三人で
「あの青い髪の聖女のことを知ってる? 俺が勇者契約した時、エストワールから、あの時君も一緒にいたという話を聞いたんだ」
シェヘラザールは気が重い。
「知っているわ」
青い髪でナイスバディが、目覚めたら体形未発達の少女だったのだ。一翔はさぞかしがっかりしたことだろう。それでもずっと黙ってくれたのは一翔の優しさだった。
「あの人には命を助けられた恩がある。でも会ったのもそれきりで……正直いって、迷っているんだ」
「迷う? アタシと契約したこと時のこと覚えてないの?」
一翔は理解に苦しんだ。10年前にシェヘラザールと契約したのは陽翔だ。確かに身体はひとつだから、そういう意味だろう。
「あの時のことはよく分からないよ、朦朧としていたからね」
シェヘラザールは口を噤んだ。
5年前に一翔は“君をずっと想い続けることだから”と言い、自分に魂を分かち合った。だから覚えていないはずがない。なのに、ごまかされた。
――そこまでして、アタシと契約したことを無かったことにしたいの?
「無理矢理だったことは謝るわ。でも仕方がなかったことでもあるのよ? アタシと契約しなければ一翔はこの世から消えてしまったもの」
事実だから認めてほしい。一緒に唱えたアブソリュート・コネクトの呪文。あの時の想いと誓いは嘘でも幻でもないと、今、ちゃんと言ってほしい。二人の仲が固い絆で結ばれていることを感じたいのだ。
「俺と君が契約?」
一翔の顔には明らかに迷いがあった。シェヘラザールは続けて訴えた。
「陽翔くんのために命を賭けて、惜しげもなく身を引いたでしょ。アタシはそういう人だから……とても惜しくなったの。貴方を失いたくない。心の底から支えたいって思ったの!」
「たしかに陽翔の身体は俺の身体でもあるけど……君が契約したのは陽翔であって俺じゃない。だから君とは良き友人として……」
シェヘラザールはいきなり立ち上がった。
「話は終わりよ!」
シェヘラザールは怒りまくって、画面が穏やかな港の景色にもどっていた。原因は分からないが、ブチ切れたシェヘラザールの機嫌が最高潮に悪い。
――いったい何がいけなかったんだ? そんなに聞いてはいけない話題だったのか?
一翔は耐えきれず、目を瞑った。欲張りすぎる自分が嫌になる。
どうしようもなく自分が満たされないからといって、陽翔のシェヘラザールを奪うのは良くない。今すべきことは、二人の違いを見つけることだ。いっしょに青い髪の聖女に並んで立ってもらわないと、違いが分からないのか?
――俺はどれだけ鈍感なんだ。
どうしよう。好きだ。
どっちも好きでたまらない。
その時、右手が包まれて暖かくなった。目を開けると、細い指の肉感。そして桃色の髪の頭頂部。平面的な画像ではなく、膝元で、今ここに在る。
「――え」
――危な!
下から頭突きされる勢いで立ち上がったので、自分の顎は保持したい。思いきり背もたれに寄り掛かって避けると、シェラの真剣な顔が鼻先に迫る。思った以上に立体感があって、ふっくらとした魅惑的な唇がゆっくり呟いた。
「ゆ う じ ん?」
びっくりだ。おかげでドキドキが止まらない。
「シェラ……?」
彼女にはものすごく簡単なことだったのだ。ここは聖女の結界の中で、空間魔法が世界一上手い。なんて素晴らしい……厳しい瞳で見据えられても、この眺め。
シェヘラザールが距離を詰める。すでに背もたれに限界まで寄り掛かっていたためどこにも逃げ場がなかった。手が頬に触れる。
――どうして怒っているんだ? これ、殴られるのか?
顔が動かないように抑えられた。ガバッと、勢いよくシェヘラザールが襲いかかってくるので、思わず目を瞑った。
唇が温かい。それは久しぶりの感覚だ。とても柔らかなーーシェラの唇?
「――!?」
驚いて目を開けた。
こんなにも近くにいて、身も心も埋め尽くされて、いきなり欲しかったもの手に入った。俺はどうしたらいいんだ?
衝動のままだ。先に手が動いて、シェヘラザールの背中に回っていた。でも、触れられない。触れたらきっと強く抱きしめて止まらなくなる。逃げないように後頭部を掴んで、獣のようにもっと深く繋がって、やめられなくなってしまう。
だから押し退けた。
シェヘラザールは世界一悔しい顔をしている。
「5年前、青い髪になって変身したのはアタシよ! 違いなんてないの。これで分かったでしょう。だから友人判定は却下して!」
仮面が床に転がっても気付かないほど茫然とした。陽翔にはシェヘラザール。俺には青い髪の聖女。最初から達成できない構図だった。
「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ」
「ごめんなさい」
シェヘラザールに席を譲ると、一翔は自分の唇に触れて微笑んだ。
「君は陽翔にもキスできる?」
シェヘラザールは怒りでカッと熱くなる。
「でも俺は陽翔も大切なんだ。だから俺たちは友人だ」
一翔は仮面の埃を掃って装着する。
笑っている仮面、素敵だ。これを見ていると心が定まる。それに恰好悪い顔は見せられない。俺は一番強い。揺らいではダメだ。
シェヘラザールは千切れんばかりに唇を噛んでいる。
「たくさんの勇者に魂をもらったけれど、アタシが魂をあげたのは一翔だけなのに! それを無かったことにするなんて、あまりにも贅沢よ! もう未来は決まっているの! グダグダ言ってないで、アタシに告白しなさいよ!」
ガラガラガシャン!
キッチンで派手な音がした。
扉の向こうではリズとリオールが思いっきり聞き耳を立てていることだろう。それともう一人。今、心の深い底から応援している。
“勇気だせよ。勇者だろ?”
――自分のことはさておきで、いいのか?
シェヘラザールの手を取りつつ跪づく。そして手の甲にキスをした。
「シェラ。君が好きだよ」
二人の目が合った瞬間、驚きで手が退いた。
「陽翔くん」
「そうだよ、交代したんだ。違いを分かってくれて良かった」
「一翔は?」
「隣で応援してくれているよ。兄さんが心を開いてくれたんだ。やっと……長かった」
「いつから聞いていたの」
「君がこの部屋に現れた時だよ。だから謝らなきゃ。キスをした時、兄さんが一時的に交代したんだ。逃げた、ともいうけどね」
「え!?」
「ふふ。二人同時にキスしちゃったね! 兄さんは俺が君のことを本気で好きなこと知っているから、平等にしたつもりなんだ」
でも世界はもともと平等にできていない。前の世界では病弱で生まれ雪崩で死んだ。健康に育って召喚された一翔とは違う。どうにもならないことだってある。
「兄さんは全然分かっていないよ。シェラに感謝すべきだ。魂を分け与えて命を救ってくれたのに、ありがとうって最初に言うべきだよ」
シェヘラザールは頷く。
「そうよね!」
「でも俺もしばらくこのままでいいかなって思う。今はマラ族を救うことに集中しよう」
」
温かい魔力の風が起き、青白く光の粒が渦巻いた。
“三人なら、何も怖くないよ”
二人は一翔に包まれ、笑みが出た。
――仲良く生きていこう
平和と調和。それが愛する人のためにできること。




