響きがして、足元が揺れる。
叫び、うめく声が遠く低く響いてくる。
「この先に本当にハルトがいるのか?」
リオールは苦笑いしている。
キンタはとても信じられない。
「まるでボスモンスターみたいだろ?」
見舞いに行くのに、こんなに緊張したことは無い。正直怖いが、ぶん殴って正気に戻るなら、そうしたいところだ。
今までハルトからは与えられるばかりだった。飯を与えられ、試練を与えられ、ついにチームまでもらってしまった。どちらかというと余計な世話だったような気もするが、会うのもこれが最後になるだろう。
だから言いたいことは全部言っておきたい。
何度も試験を落とされた悔しさは忘れられないし、いつか実力で勝ち誇りたい。ハルトの成績は最劣だけれど、優秀な男だった。
嫌味を言って馬鹿にする生徒もいたし、暴力的な生徒や教師もいた。床に座らされ、屈辱的な体罰や雑言を浴びても平気で、図々しいというか、笑っているのがまたムカつく。
そんな顔ばかりが浮かんでくる。
考え事などしていたら、リオールの背中に突っ込んだ。扉が二つある。片方は頑丈な鎖が掛けられて、不気味な気配がする。
「ここにいるのか?」
「いや、こっちは長く使ってない。大昔のマラ族が修行に使ったダンジョンがあるんだが、最下層にあるお宝にかけられた呪いで、そこからジャンジャンモンスターが生まれてくる。あまりにも強いモンスターばかりだから、とうとう塞いでしまった。見習いなんて瞬殺だ。ハルトがいるのは、その隣の扉だ」
リオールに手を引かれ、広間に入った。ダンジョンに入るための前室として使われていたものだ。大人数の人間が集合場所として使えるように、最小限の休憩設備以外はひたすらに広いだけの場所だ。
しばらく歩くと、青白い光が集まる場所がある。
ガガッ!
足元の床が高く盛り上がり、壁ができた。土属性魔法の綺麗な壁ではなく、緩やかな山形。かなり雑な魔法だ。
『来るな』
リオールが少し笑ってキンタに耳打ちした。
(今は機嫌がいい)
「これで?」
キンタは背中を押され小さな山を登っていく。
そこは雪が降った夜に似ていた。
青白い結晶が床を埋め、その光で部屋が明るい。青白い魔力光が宙を舞い、それが空中で結晶となり、雪のように降り積もったのだろう。歩くとサクサクと音がする。
「ちょうどいいところに座る場所があった」
部屋の中央に小さな丸い岩があった。そこで座って休憩する。
「いや、遠かった! 学校から近いのに何時間だよ」
ツッコミを期待したが口も態度も岩のように固い。頭を抱えて丸くなったまま、いつまでもこうしているつもりだ? 蛙で移動した時点で、見舞いに来たことなど知っているはず。
ちらりと様子を窺うと、下敷きになったままハルトは胸を抑えて動かない。痛いのか苦しいのか分からないが、酷いことをしたと反省する。
「それ、放っておくと魔王になるのか?」
「そう……だ」
「だからここにずっといるつもりか?」
「しかたない」
ハルトは答えるのがやっとだ。
「情けないなぁ。最劣だから仕方ねぇけど。そうだ、ジェットから手紙を預かっていたんだっけな。岩は読めないだろうから、代読してやろう」
キンタは手紙を読む。
「え――地下にある剣。それが俺からの褒美だ。ジェットより。短いな。もう一枚あるぞ、“肴早め”これだけ? 差出人もない」
「それだけ?」
背中に乗っていることは全然平気で、それよりも気になることがあるらしい。
キンタは小箱を取り出した。
「土産がある。優勝したご褒美でレギュラーは指輪を貰った。でもお前は一番活躍したのに世話役だっただろ。だから最劣に相応しい記念品がある。右足を出せ」
「え?」
惑っているうちに右足首がヒヤリと冷たくなり、カチリと音がした。
「足枷だ」
ハルトは背に乗るキンタがひどく重く感じた。同時に部屋が真っ暗になったので意識を失ったかと思ったが、キンタが重いままであるし、魔法で照明をいくつも作ったので違うことは分かった。
「どうだ?」
「どうって?」
「最劣にふさわしいだろ。詳しい事は手紙に……。これも代読するか? 差出人はシェヘ…」
キンタは背中から振り落とされ、手紙も奪われた。
「これはあとで読む!」
部屋が明るくなったら、ハルトの目の下のクマがすごい。頬もすっかりこけて別人のようだ。けれど欲しいものには手を伸ばす気力がある。
「まぁまぁ元気だな」
キンタが笑う。
「何がおかいしんだ。寝れない食えないと人間はこうなるんだよ」
「魔王じゃなくてよかった。じゃあ一緒にメシを食おう」
ポケットから出した塩むすびのおにぎりは蛙の唾液臭がやや気になるものの、みんなと食べるだけで、とても美味しい。
キンタは意気揚々とリオールに命令する。
「じゃ、リオール帰るぞ」
「え? もう帰るの?」
「何だよ、寂しいのか? 俺がいると弱音吐けないだろう」
「だってこれが最後だろ?」
キンタはなるべく明るく笑うことにした。
「最後にするかしないかはプー次第だ。足枷の鍵は俺が持っておく。四年間、良くも悪くも邪魔してくれたから、これぐらいの縁でちょうどいい。
ここを出て俺は王になり、プーは宿屋になる。どちらが早いか競争だ」
「分かった」
キンタが握手を求め、ハルトは絆を確認した。別れ際になって、やっと宿屋になりたいことを理解してもらえたのが嬉しい。仲間がいるって、最高だ。
キンタはハルトを引き寄せ、正面から抱きしめた。
本当にこれが最後になるかもしれない。ハルトは目頭が熱くなる。
キンタは覚悟し、ハルトの耳元で囁いた。
「今まで世話になった礼だ」
ハルトは左手に火炎剣を掴まされた。
「これって俺がキンタにあげたやつだけど?」
「気に入ってるんだから壊すなよ」
キンタがリオールに向けてウインクした。
空間魔法が背後に展開されるのに、ハルトは微塵も感じていない。
「ちゃんと戻って来い」
ハルトは突き飛ばされた。
「!?」
――しまった!!!
悪意が無いが、いつも意地悪。それがキンタだ。
背後に魔法陣が迫っていたけれど、魔力が全然湧かない。
――あれ? どうして?
「リオールはダンジョンに入れないそうだ。剣ゲットするまで帰ってくるなよ!」
「えーーーー!」
俺が別れるの?
そうして混乱したまま、俺はダンジョンに転移させられた。




