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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
10 勇者の仮面
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剝がれた仮面

 その頃、勇者の塔では戦いが続いていた。


「だあああ! ふざけんなよ、プー!」

 キンタは激しく雑言を飛ばしながら、ジェシカと共にモンスターの群れに突っ込む。

 カエデとタンク、四人で上層の敵を倒すのはあまりに不利だった。ハルト似のモネも混乱して、進行ルートすら疑わしい。


「見て! 裏階段発見!」

 ジェシカが喜々としてジャンプする。

「走れ!!」


 息も絶え絶えで、転がるように階段に辿り着いた。

「あ~もう!! 三時間でクリアできるなんて誰が言ったんだっけ?」

 ジェシカは最後の回復薬を使い果たした。見回しても全員ボロボロで誰も持っていない惨状だ。


 キンタはみんなの肩を叩いて奮い立たせる。

「かなり上がってきた。もうすぐだ。さぁ、行こう」


 立ち上がったカエデが胸を抑えた。

「――う」

 蒼白な顔で誰よりも息があがっていた。

「私はもう……」

 ジェシカはカエデに寄り添った。

「もう疲れた! もっと休みたい!」


 キンタも頷く。できるならそうしたいが、迫るモンスターの勢いは増すばかりだ。

「でもこのままでは敵に囲まれる。リタイアだけでは済まないぞ。ゆっくりでも上に進もう」


 タンクはカエデを背負うという。

「俺、体力はあるから。一緒に行こう」

「ありがとう」


 前進しながらも、キンタは悩んだ。


 補欠を二名欠いて戦うも実質的に三人。モンスターをハルトが制御しているので半分は襲ってこないが、好戦的で強いモンスターが悪戯ぎみに仕掛けてくる。それらをどうにか避けて、ボス部屋まで辿り着けるかどうかといったところだ。計算せずともボスと戦う余力が無い。


 ――クソハルト。援護するなら、しっかりやれよ!


 キンタは首を振った。ハルトに頼むなど間違っている。そして自分に気合を入れた。

「俺たちが優勝するんだぞ!」

 後方で皆が、微笑んで拳をあげる。


 体力が削られ、じわじわと魔力も尽きていく。気合だけが頼りだが、朦朧としながら、反射的に剣を振りまくる。仲間の声だけが頼りだ。

「キンタ! 右!!」

 カエデの声で我に返り、剣を振る。かろうじて倒したモンスターの向こう側に光が視えた。


 波が引いていくように、モンスターが後退し一筋の道を作った。両脇に並び、うやうやしく頭を下げている。


 救いの手を差し伸べるように長い階段があった。全員で手を取り、肩を抱き合いながら昇っていく。

「ハルトがいたら、仕事が遅いって文句言ってやろうぜ」

「走るだけで良いって言ったのにね。アタシが一番先よ!」

 ジェシカは一目散に駆けだした。


 ※    ※    ※


 上からの光がまぶしい。視界が開けた。暗くじめじめとした塔の空気が爽やかな風に変わる。噴水と緑にあふれた最後の休憩地は空中庭園になっていた。穏やかに鳥が鳴き、花と果実と溢れている。


 階段同様にモンスター避けの結界があるせいで、しばらくは安心できる。この先がボス部屋だ。

「どうする? 三人で行くか?」

 ジェシカは剣を握りしめる。

「行きましょう。やるだけやるわよ?」


 カエデは立ち上がった。

「私も行く」

 キンタが迷う。やはりあと一人欲しい。

「ハルトが来るまで待つ?」


 モネはハルトの姿になったり、キンタやカエデに変身していて騒がしい。異常行動なのか、単に遊んでいるだけのなのか。

「先に行くって言ったくせに何やってんだよ」

 勝手に優勝しろと言っていたからハルトの参戦は期待できないが、最後に道を切り開いてくれたのだから、おそらく近くにはいるだろう。


 そこで足音がした。

 けれどハルトではなかった。階段を昇ってきた人物は予想よりも背が高い。

「クラウド……ジェネシスが追いついた?」


 けれど全員へとへとだ。先を争って、ボス部屋に入るほどの余力がない。せっかくここまで来たのに、ジェネシスにボスを倒される。ここで負けると思うと、クラウドたちを正視することができなかった。


 けれどクラウドはボス部屋ではなく、キンタの前に立った。執念にも似た、もの凄い形相で怒っている。

「何故避難しなかった? もっと自分の立場を弁えろ!!」


 キンタは苦々しく笑った。その昔、よく言われた台詞には飽き飽きする。

「お互い同じ勇者見習いという立場でしょう。クラウドさんに言われる筋合いはないですよ。同じチームでもないのに、どうして俺に構うのですか」


 クラウドはキンタの襟首を掴んだ。

「君にボスが倒せるはずがないだろう! 怪我をしたら俺が迷惑なんだ」

「誰に頼まれたか知りませんが、放っておいてください」


「我儘は許さん!――帰るぞ」

 クラウドがキンタを引きずっていく。クラウドの横暴な態度にキンタは怒ることができなかった。諦め半分に呟いた。

「どこへ帰れっていうんだ」


 ジェシカがクラウドの首に剣を突き付けた。

「あんた、それ以上動くんじゃないわよ。うちのリーダーに何するつもり」


 クラウドはゆっくり両手をあげ、ジェシカの剣から後退する。

「リーダーはハルトだろう。また逃げたのか? 相変わらず卑怯なヤツだ」

「あんたの知ったことじゃないわよ。さっさと去りな!」


 クラウドは剣を振り抜く。ジェシカの剣が彼方へ飛んだ。

「君に用はない」


 キンタはジェシカの手を握り、引き留めた。

「ありがとう。俺の問題だから」

「じゃあ話が済んだら、ボス部屋に乗り込むわよ! キンタがいなくてどうやって勝てっていうのよ」


 キンタは頷き、クラウドと向き合った。

「貴方は俺を貶めたり、護衛したり。今度は邪魔をしていますね。やっていることが矛盾だらけですよ。いったい何がしたいのですか」


「俺の矛盾など、君にくらべれば大したことではないだろう。勇者気取りをして偉そうにしているが、やっていることは金持ちの道楽だ。神聖な勇者の塔を遊び半分で闊歩するなど許しがたい。他の生徒の邪魔をするな」


 ジェシカはいきり立った。

「遊び半分でこんなボロボロになる!? あんたバッカじゃないの」

「今ここに立っていること自体、おかしいのだ。靭帯を傷つけたのに、聖女に頼んで治療してもらったのか?」


「そんなことしていません!」

「ではその高価な剣はどこで手に入れた。とてもRBCで手に入れられる材料でできていないぞ。どこかの王宮魔工技師に作らせたんだろう」


「これは工房長からもらったんだ!」

「そうだとしても、君は守られているし、生まれは変えられない。だから護衛が付くのは仕方のないことだ。君が魔の森に単独で入った時、私がいなかったらどうなっていた? とっくに蛙の腹の中だぞ」


「それでも体験すべきだ」

 勇者になるのは苦難の道だ。その苦しみがどういうものなのか、一緒に生活して実感することが必要だ。山を登るのに九合目からスタートしても体感は得られない。この国の最下層を知らずに高みの見物をしたままで、良い政治を行うことはできない。


 クラウドは派手に笑った。

「我儘息子が物見遊山でかき回しているだけだ。何度も卒業試験で落とされているのにまだ分からないのか。君は卒業できない。そういう身分だからな」


「違う!」

 クラウドはキンタの頬を掴む。

「勇者の真似事をして同情か? それが何になる。貴様が勇気をもって戦うのは、この場所ではない。本当の勇者なら、勇ましい気概をもって、王を説得してこい!」


 怒りのままに、キンタを投げ捨てた。

 ジェシカたちは皆、迷っている。手を差し伸べようにも、キンタの事情を想像することができない。


「キンタ、勇者じゃないの?」

 ジェシカの不安な顔でカエデを見た。


 キンタとは召喚された日から一緒になることが多かったけれど、召喚される前の世界の話では知らないことが多かった。それは幼いのが理由ではなかったのかもしれない。


 キンタが打ちひしがれた時、クラウドが膝から崩れ落ちた。

『DOWN』

 クラウドは両膝をついただけでなく、床に額を押しつけられた。両手をついて顔を上げようとするが、どうにもならない。


 コツコツと足音がする。

『味方してくれる者を邪険に扱うな』


「――だれ」

 視られている。とても鋭い眼だ。全身が恐怖に落ち、追求できない。圧倒的な魔力で罪人のように床に伏されても、まだ許されず、怒りが向けられている。


『謝れ』

 悶々とした呻き声が響き渡る。クラウドは激しい頭痛と吐き気に苦しみながら耐えている。


「も……申し訳ございませんでした」

 とにかく謝罪が必要だった。そうしなければこの苦しみから逃れることはできないし、このままでは殺される。


 小さめの靴が見えた。けれど存在と圧力は大人以上、まるで魔物だ。

 ハルトは薄く笑う。

「卒業したいんじゃなかったのかよ。下で大人しく避難に力を入れておけば英雄としていられたものを、仲間を見殺しにしたな」


「ジェネシスは有能だ。彼らならうまく避難誘導をしてくれるはずだ」


「ちゃんとやっているなら文句なんか言わない。ジェネシスは確かに個々の力は強いが個性も強い。クラウドのカリスマ性があったから、統率が採れていたんだよ。司令塔を欠いたジェネシスは脆かったよ。ニワは必死でチームを纏めようとしたが、力不足だった。勇んだ新人たちに引きずれる形で上層に入り、モンスターに襲われて壊滅した」


「――そんな!」

「仲間が追いかけてくると、どうして考えられなかったんだ?」


「俺は……自分のことばかりで。勇者として失格だな」

 ハルトが力を弱めても、クラウドは力なく床に額をつけたままだ。


「そうじゃない。勇者だから本当に守るべき相手を守った。キンタの護衛を引き受け、キンタが魔の森で窮地に陥った時、一番に乗り込んだ。


アブソルティスを斬ったのも勇者だからだ。常々、王宮神官たちにアブソルティスは敵だと言われている。だから迷いもなくマグワイアを斬れたんだ」


クラウドは咄嗟に頭を上げた。

全てを視ていたかのように、ハルトは見据えていた。


クラウドはホッとしたように笑った。

「そうかもしれないな」


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