国王と支配者
ジータ国、王都エルダールの中央宮殿で式典が終わった。拍手の中、貴族らに背を向け国王は去った。そして国王の表情をやめると、魔王としての顔つきになっていく。
「ゴミ虫どもめ、生かされていると知らずに横柄な」
廊下を歩くうちに、いつの間にか近衛たちが囲んでいる。その中に執政官のディルムがいた。高身長で頭脳明晰、出自には若干疑問を抱くが忠臣の部下だ。
「良い天気ですから、庭園を通られてはいかがでしょうか」
部屋に戻る途中だが、庭園は逆方向だった。ディルムが誘うには何かある。魔力に敏感なので、誘われるように庭園に入る。
王宮の庭園は至って平和で美しい。花に蝶が舞い、梢では鳥が鳴く。手入れの行き届いた贅沢の極みであり、人や街がぎゅう詰めになった首都の中心にあって、この穏やかさ。これが権力の象徴だ。
「退屈だな」
国王の問いかけにディルムが答える。
「北の隣国ノースデルタの派兵、西のアスラケージ国との和平。南の大陸に向けての軍事強化。どれも順調です。次はどこを攻めましょう」
「もっと刺激的な案件は無いものか。最近は大した魔王もいないな。狩りつくしたか?」
「魔王を名乗る者は多く出現していますが、どれもダンジョンを生成できない偽者や小者ばかりです。さらに煉獄のレンが派手に荒らしているせいで、各地の魔王はダンジョンへの侵入を固く拒否しています」
「それでは魔法石の採掘量が減る。煉獄魔王め」
文句を言いつつも国王は微笑んでいる。
イヴの話によると煉獄魔王はその昔、弟子にしていた魔族の少年だ。ある日誘拐され、最近になって炎系魔法を究めたという。魔王を名乗るほど強くなったが、ダンジョンを持っておらず、魔力の供給源を求めて、他の魔王のなわばりを荒らしている。
国王は思念波を飛ばし、イヴに命令した。
――煉獄の報酬の件。カルベル近郊の山を与えると伝えよ。ダンジョンを作らせるのだ。
“まぁ、それは素敵な案ですこと。あれは臆病ですから、首都に侵攻する確率は低いですし、近くにダンジョンがあれば、魔法石も安定供給できますね。ただし国境線ですので派兵される危険がありますわ”
国王はディルムに問う。
「アスラケージの跡目争いはまだ続いているのか?」
「はい。そのようで」
「支援しろ。国境のことなど忘れるくらいにな」
国王が空を見上げた。おだやかな魔力の流れに、ひとつの渦が生まれている。勇者の塔が騒がしいのは事実だが何かが怪しい。欠片程度だが、魔力が搾取されているのかもしれない。
「フォレストパレスで何かあったようだな。シェヘラザールはどうしている?」
「特に動きはありません。現在はフランシス・エストワール公爵の監視下にあります」
「最近の近衛はあてにならんな。籠の鳥はすべて殺したと報告があったが、討ち漏らしたか」
「籠の鳥とは?」
国王は笑った。
「ディルムにも知らんことがあったとはのう」
木の陰から小歌が聞こえる。
「ヒミツは甘露の味わい~ 知らなきゃいいのに~♪クセになりそう~ 嘘つきはだ~れだ♪」
声の方向を見ると植木職人の恰好をした男が平伏している。
「余の物を勝手に使うでない。その職人は気にいっておるのだ」
「皇妃さまを使ったほうがお好みだったでしょうか」
「小汚い手を使いおって。泥棒が」
「泥棒はどっちです? レンは俺の玩具なのに、イヴを使って何をさせるつもりですか」
「マナの乱れは貴様であったか。煉獄魔王はもともと我々が召喚したものだ。奪ったのは貴様であろう。腹の立つ男よ」
「レンのことは見逃しましょう。代わりにひとつ譲っていただけませんか」
「ここは余の領域ぞ。さらに何を求める」
「シェヘラザールの命。聖女は三人も要らないでしょう」
「交渉の材料としては高すぎる。あの馬鹿力はまだ使える」
「では見習いをごっそり頂いても?」
「たかがテロ組織にそういうことをされては、王宮と聖女の失墜と言われかねん」
「では極上の若き勇者の魂を、ひとつだけ」
「高値で釣っておいて、最初からそれが狙いだろう。しかしそれほどの逸材が召喚されているとは聞いておらんな」
「貪欲ですねぇ。もう良い駒はたくさん持っておられるではないですか。あれだけは俺が最初に見つけたので、譲りませんよ?」
「それは興味深い話だ。召喚者と出入り禁止の者がどうやって巡り会えたか聞いてみたいものだ。その者の名を教えてくれんかね」
「ズルイですよ? 名を盗られては支配に影響が出てしまいます。まぁ、そのうち嫌でも名を知ることになるでしょう。では、私は準備があるので、これにて失礼いたします」
王は踵を返して、フォレストパレスの方向を見た。
「魂を食われた植木職人など使い物にならぬ。殺しておけ」
※ ※ ※
執政官ディルムは自室に戻ると、ソファーに横たわり目を閉じた。
安堵のため息が出る。
瞼の裏に刻まれた、小さな鷲の紋章が彼の本当の姿を呼び出す。アブソルティスでライカに一番近い幹部であるリルムである。
彼にとって最大の仕事は国王の動静を探ることだ。
「王の傍には私がいるというのに、何故あのような危険を冒すのですか」
リルムの独り言に、ライカの念話が返ってきた。
――たまにはいいだろ? 俺の存在を忘れているようだから、ちょっと思い出させてやったんだ
「王に断られてしまいました。それでもシェヘラザールを殺す気ですか?」
――あの女が邪魔しなければ、とっくに一翔チャンは俺のものになっていたんだ。邪魔者は端から順に消して、追い詰める。シェヘラザールが死んだらどうなる? 一翔チャン、発狂しちまうかもな
「マグワイアが死んだことで、我々の介入が国王の耳に入っています。資金の流れもストップしてしまいましたし、そろそろ手を引くべき頃合いです。これ以上活動すると、組織への摘発が厳しくなります。ここは花を持たせる形で、穏便に済ませたいところです」
――シェヘラザールを殺すなって? ふざけんな!
ライカの怒りが伝わり、リルムは呻きながら血涙した。
――最上階の転移システムを破壊し、シェヘラザールは塔にいる。こんなチャンスは二度と作れないんだぞ。あとはレンが塔を破壊すればいい。簡単なことだろ。何のために空間魔法を妨害できるアイテムを渡したと思ってんだ!
「レンは本当に戦いますかね。尻尾を斬って逃走した幹部などアテにしてよろしいのでしょうか」
――今はちゃんと指示に従っているだろ。魂に揺さぶりをかければ、泣いて許しを請うさ
「聖女の結界の中では無理でしょう」
――オメー、ツッコミ激しすぎねぇ?
「こちらとの繋がりが一時的でも断絶している間に心変わりをするのではと心配しているのです」
――まぁ今は指咥えて見ているしかねぇがな。永遠に結界の中に閉じこもるのも無理だろ。逆らうようなら出てきたところで、首根っこひっ捕まえてお仕置きするまでよ
「レンが塔の魔物を支配し、暴れさせるだけで十分でした。イヴが空間魔法で魔の森のモンスターを塔に入れたことは、こちらの計画にはなかったことです。イヴとレンがどのような契約を交わしたのか、気にかかるところです」
――俺から逃げられるものか。尻尾を食ったからな。いやぁ不味かった。生はヤバイわ
「またエグイことをしましたね」
――魔族の尻尾は高級珍味だぞ。それにレンには使い道がある。追跡はしづらくなったが、俺の支配下から抜けたわけじゃないと、そろそろ気づくだろう。レンは長生きしているくせに世間知らずだから放牧しただけだ。
「一翔もそうなのですか?」
――トキワタリは時間と空間が大事だ。10年やそこらの成長途中の身体じゃぁ扱いきれない。フルーツと同じでちょうど良い頃合いがある。
「ご自分でトキワタリを会得するわけではないのですね」
――そんな危ないことするわけないだろ。俺の得意分野が何か知っているくせに、想像もできなくなったのか。なぁ幹部やめるのと、お仕置きどっちがいい?
「どちらもお断りですよ。何をしようと構いませんが、組織の円滑運営と国王の動向はどうぞご自分でなさってください」
ライカの返事がないのでリルムは笑う。
面倒なことからは逃げるくせに、興味があることは徹底的に追い求めている。
「面白い人だ」
一抹の不安を抱えながら、リルムは涙した。
浅利一翔に続いて、レンまでもがライカの支配から逃れることができた。それが一時的なものであろうとも、羨ましい限りである。




