冒険してみないか?
リオールは微笑んだ。
「宿屋が夢なのか。俺は旅人になりたかったな」
ハルトは司書長の話を思い出した。マラ族は平民で、隠れ住んでいると聞いていたから、次期村長が外に出ることは許されないことだったろう。
「旅はいいよ。まぁ俺はそういうお客様を迎える立場になりたいんだけど……。いつか俺が宿屋になって、リオールが泊まりに来てくれたら最高に楽しいと思うんだ」
「遠い夢だな」
「完全に諦めちゃったの?」
「今はそういうことを考えないようにしている。俺は親父から村を託された。村長としてやることがたくさんある。まずは報復だ」
ハルトは真顔になった。
報復などして、何の利益があるというのか。失った人々は戻らない。それよりも今生き延びるために必死な人々がいる。そのための方法を探すほうが大事だろう。
「村の人々をまた危険に晒すのか」
「俺たちは戦士だぞ。戦って散るのも覚悟している」
「小さな妹さんがいるのに巻き込んでいいのかよ」
リオールは言葉に詰まる。
「だからといってこのまま黙っていられるか。たくさんの戦う力が必要だ。分かるだろ?」
リオールは丁寧に頭を下げた。10年も歳が離れた大人が真摯に見せる誠意。人が好いから断れないと理解してのことだ。
「ハルト、お前の力が必要なんだ。俺と一緒に戦ってくれ」
「俺は子供で生徒、正体を晒すことはできないと説明したよね。アブソルティスは怖いし、人を殺せない。それを分かっていて戦えと言うのか」
リオールは苦々しく頷いた。
「力が欲しいならジェットにしなよ。俺よりもずっと強いし頼りになる」
「どうしてそんなことを言うんだ」
「事実を述べているだけだ。エストワールの監視もある。今の俺にできることは少ない。できることと言ったら料理くらいだよ」
ハルトの拳が震えた。目を瞑ってじっと耐えた。
「――そんなことないだろう!」
あの膨大な魔力とモンスターを率いる力を見せつけられて、料理しかできないなど言い訳にしか聞こえない。千年続いた村が破壊され、やっと現れた青白い星の光を纏った勇者だ。伝説の勇者がハルトであったら嬉しい。
「俺はお前に頼んでいるんだ」
「なんで俺なんだよ!」
ハルトは激怒した。リオールは驚いたが、その怒りは自分に向けられていなかった。ままならない感情が爆発しそうで葛藤し、自分に対して苛立っているのである。
リオールは頬に手をあて、顔が緩むのを押さえた。ハルトに抱きしめたくなるほど幼稚な一面があったとは意外すぎる。
「少しぐらい行動してもいいんじゃないか? 我慢ばかりしていたらつまらないだろ」
ハルトは小さく頷いた。
本当に面白みのない5年だったのだ。キャラバン隊の時や、ディスカスと一緒の時はとても充実していたのに、学校や魔の森。閉じ込められて本当に飽き飽きしている。
「冒険してみないか?」
内緒でマラ族を救い、召喚者を虐げる国王に一泡ふかす。なんと痛快な計画だ。そう思うと、沸々と策略が頭の中で浮かび、巡りだす。
※ ※ ※
冒険をするなら、まずリオールがこれまでしてきたことを確認する必要があった。個人的に信用しているとはいえ、理屈の通らないのは駄目だ。
「王宮神官の恰好をして、学校で何をしていたんだ? まさか弁当もらうためだけではないだろう」
リオールは冷や汗もので平伏した。
「すまない! 塔の最上階のシステム異常は俺がやった。村の人達とあそこからフォレストパレスに出て、そのまま国王を倒そうと計画した。それで、あとから国王はフォレストパレスにいないって分かった」
「国王は中央宮殿だよ。ここから何十キロも先だ」
「仕方ないだろ。マラ族はずっと遺跡の中で暮らしていたんだ。この世界がどうなっているかなんて、噂でしか聞いたことがない。何だその顔、俺は田舎者じゃないからな!」
「それで、その後は?」
「この世界やこの国のことで、知らないことが多すぎたんだ。だから図書館で情報収集だ。その頃からハルトのことは気になっていた。それで監視しているうちに弁当をもらう仲になった。
村が破壊されて、みんな飢えているのは本当だ。だから美味い飯もらって、すごく助かったよ。それに遺跡に出入りできるほど実力がある。味方になってくれたらと考えていた。訳ありなら、利用できるかもと……」
「俺のこと利用できると思ったから殺さなかったんだろ?」
「仮面をつけて現れた時は、まさかそんなに強いとは思わなかったから別人かと迷ったぜ」
「素直に話せば、もっと協力してあげたのに」
「言えるかよ、ハルトはキンタの味方だろう」
「そうだけど、リオールがマラ族で、村を壊滅させられたと知っていたら、もっと方法はあったんだ。シェヘラザールだって協力してくれるはずだ」
「聖女は王族の支配下だ。簡単に連絡を取れるような相手じゃない」
「ちょうど今、シェヘラザールが塔にいて修理に向かっているんだ」
「修理!? それは何としても止めないと、村人を脱出させようと計画しているのに」
「そんな危ないことしなくても、シェヘラザールに頼めばいいじゃないか。俺が連絡するよ。いきなりでは驚くから友達を紹介するって伝えておくね」
ハルトはしばらく目を瞑っていた。
「オッケーだって。俺が行くまで待っててくれるってさ」
リオールはしばらく声も出ない。
「どんな冗談だよ」
「シェヘラザールとは勇者の紋章を通じて繋がっているんだ。機嫌が良ければすぐに返事をくれる」
「本当に何でもできるんだな。羨ましいぞ」
「何でもできるなら、学校に隠れたりしないよ」
けれどマグワイアが死んで、それがアブソルティスだと知った時から、ライカから隠れている意味はほとんどなくなった。足首の紋章が反応するのを手掛かりに、ライカが精神攻撃を仕掛けてきてもおかしくない状況だ。
その上でもマラ族を襲ったアブソルティスとライカの関係を調べていく必要があるだろう。
「マグワイアを殺したのはリオールじゃないよな?」
リオールが剣士の恰好をして斬った可能性も残っていたが、ハルトの見立てでは別の人物だ。
「森で死んだ爺さん神官か。あれは俺じゃない。短剣使って急所狙いとか、殴る蹴るはできるが、首だけ綺麗スッパリ飛ばすのは俺流じゃない」
「それを聞いて安心した。俺もあれは剣士の一撃だと思う」
「風魔法で真空斬りか、よほどの剛腕で長剣でなければ、ああいうふうにはならないだろう」
「それにしてもよく知っているな。現場を見たのか?」
「エストワールと一緒に森を案内していただろう。それで興味持って後をつけていたんだ。あの王宮神官、何で殺されたんだ?」
「アブソルティスだったんだ」
「それは本当か? あいつに一度話しかけられたことがあるが、マラ族のことは何も知らなったみたいだったし、遺跡の存在も知らなかったようだ」
やはりマグワイアはライカ側の部下なのだろう。
「何て言ってた?」
「勇者の塔の最上階の仕組みについて説明を受けた。だから俺は村人たちと反乱を起こそうって思うようになったんだ。言われてみれば俺が空間魔法を使えると知っていたのかもしれない」
「じゃあ勇者の塔に魔の森のモンスターを入れたのは?」
「俺はやってない」
「他に空間魔法できる人いる!?」
「マラ族でいるとしても、あんな大量なモンスターどうやって連れてくるんだよ。空間魔法は、一回でも疲れるんだぞ。少なくとも塔の四か所からモンスターが入ってきているし、穴が開いた状態で保持されている。そんなことができるのは聖女しかいないぞ」
「でもシェヘラザールじゃない」
「聖女はまだ二人も残っているだろ。以前から、どちらの聖女もシェヘラザールを邪魔だと思っているみたいじゃないか」
「でも二人はシェヘラザールが塔にいることは知らないはずだ」
「王宮の人間がアブソルティスと懇意なら話が通じる。大規模な空間魔法だから、聖女しかいないだろう」
「ライカが聖女と手を組んで、塔で何かをしようとしているってこと?」
「俺がやったシステム異常で勇者の塔の転移システムは壊れてしまったんだ。そのおかげで塔の上空の結界が緩くなった。たくさんの魔力があれば、空間魔法で一気に村人を脱出させることができるけれど、空間魔法では距離と座標がとても重要で、初めて行く場所に移動させられる実力があるのは聖女だけだ」
ハルトは焦れた。
「早急に塔に戻ろう」
リオールは首を振った。
「その前にちゃんと見せておきたい」