愛しい人
一翔はもともとケジメをつける時だと思っていた。
シェヘラザールに実際に会ったなら、青い髪の聖女との違いがはっきりするだろうと期待している。
5年前、一翔は青い髪の聖女と契約をした。魂を分け与えることは、多分とても彼女のことを好きになる。彼女を求め続けるだけのことだから大丈夫だと言った。そこまでは何も問題はなかった。
瀕死だった俺が意識を取り戻すのに、陽翔や聖女が何度も呼びかけてくれた。
その時の俺は、自分が何者かも分からない漂うだけの意識だった。それが陽翔の声で兄であることを思いだし、聖女の声で励まされると、心が愛に溢れた。俺はすっかり“その人”の虜になっていた。
たぶん俺という存在は、あの時再構成されたのだ。二人がいなければ生きた心地がしないように、生まれ変わった。
だから認めたくなかった。どうしてこんなことになったのか理解できない。
瀕死から目覚めて、青い髪の聖女だと思っていた存在が、シェヘラザールだったなんて人違いも甚だしい。
俺は混乱した。二人の聖女の違いを見つけられない。
その時シェヘラザールが“後遺症は大丈夫なの?”と聞いてきた。
それで悟った。あぁ、これはバグだ。
陽翔と身体がひとつだから同調している。俺は陽翔と合体?して、陽翔のことがもっと理解できるようになった。陽翔は俺の心を支配するほどにシェヘラザールを愛しているのだ。
だからバグは消すべきだ。
なのに、なのに、なのに!! 俺は嘘をつくのが……下手だ。
口先でどんな言い訳をしたって、この動悸と恋しくて苦しい想いは本物で、陽翔に通じてしまうだろう。どうしよう。どうしたら陽翔を傷つけないでいられる?
――陽翔を感じられない。
シェヘラザールにそう伝えた。時間が欲しかったのだ。
俺は目覚めたばかりだった。だから冷静にきちんと整理してみれば、二人の違いが分かってスッキリするはずだ。
俺は陽翔との繋がりを断絶するのは辛い。陽翔が呼びかけてくれるけれど、絶対に返事はしないし、気付かないフリを通した。
陽翔の切なさが苦しかった。でもこれ以上裏切りたくない。
その度に罪悪感に悩まされた。たぶん、陽翔は俺が心苦しく思っていることを感じ取ったのだと思う。パタリと問いかけが途絶えた。
100% 俺が悪い。
シェヘラザールは心配して、頻繁に仲介してくれる。何度も念話をして陽翔の様子を伝えてくれる。
ドジでおちゃめ、失敗ばかりしているけれど、諦めが悪くて、いつも一生懸命。そんな子が世界に二人もいた。青い髪の聖女との違いは外見だけ。魂とオーラまで似ていて、まったく違いを見つけられなかった。
認めるしかなかった。愛しさは、俺の深い部分から滾々と湧いてくる。
これは同調ではなく本心。
心の底からシェヘラザールが大好きだ。もちろん、あの青い髪の聖女も……。二人の違いを見つけられない。分からないから、どちらも好きだ。
三人に対して失礼だ。全てにおいて許されない。
陽翔と話せば、一瞬で見抜かれる。ものすごく怒るかもしれない。そうなったら、俺たちはどうしようもなくなる。
破滅だ。
身体はひとつしかないのに、心がバラバラになるなんて耐えられない。言いようの無い不安と鬱憤が俺をおかしくする。陽翔に嫌われたくないし、喧嘩もしたくない。
少しでも会話をしたら陽翔のことだから、すぐに察するだろう。陽翔との関わり合いを断ったのはシェヘラザールと二人だけでいたかったからだろうと、問い質されるかもしれない。
違うと言っても、信じてもらえなかったら?
全部が言えない。やはり隠すことしかできなかった。
神に誓ってシェヘラザールと二人だけで仲良くする気はない。いつも用件だけにとどめたけれど、陽翔はどう思っているのか心配だ。
でも、もう隠すのは無理だ。
壊れているんだ。俺はどうかしてしまった。
陽翔に会いたくて限界だ。破滅するかもしれないけれど、隠し続けるのも辛いんだ。
陽翔の反応は怖いけれど、シェヘラザールのことは何があっても良き友人にとどめるから許してくれ。
永遠に、永遠に。
遥かに深い場所から愛おしく思っていても。
陽翔のためにできることがあるとしたら、この状況を解決すること。そして兄として、シェヘラザールに毅然とした態度でいること。それしか解決の方法はないのだ。
※ ※ ※
ハルトは木彫りの仮面をつけると、シェヘラザールを見た。
「どう? この仮面、貰ったんだ。一番強い証だってさ」
「うん。知っているわ。だけど素顔が見たいな」
「恥ずかしいよ」
「顔を見てちゃんと話したいの」
窓ガラスいっぱいにシェヘラザールの顔が映っている。一翔は中央の椅子に座り、ゆっくり凭れて、息を吐く。それで精一杯だ。声が震えて愛が洩れてしまいそう。
シェヘラザールが愛おしすぎて尊すぎる。
これから陽翔と繋がりたいのに、こんな調子ではダメだ。
――もう勘弁してくれよ。
ハルトがまたの機会にしようとした時、シェヘラザールの声が強く響いた。
「ダメよ」
一翔は呆気にとられた。以心伝心にしても伝わりすぎる。
「分かるわよ。一翔とアタシには強い絆があるから気持ちがダダ洩れよ! 何を考えているか分からないけど、重要なお話があったんでしょう?」
「やっぱりあとにする」
「え! ウソ。もう終わり!? ダメよ! 何事も先手必勝、チャンスは一回。今を逃したらあとで後悔するわよ!! それで何のことなの?」
連発銃のような追及に一翔は断念した。
「陽翔に逢いたい。でもその前にききたい。シェラは俺のことどう思っているんだ?」
「お料理上手で優しさもあるけれど、特徴は素直というか、無防備というか。世界一ウソが下手ね!」
――性格の評価は要らないよ!
「まぁそれも事実だけれども、そうではなくて、シェヘラザールのなかで俺の立ち位置は友人ってことでいいんだよな?」
「――ゆ・ゆうじん!? 一翔はどうなの。先に答えなさいよ」
「俺のことはダダ洩れなんだろ? シェラが感じた通りだよ」
シェヘラザールが照れ笑いをするから、冷静さが打ち崩される。
――まったくこれだから、もう。また会話不成立。
一翔はため息が出るのでシェラは苦笑いだ。
「アタシは一翔とこうして会話できて嬉しいよ。今までちゃんと目を見てゆっくり話せる機会がなかったもの。ほら~仮面、はずして」
甘えた声でおねだりされたら、不可避だ。仮面を外すと、じわじわと耳まで赤くなってしまい、視線を合わせることができない。
「太陽みたい」
頬が熱いけど、そんなに赤くなってる?
「それは陽翔だろ。あいつのほうが華やかで明るい」
「知らない? 言い伝えではこの国には二つ太陽があるの。どこかにマナの青白い太陽が眠っている。大いなる流れを辿っていけば、一翔もいつか出会えるかもしれないわね」
「俺の冒険は終わったんだ。陽翔とシェラの傍にいて、無事が確認できるならいつまでもここにいる」
「それは困ったわね」
シェヘラザールは両方の肘をつき、指を組んで小さな顔をのせる。そして小さく微笑んだ。
「脱出するわよ? アタシはね?」
「――!」
今だって抜け出しているというのに、また!?
「まぁ今は小さいから無理だけど。だから旅に出なさいよ? もう少し成長したらね」
「自分だってちっちゃいくせに」
指をさして指摘したら、シェヘラザールは両手で胸をおさえた。一翔の好みは大人の女性だけれど、あのナイスバディに成長するには数年かかる。
「外見じゃないよ!」
「分かってるわよ! 一翔の好みぐらい。大人っぽい女の人の方が好きなんでしょう」
「……。そんな話はあとにしてくれよ。もっと大事な話があるんだ」
一翔は大きく息を漏らした。




