どうしようもない俺の、どうにもならない結末
目覚めると、桃色の髪が見えて安心した。シェヘラザールの膝枕はとても気持ちが良かった。
「――起きた?」
おお、これは極上のアングル。あれが夢でよかった
深い眠りだったらしく、腕も足も感覚を取り戻すのに時間がかかった。そんなこんなで、ふたたび眠りにつきたくなる。
「ダメよ、起きて」
彼女に強請られるのもいい。こうしてずっと甘えていたい。
「眠いよ。生まれてきた時と同じくらい眠い」
召喚された時も、シェラに抱かれて気持ちよかった。
「足が痺れちゃう」
――そう、足だ。
ようやく視線を下に向けると、無残にも短剣が突き刺さっている。痛いわけだ。
「シェラが刺したの?」
「他に誰かいる? 」
聖女なのに、ついに刃物まで使うようになったか。
「混乱防止のためよ。我慢して」
一翔は微笑む。仕方ないけど、相変わらず容赦なくて、素敵な人だ。
彼女が魅力的で、眩しいのは当然だが、外も眩しい。そういえば天井がなくて、すっきりとした空がみえる。寝ている場所も平らな床ではなく土だ。焦土のクレーターの中心であると理解できるまでにかなり時間がかかった。
塔の最上階で、陽翔と交代し眠った。その後どうしてこうなった?
「ちゃんと目が覚めるまで抜いちゃダメよ?」
「ごめん、今……どうにか……くそ」
起きようとしたが、どうにも身体が動かない。足も痛いけれど、それ以上に胸がおかしい。ちょうどライカに掴まれたあたりだ。
ドッと力尽きて、また膝枕の世話になって眠くなる。今度はもっと幸せな夢が見たいのに、叫び声や悲鳴が突然湧いてきて、大波をかぶったように、もみくちゃにされる。またあの悪夢を見てしまうのか。
――あぁ嫌だ。俺はスープじゃない
色々とぶち込まれて、煮込まれて全部がグズグズに溶けて、俺はライカの味に変えられてしまうのか?
「起きなさい」
ベチッ!
額を叩かれて、ムッとした。シェヘラザールを見ると、結構余裕のない顔だ。
俺の魔力のせいだと分かった。明らかに迷惑そうな顔をしていたし、指先から漏れ出る魔力が結界の障壁に当たって、揺らいでいる。
「ごめんね」
何度も深呼吸。整えろ。魔力を拡散させたらダメだ。
「そんなに混乱してた?」
シェヘラザールは「そうね、しかも暴れん坊だし」と笑う。
――暴れん坊ってなんだよ
意識がはっきりしてくると、燃えた木の根がひっくり返っているのが見えた。
「ここどこ?」
「魔の森よ。今は荒野ね」
シェヘラザールの結界はオーロラのように揺れながら、修復が進んでいた。空と大地のシンプルな荒れ地だ。いったいどれくらいの魔力を放出したら、ここまで酷くなるのか想像もつかない。
「俺……だよね」
信じられなかった。
5年間、気付かれてはならないと全力で封じていたのに、全部パーだ。なんてことをしてしまったのだろう。
シェヘラザールを再度見て、俺は狼狽して飛び起きた。衣服はほぼ焼け焦げ、傷だらけだ。アイテムボックスからローブを取り出し、彼女を包んで抱きしめた。
「ごめん。ごめんね……」
「大したことじゃないわ。ちょっと森が燃えただけ。新しいお洋服もほしかったし。一翔の傷と比べたら、ぜんぜん大丈夫」
「俺の……傷?」
どこからも血は出ていないが、不意に自覚した。途端に息が苦しくなる、胸を掴んで倒れ込んだ。救いを求めた右手をシェヘラザールが掴んだ。愛されている。ここに彼女がいる。そう感じると次第に落ちついてきた。
「俺が寝ている間に何があったの」
「ソウルブレイカーで刺されたの」
めまぐるしく血が遡った。
「陽翔は!?」
「覚えてないの? 一翔が庇ってくれたのよ。でも一翔の魂と魔力が拡散してしまったの。陽翔くんが必死でかき集めてくれたわ」
一翔は微笑む。陽翔は凄いし感謝しかない。
――陽翔、ありがとう。
返事は無かった。ちょっと寂しいが、陽翔もかなり疲れているのだろう。
シェヘラザールは一翔の頭を撫でた。
「魂の不足分はアタシがいくらでも補うつもりだったわ。でも右足からライカの魔力と、たくさんの魂が溢れ出て、誰が身体を支配するかせめぎ合いになったの。すごく苦しかったと思う」
シェヘラザールは泣きながら、一翔を抱きしめた。
「ごめんね。守りきれなくて」
一翔はシェヘラザールを撫でることしかできなかった。自分が守りたかったのに、逆に守られている。申し訳なくて、情けないのに、それでも甘えたい自分が嫌になる。
「たくさん守ってもらったよ。できる限りのことをしてくれたんだ。ありがとう。感謝してる」
シェラや陽翔だけではない。小太郎やディスカス、ジェット。たくさんの人に守ってもらってきた。みんなを救えるほどの魔力と未来があるのに、宿屋になることに誰も反対しなかった。だから自分なりにみんなを守り、恩返ししたかった。
でもこのざわめきは一生消えないだろう。そうして魔の森を消したように大切な人を無意識に傷つけ、消してしまう。そんな俺は災いでしかない。
――本当に魔王になっちゃったな。
一翔はどうにか立ち上がる。
「リリー」
たったそれだけで息が荒れて、笑いが出る。降り立った空色の荒鷲が、いつもより立派にみえた。その背に乗る体力がなくてモタモタしていると、リリーに啄まれ、放り投げられた。
ようやくしがみついている状況で、空を見ると、結界はほぼ元通りどころか、さらに頑丈な結界がもう一枚できていた。
「あれ? 結界解いてよ」
「あれ?じゃないわよ。こんなに頑張ったアタシを置き去りにして、どこへ行くつもり? ここは王子様のように手を差し伸べて、一緒に大空を翔るのが定番でしょう!!」
「…………。一瞬で帰れるくせに。もしかしてリリーに乗れると思った?」
「何よ! 期待しちゃ悪いの? せっかく修理した結界を解くわけないでしょ」
「でも、もうここには居られない。魔王として生きていくしかないんだよ」
「魔王? そんなに弱っていては勇者見習いだって倒せるわよ!」
シェヘラザールが一翔を掴むと、ズルズルと地に落ちた。リリーは呆れて飛び去っていく。
「俺はどうすればいいんだ……」
もう分からない。すごく疲れて眠りたいのに、悪夢には落ちたくない。
「そんなこと決まっているわ、帰るのよ。今日はたくさん働いてアタシ、お腹が空いちゃったわ。一翔のお料理、ずっと食べてみたかったの。もちろんご馳走してくれるわよね」
「――そうだった」
初めての出会いの日に、祝う余裕もなかった。
「希望はあるわ。ライカが奪っていたのは勇者の魂だもの。きっとアタシと繋がりがある人もいる。時間はかかるけれど一人一人説得していく。ライカと戦うのに協力してくれるかもしれないわ」
シェヘラザールが両手を握っていた。
「だから、ずっと傍にいて」
一翔は繋いだ手に視線を落とした。
「すべての勇者が自分の好きな人生を歩めるように。そして一翔が一番に、その道を往くのよ?」
胸が熱くなる。今まで宿屋になりたいと宣言してきたけれど、応援してもらったのは初めてだ。
「シェラは凄いね。ありがとう」
※ ※ ※
荒野の真ん中でシェヘラザールの治療が続いた。
背中から魔力を充てられているとシェヘラザールを強く感じる。あまりに感じすぎて、自分の息子まで反応するのは居たたまれない。元気な証なので一応喜ばしいが、悟られたくないばかりに話を続けた。自分の魂など見えないので、どんな状態になっているのかと尋ねる。
「普通は一色の光球状。今の一翔は壊れたステンドグラスの球みたいね。たくさんの色があって綺麗だけれど、小さな穴から魔力が漏れ出しているわ」
誰がやったのかは陽翔が覚えていた。燃え滾る溶岩のような魔力の瞳。
「ソウルブレイカーで、刺したのは本当に慈恩なの?」
「あれはレン。本当の姿は煉獄魔王よ」
「よく生き延びられたね」
シェヘラザール終了の合図に背中を叩いた。
「一翔が助けてくれたのよ」
ハルトは立ち上がろうして、膝をついた。これではまともに戦えない。
「困ったな、今からリオールを手伝わなきゃいけないのに」
「それはいいの、陽翔くんがやってくれたわ」
「さすが陽翔。見たかったなぁ、うまくいった?」
「魔の森はマラ族のものよ。停戦協定もしたし、誰かさんの暴走に巻き込まれて、王の近衛たちは一掃されたわ」
「マジで終わってるな……俺にできることは何かないの?」
「少しだけ、休みましょう」
シェヘラザールは一翔の肩を借り寄り添う。しばらくすると疲れてウトウトと眠りだした。一歩も動けないほど、疲れさせてしまった。
風に揺れる桃色の髪を撫で、シェヘラザールの寝顔を見守った。
頬に触れると柔らかくて、すべすべして気持ちいい。
自分の中の誰か。欲望の魂が身体を疼かせる。
今なら許されるだろうか。
俺は狂ってしまったから、許されるだろうか。可能性を探ってしまうこと自体、まったくもって狂気だ。もうこれはどうしようもない状況だ。そして彼女にはどうにもできない。
「内緒だぞ」
一翔がシェヘラザール耳元で囁くと、ピクリと耳が震えた。
顎に手を添え、そっと顔を近づける。彼女は微笑んだかもしれない。
触れるか触れないかの瀬戸際で待ち続け、そのあとゆっくり唇を重ねた。




