剝がれた仮面
その頃、勇者の塔では戦いが続いていた。
「だあああ! ふざけんなよ、プー!」
キンタは激しく雑言を飛ばしながら、ジェシカと共にモンスターの群れに突っ込む。
カエデとタンク、四人で上層の敵を倒すのはあまりに不利だった。ハルト似のモネも混乱して、進行ルートすら疑わしい。
「見て! 裏階段発見!」
ジェシカが喜々としてジャンプする。
「走れ!!」
息も絶え絶えで、転がるように階段に辿り着いた。
「あ~もう!! 三時間でクリアできるなんて誰が言ったんだっけ?」
ジェシカは最後の回復薬を使い果たした。見回しても全員ボロボロで誰も持っていない惨状だ。
キンタはみんなの肩を叩いて奮い立たせる。
「かなり上がってきた。もうすぐだ。さぁ、行こう」
立ち上がったカエデが胸を抑えた。
「――う」
蒼白な顔で誰よりも息があがっていた。
「私はもう……」
ジェシカはカエデに寄り添った。
「もう疲れた! もっと休みたい!」
キンタも頷く。できるならそうしたいが、迫るモンスターの勢いは増すばかりだ。
「でもこのままでは敵に囲まれる。リタイアだけでは済まないぞ。ゆっくりでも上に進もう」
タンクはカエデを背負うという。
「俺、体力はあるから。一緒に行こう」
「ありがとう」
前進しながらも、キンタは悩んだ。
補欠を二名欠いて戦うも実質的に三人。モンスターをハルトが制御しているので半分は襲ってこないが、好戦的で強いモンスターが悪戯ぎみに仕掛けてくる。それらをどうにか避けて、ボス部屋まで辿り着けるかどうかといったところだ。計算せずともボスと戦う余力が無い。
――クソハルト。援護するなら、しっかりやれよ!
キンタは首を振った。ハルトに頼むなど間違っている。そして自分に気合を入れた。
「俺たちが優勝するんだぞ!」
後方で皆が、微笑んで拳をあげる。
体力が削られ、じわじわと魔力も尽きていく。気合だけが頼りだが、朦朧としながら、反射的に剣を振りまくる。仲間の声だけが頼りだ。
「キンタ! 右!!」
カエデの声で我に返り、剣を振る。かろうじて倒したモンスターの向こう側に光が視えた。
波が引いていくように、モンスターが後退し一筋の道を作った。両脇に並び、うやうやしく頭を下げている。
救いの手を差し伸べるように長い階段があった。全員で手を取り、肩を抱き合いながら昇っていく。
「ハルトがいたら、仕事が遅いって文句言ってやろうぜ」
「走るだけで良いって言ったのにね。アタシが一番先よ!」
ジェシカは一目散に駆けだした。
※ ※ ※
上からの光がまぶしい。視界が開けた。暗くじめじめとした塔の空気が爽やかな風に変わる。噴水と緑にあふれた最後の休憩地は空中庭園になっていた。穏やかに鳥が鳴き、花と果実と溢れている。
階段同様にモンスター避けの結界があるせいで、しばらくは安心できる。この先がボス部屋だ。
「どうする? 三人で行くか?」
ジェシカは剣を握りしめる。
「行きましょう。やるだけやるわよ?」
カエデは立ち上がった。
「私も行く」
キンタが迷う。やはりあと一人欲しい。
「ハルトが来るまで待つ?」
モネはハルトの姿になったり、キンタやカエデに変身していて騒がしい。異常行動なのか、単に遊んでいるだけのなのか。
「先に行くって言ったくせに何やってんだよ」
勝手に優勝しろと言っていたからハルトの参戦は期待できないが、最後に道を切り開いてくれたのだから、おそらく近くにはいるだろう。
そこで足音がした。
けれどハルトではなかった。階段を昇ってきた人物は予想よりも背が高い。
「クラウド……ジェネシスが追いついた?」
けれど全員へとへとだ。先を争って、ボス部屋に入るほどの余力がない。せっかくここまで来たのに、ジェネシスにボスを倒される。ここで負けると思うと、クラウドたちを正視することができなかった。
けれどクラウドはボス部屋ではなく、キンタの前に立った。執念にも似た、もの凄い形相で怒っている。
「何故避難しなかった? もっと自分の立場を弁えろ!!」
キンタは苦々しく笑った。その昔、よく言われた台詞には飽き飽きする。
「お互い同じ勇者見習いという立場でしょう。クラウドさんに言われる筋合いはないですよ。同じチームでもないのに、どうして俺に構うのですか」
クラウドはキンタの襟首を掴んだ。
「君にボスが倒せるはずがないだろう! 怪我をしたら俺が迷惑なんだ」
「誰に頼まれたか知りませんが、放っておいてください」
「我儘は許さん!――帰るぞ」
クラウドがキンタを引きずっていく。クラウドの横暴な態度にキンタは怒ることができなかった。諦め半分に呟いた。
「どこへ帰れっていうんだ」
ジェシカがクラウドの首に剣を突き付けた。
「あんた、それ以上動くんじゃないわよ。うちのリーダーに何するつもり」
クラウドはゆっくり両手をあげ、ジェシカの剣から後退する。
「リーダーはハルトだろう。また逃げたのか? 相変わらず卑怯なヤツだ」
「あんたの知ったことじゃないわよ。さっさと去りな!」
クラウドは剣を振り抜く。ジェシカの剣が彼方へ飛んだ。
「君に用はない」
キンタはジェシカの手を握り、引き留めた。
「ありがとう。俺の問題だから」
「じゃあ話が済んだら、ボス部屋に乗り込むわよ! キンタがいなくてどうやって勝てっていうのよ」
キンタは頷き、クラウドと向き合った。
「貴方は俺を貶めたり、護衛したり。今度は邪魔をしていますね。やっていることが矛盾だらけですよ。いったい何がしたいのですか」
「俺の矛盾など、君にくらべれば大したことではないだろう。勇者気取りをして偉そうにしているが、やっていることは金持ちの道楽だ。神聖な勇者の塔を遊び半分で闊歩するなど許しがたい。他の生徒の邪魔をするな」
ジェシカはいきり立った。
「遊び半分でこんなボロボロになる!? あんたバッカじゃないの」
「今ここに立っていること自体、おかしいのだ。靭帯を傷つけたのに、聖女に頼んで治療してもらったのか?」
「そんなことしていません!」
「ではその高価な剣はどこで手に入れた。とてもRBCで手に入れられる材料でできていないぞ。どこかの王宮魔工技師に作らせたんだろう」
「これは工房長からもらったんだ!」
「そうだとしても、君は守られているし、生まれは変えられない。だから護衛が付くのは仕方のないことだ。君が魔の森に単独で入った時、私がいなかったらどうなっていた? とっくに蛙の腹の中だぞ」
「それでも体験すべきだ」
勇者になるのは苦難の道だ。その苦しみがどういうものなのか、一緒に生活して実感することが必要だ。山を登るのに九合目からスタートしても体感は得られない。この国の最下層を知らずに高みの見物をしたままで、良い政治を行うことはできない。
クラウドは派手に笑った。
「我儘息子が物見遊山でかき回しているだけだ。何度も卒業試験で落とされているのにまだ分からないのか。君は卒業できない。そういう身分だからな」
「違う!」
クラウドはキンタの頬を掴む。
「勇者の真似事をして同情か? それが何になる。貴様が勇気をもって戦うのは、この場所ではない。本当の勇者なら、勇ましい気概をもって、王を説得してこい!」
怒りのままに、キンタを投げ捨てた。
ジェシカたちは皆、迷っている。手を差し伸べようにも、キンタの事情を想像することができない。
「キンタ、勇者じゃないの?」
ジェシカの不安な顔でカエデを見た。
キンタとは召喚された日から一緒になることが多かったけれど、召喚される前の世界の話では知らないことが多かった。それは幼いのが理由ではなかったのかもしれない。
キンタが打ちひしがれた時、クラウドが膝から崩れ落ちた。
『DOWN』
クラウドは両膝をついただけでなく、床に額を押しつけられた。両手をついて顔を上げようとするが、どうにもならない。
コツコツと足音がする。
『味方してくれる者を邪険に扱うな』
「――だれ」
視られている。とても鋭い眼だ。全身が恐怖に落ち、追求できない。圧倒的な魔力で罪人のように床に伏されても、まだ許されず、怒りが向けられている。
『謝れ』
悶々とした呻き声が響き渡る。クラウドは激しい頭痛と吐き気に苦しみながら耐えている。
「も……申し訳ございませんでした」
とにかく謝罪が必要だった。そうしなければこの苦しみから逃れることはできないし、このままでは殺される。
小さめの靴が見えた。けれど存在と圧力は大人以上、まるで魔物だ。
ハルトは薄く笑う。
「卒業したいんじゃなかったのかよ。下で大人しく避難に力を入れておけば英雄としていられたものを、仲間を見殺しにしたな」
「ジェネシスは有能だ。彼らならうまく避難誘導をしてくれるはずだ」
「ちゃんとやっているなら文句なんか言わない。ジェネシスは確かに個々の力は強いが個性も強い。クラウドのカリスマ性があったから、統率が採れていたんだよ。司令塔を欠いたジェネシスは脆かったよ。ニワは必死でチームを纏めようとしたが、力不足だった。勇んだ新人たちに引きずれる形で上層に入り、モンスターに襲われて壊滅した」
「――そんな!」
「仲間が追いかけてくると、どうして考えられなかったんだ?」
「俺は……自分のことばかりで。勇者として失格だな」
ハルトが力を弱めても、クラウドは力なく床に額をつけたままだ。
「そうじゃない。勇者だから本当に守るべき相手を守った。キンタの護衛を引き受け、キンタが魔の森で窮地に陥った時、一番に乗り込んだ。
アブソルティスを斬ったのも勇者だからだ。常々、王宮神官たちにアブソルティスは敵だと言われている。だから迷いもなくマグワイアを斬れたんだ」
クラウドは咄嗟に頭を上げた。
全てを視ていたかのように、ハルトは見据えていた。
クラウドはホッとしたように笑った。
「そうかもしれないな」