魔王宣言
陽翔が一翔の存在に気づいたのはシェヘラザールに揺さぶられてからだった。一翔を失ったことがあまりに悲しく、すぐ近くにいることに気づくのが一瞬遅れた。
レンが去るのと同時に手を伸ばし、夢中になって駆け寄る。その間にもキラキラと青白い光が散り、一翔の影が薄くなる。
「兄さん!――兄さん!!」
消えないでくれ。どうかそのままで
かき集めるように宙を掻いた。一翔は深い眠り落ちたように目を瞑り、存在そのものが消えてなくなっていく。
陽翔の声は届かなかった。魔力の光はすっかり消えてしまった。
「――兄さん!!」
陽翔は激昂し、拳を床へ叩きつけた。大地の果てまで響くような重い地響きのような音に塔は揺れ、周囲が息を呑む。
シェヘラザールは茫然として悲しみに暮れていた。リオールは声をかけるのも憚られる。おそらくどのような励ましや癒しも無意味だ。
ハルトは低い声でブツブツと呟いている。
リオールは眉根を寄せた。ハルトは悲しんでいるのではなかった。集中して、声が洩れていることにも気づかない。
全てが終わってしまったような状況なのに。執念そのものだ。
陽翔の頭の中で劇的な速さで計算と計画が組み立てられていく。狂気寸前の執拗さで、スケジュールを組み立て直しては検証する。暗い絶望を突き抜け、希望の光を見つけると、笑った。
「シェラ、兄さんの魔力はまだ結界の中に溶け込んでいるんだろ? だったら前みたいに、空間魔法で拡散しないようにできるよな!」
「一時的だけど」
「探すよ。塵になったって、全部かき集めてみせる! リオール魔王になるぞ!!」
陽翔はシェラの手の甲にキスをした。
「俺たちの身体、頼んだ。絶対に兄さんを連れて戻ってくる」
陽翔はリオールと手を繋ぎ、その後力なく床に倒れた。ハルトの身体は死んだように冷たくなり、リオールが呻きだした。
「う……うぉ……」
リオールの身体から大量に魔力が放出されていく。尽きることのない泉のように
光があふれ出す。
シェラは両手を天に掲げて祈り始めると、リズも真似をした。
――あぁ、これだ。
シェラは感じた。
空気に混ざる二つの魂。大量に拡散する青白い光の魂の粒。その中で、黄金の粒が流れを作り、かき集めて、渦になる。そして一つに混ざり合っていく。
二人が初めて召喚された時のように、それは美しい。惹き合うように、二つの光は共鳴し、地下深くに流れるマナを強烈に刺激した。
巨大な地響きと共に、フォレストパレス全体が光に包まれた。
※ ※ ※
深い地の底から、噴火するような衝撃は地鳴りや地震となり、食事中の国王を立ち上がらせた。
強い揺れにグラスが倒れ、ワインレッドの酒がテーブルクロスを濡らし、ナイフが床に落ちた。
「無理矢理にでも名前を聞くべきであった」
部屋の端にいたディルムは微笑する。動揺する国王、良い眺めだ。
「魔王級ではありますが、いささか勢いが足りないかと。聖女の結界に収まりますれば、問題はございません」
国王は顎に手をあて、感覚だけで様子見をしている。
「さすが馬鹿力。殺されずにおいて助かったわ」
巨大な食卓の上で光が生まれていく。
国王は目を細めた。それを許すとは自分も老いたか?
光の強さに考えを改めさせられた。想像以上の魔力で、自分の領域を奪い取っている。こちらが本体で、塔にいるのは抜け殻だ。青白い光はマナの太陽によく似ており、腹が立つほどにマナと相性が良い。
やがて光が質量と色を持ち始め、人の形が出来上がった。幽霊のように薄い存在だが、確固たる意思の集合体だ。マント姿で仮面の男だと分かると、国王は苛立った。
「マラ族の魔王」
国王の身体から黄金色の魔力が爆発するように放たれる。それ以上の実体化を許したりはしない。領域は自分のものだ。
マラ族の魔王は明るく笑う。兄はこの勢いに乗じて暗殺しようと考えていたが、やはりそうはいかない。かろうじて意思が通じる程度に存在できているが、実のところ、もうあまり保てない。
かなりの冷や汗モノだ。国王が本気で牙をむけば、こちらが消し飛んで意識不明になってしまうだろう。早急に決着をつけたい。
『友よ。またも裏切ったな。一度目は許してやった。千年にわたり地下で暮らすことを赦した。だが二度目は無い。今こそ決着をつける時が来た。すでに魔の森は我が支配下となった。これより貴様らを断罪する。
この悪事と、千年にわたる悪行の数々を世間に知らしめ、真の勇者として、貴様が育てた召喚者の軍勢と共に蜂起し、一族もろとも打ち滅ぼしてやろう』
「勇者? 断罪だと!? シェヘラザールの足元にも及ばぬ小僧っ子が!」
国王は笑う。
地下に流れるマナを大量に吸い取られている場所、まさしく勇者の塔の最上階だ。そこにシェヘラザールの気配も感じる。結界を強化してマラ族の魔王をその場所に留めて交戦中だ。
意識がこちらに向いていれば、身体の防御は薄くなる。マラ族の魔王の隣には同じくマラ族の服を着た少女がいた。
国王は念話でシェヘラザールに命令させる。
“その少女を捕えろ!”
シェヘラザールは空間魔法でリズを引き寄せ、結界に閉じ込めた。打ち破ろうとすると電撃が走り、リズが悲鳴をあげる。
『我がエリザベートを人質に取るとは。まことに汚い男よ。貴様によって我が一族のほとんどが息絶えてしまった。なぜ村を壊滅させたのだ!』
国王は鼻で笑う。
「遺跡地下にあるというダンジョン攻略のためだ。歴史から消えたマラ族が噂になったらどうしてくれる。もはや村人は不必要」
怒りのせいで魔力光が強くなった。
『不必要というならば我等は戦うしかあるまい。我が未来の妻と共に果てるまで決して諦めたりせぬぞ。罪なき国民を巻き込むのに躊躇ったが、ダンジョン攻略で利権を得るための侵略ならば、容赦しない。今すぐにでも結界を破壊し、森のモンスターを街へ放ってやろうぞ』
国王は苦々しい顔をした。聖女の結界がミシミシと音を立てて崩れていく。
「アリーとイヴはどうした! 即刻呼び戻せ」
ディルムは青白い光に見惚れながら言った。あれはどう見ても一翔の魔力だったが、気付くのが遅かった。そしてこれほどまでに魅了されるのはアイコンタクトの魔法だ。数年前よりも威力が増して逆らうことができない。
「あの二人にそこまでの根性と気合があるかどうか。街を破壊されるほうが早いでしょう。被害をだせば、貴族たちが騒がしくなります。ですからエリザベートを利用し、結界の破壊だけ阻止しましょう。それで十分です」
国王は唸る。
「生意気な魔王など捻りつぶしてやりたいところだが……」
「結界の中にいる駆け出しの魔王など、飼い殺し同然。良い遊び相手でしょう。魔の森から出させなければ良いのです。籠の鳥が籠の中で何をしようと自由。ですからここは一旦、自治を認めるふりをして、再度近衛を遣わして全滅させましょう」
「自治じゃと?」
ディルムはそっと口添えをした。
「わずかな希望を与え、ぬか喜びさせたところで、本当の絶望を与えたほうが面白いでしょう。とにかく今はシェヘラザールの結界の中に閉じ込めてさえおけば、こちらのもの。機を見て制すればこちらの勝ちです」
国王は頷いた。
「良かろう。マラ族の魔王よ。ここは一時停戦というのはどうだ? ダンジョン攻略は諦め、魔の森を貴様の領域として認める。立ち入らぬことを約束しよう。その代わり魔の森から出ることは我が領地への侵入となるため赦さぬ。マラ族の娘は預かっておく。約定を破棄した際には即刻処刑すると心得よ」
『了承した。こちらは玉砕覚悟。いつでも攻撃できることを忘れるなよ?』
光が消えかけたころ、国王は怒鳴った。
「貴様! 名乗らずに去るつもりか!」
『我が名はマラ族の勇者リオール。魔王ではないからな?』
光が消え、国王はどっかりと椅子に座った。
「勇者の仮面をかぶった……悪魔め。すぐに近衛を派兵し全滅させろ」
※ ※ ※
勇者の塔では、魔力を使い果たしたリオールがドッと床に倒れた。
リズが回復魔法をかけているが、気絶したままだ。
「リオ! しっかりして!」
光の渦はまだ空中にあって、ハルトの身体に戻っていくが、全てというにはあまりに量が足りない。
「二人とも、目を覚まして!」
反応したのか、神経の反射で目を開いたのか。
陽翔の意思が戻った。声にならないまま、口はパクパクと動き、瞳は狂気に満ちていた。足元から襲われるように、暗い魔力が這い上がってくる。これはライカだ。
自分にどのようなことがあったとしても、シェヘラザールだけは守りたい。
“逃げて!!”
シェヘラザールは逃げるどころかハルトを抱きしめた。そしてなるべく遠い場所を求めて空間を移動した。




