魔王誕生
「頭おかしくなったか? さすがにそこまでの実力は無いよ」
「実力は問わない」
「問わないって……俺は空間魔法しか使えないんだ。すぐにばれるどころか笑われるだけだ」
「実務的な仕事は俺がする。リオールには魔王として行動してほしい」
「確かに魔力はあるんだろうけれど、魔王といえば支配者だぞ」
「学校に近い方は俺の領域にして支配を終えている。リオールは自信をもって、強そうな顔をしてくれれば良いよ」
リオールは頭を抱えた。
「妙な夢、見させるなよ。森のモンスターは統率が取れていないし、自由に動き回っている。それにボスのブラクスがいるだろ」
「ブラクスを倒してしまうと、俺の存在が明らかになってしまうから保留にしているんだ。彼はプライドが高いけど、実力は認めてもらっている」
「ホラ話にしか聞こえない」
ハルトの身体がふわりと浮かび、リオールの首を掴んだ。真正面から睨まれたリオールは勢いに呑まれた。
「冒険したことないのはリオールだろ。本当の冒険を教えてやろう」
瞳が青白く輝いているのを見ると、どうしても断り切れない。
「入るぞ」
リオールの身体がビクリと震える。
「――!」
素っ裸にされて、恥部まで晒したかと思った。全てを視られている感覚があるのに、腕や足も動かない。しばらくは二人とも膠着状態が続いた。
リオールの瞳が青く輝きだしたので、リズは後退した。リオールは宥めたが、らしくない微笑みだ。
「リオじゃない!」
リオールは両手を握りしめては開いて、身体の感覚を確かめながら言った。
「リズは才能あるね。 リオールなら大丈夫。気を失わないだけ凄いよ」
ハルトが手を放すと、リオールはドッと床に崩れた。
「どっこも大丈夫じゃない! 何をした!」
「代理で魔王になるには、俺の魔力がリオールの身体を通過しないといけない。だから魔力経路を開発した。リオールの身体や魂は丈夫で羨ましいな。魔王級の魔力が通過しても問題なさそう。慣れてよ」
「簡単に言うけど……まるで憑依じゃないか。俺が俺じゃなくなるみたいで……」
ハルトの顔を見てリオールは言葉に詰まった。圧倒的な魔力でここまでされると、次に何をされるか分からない恐怖と不安が湧く。
「怖いだろ?」
これでも力を緩めたつもりだ。ハルトがライカの魔力を受け容れ、繋がりを開発されたことに比べれば、蚊にさされたようなものだ。
「そうだな」
リオールは思ったよりショックが大きかった。
「マジで何でもできるんだな」
「空間魔法はできない。普通の魔法だって基礎しかマスターしてないよ。いくら魔力があっても、その辺にいる熟練の大魔法使いと戦ったら、たぶんすぐ負けちゃうだろうな」
ハルトはリオールの手を取った。
「俺はまだまだ弱い。だからリオールに協力してもらわないと何もできないよ。まだ国王と対等に戦うことはできない。魔王宣言はするけれど、ハッタリみたいなものだ。いきなり魔王が現れたら国王だって怯むだろう。その隙に魔の森を俺たちのものにしよう」
「二人なら最強な気がしてきた!」
「どこが最強だよ。ジータ国王は、同時に何千人も支配して、指揮を執るらしいよ。俺はリオールが許してくれるからで、やっとだよ」
「でも練習すれば上手くなるだろ」
「嫌だよ。自分がされて嫌なことは他人にしない」
「確かにそれでは、魔王になるのは不向きだな。マジで宿屋に就職した方が平和だ」
「だから最強の宿屋になって魔王を泊めるんだ♪ それにはまず俺が魔王より強くなくちゃね。やってくれるだろ?」
リオールは笑う。
「もちろん」
ハルトは右手の手袋を取ると、スクリーン投影魔法の効いた窓に触れる。
「リオールが魔王になってくれるなら、俺も安心して動けるよ」
リオールも立ち上がった。
「覚悟できてんのか? 俺が偽者だとバレたら、お前が苦しむんだぞ」
ハルトは苦笑する。
「冒険ってそういうものだよ。何かを得るためなら、危険を冒しても行うんだ。これからリスクぎりぎりの生死を賭けた喧嘩をする。面白いだろ?」
――でもまぁ戦う覚悟より、もっと深く覚悟しなきゃいけない問題があるんだけどな。
※ ※ ※
右手の紋章がうすく紫色に輝き、窓の向こう側に女の子が映った。ハルトはその窓に背中をつけて寄りかかり、マラ族の二人があちらの画面に映るようにする。
スクリーンになっている窓には可愛らしい家具に囲まれたプライベートルームが映っていたが、ハルトは背を向けていて、決して見ようとはしなかった。
シェヘラザールの顔を見て、動揺したくないのである。
リズは顔を真っ赤にして、自分の愛読書の表紙を見比べた。
桃色の長い髪と可愛さたっぷりの顔のパーツも同じだ。ただし恰好が聖女ではなく、ゆるいジャージで、クッキーを口に咥えたまま、片手で受信相手を確認して固まっている。
――やった、一翔だ! でも、そんな強制的に繋がってきて珍しいわね……急用終わったのかしら?
「シェヘラザール! 本物の聖女さまだ!」
リズの声に反応して、シェヘラザールがこちらを向いた。カメラ目線が合って、悲鳴を上げた。
「ちょっと! ちょっと、ちょっと待って!!」
一瞬画像が乱れて、いつもの聖女様スタイルの上着を羽織るが、下に穿いたジャージがちょっと見えている。
「このお二方はどちらさまかしら」
何も無かったような素振りで、シェヘラザールは一翔の姿を探したが、見えたのは後頭部で、いっこうにこちらを向かないからヤキモキする。
「マラ族の生き残りだ。村が襲われたことを知っているか?」
シェヘラザールから笑顔が消えた。
「もっと詳しく話して」
「王の近衛兵らに襲われて、遺跡の中にあった村が壊滅した。先代の村長は死んで、息子のリオールが残りの村人を率いていく」
「そんなことがあったのね」
ハルトはムッとした。そんな他人事のような言葉は許せない。
「俺はそれだけで満足できない」
シェヘラザールの顔が厳しくなった。
「要求は?」
「リズを聖女付きにしてくれ。魔法に関して才能がある。魔法技術後継のためにも役立つ。それからリオールにマラ族の魔王を名乗ってもらう。俺は魔の森と遺跡を完全掌握し、リオールの援護者として活動する。
その目的は、マラ族の領域として一国の権利を主張させることだ」
「そんな急に……大丈夫なの?」
「無理は承知している。今から勇者の塔に戻る。
仮面をつけて俺は魔力を解放し、ひと暴れする。その後リオールに力を送り、魔王として独立宣言をさせる。皆が慌てたところで、シェヘラザールが封印し魔王を諫めるんだ」
「俺はシェヘラザールに負けるんだな?」
「負けてはいけない。あくまでも引き分けだ。リズは人質になるが聖女付きにしてくれ。リオールはリズを大事に思って森以上の侵略は諦める。結界を守った功労者としてシェヘラザールは名誉の回復できるだろう。
王はマラ族の存在を隠したいから、非公表にこだわるだろう。暴力沙汰に訴えてくるのは、王の近衛兵が全員派遣される程度と予想する。その程度の数なら俺の敵ではない。これでどうだろうか」
シェヘラザールは頷くが、残りの二人は茫然としている。
「問題ナシね。いいわよ」
「二人もそれでいいかな?」
ハルトの微笑みにリオールは頷いた。
「全部うまくいったら、魔の森は俺が管理しよう。そうなればリオール、君は自由だ」
※ ※ ※
ハルトはお願いをしてシェヘラザールと二人だけにしてほしいと言った。
リオールはキッチンで片付けがあるからと言って、リズを引っ張っていく。
「ありがとう」
リオールは簡単に喜べない。
作戦の話よりも切実な横顔の方がよほど気になる。




