アブソルティスの痕跡
壊れた扉を開けると、広間に到着した。不安定な揺れる光でうす暗い。灯があると安心して周囲を見渡せる。
しかし見えた景色は喜べるものではなかった。大空間の壁際に勇ましい彫像や武具が並んでいたが、そのどれもが悪意によって破壊され、横倒しになっていたり、首が破壊されていたりする。垂れ幕や装飾品の燃え方も酷い。
全部、アブソルティスが襲ったせいだ。
両脇に扉が四つあり、リオールが説明する。
「右の扉は剣のマークが付いているだろ。あれはダンジョンに向かうための扉だ。戦いのための場所で、モンスターが出る。左の扉は……説明するにも扉が無くなっちまったな。杖のマークだったんだが、こっちには村があった」
覗くと中は暗く、それでも酷い状態だと分かった。瓦礫ばかりで燃えた匂いがする。
さらに広間を進むと一段高い場所がある。色彩豊かなステージは祭壇だったのだろうが、原型をとどめていなかった。
「何かっていうとここで騒いで祭りをした。収穫祭をしたり、ダンジョンに行く戦士の壮行会をしたり……みんな祭り好きだから、年がら年中騒いでうるさいくらいだった」
リオールは祭壇の床に触れて呪文を唱えると、小さな扉が出現した。
「非常用のシェルターだ。俺と親父しか開けられなくて、俺が中に入って、村の人々を避難させている間に、親父はここを守って死んだ。だから俺も最後まで使命を果たすつもりだ」
リオールが扉を開くと、ハルトは笑顔になった。
そこは夢のような美しい世界だった。
青い空が遠く眩しい。どこまでも広がる緑の草原に心地よい風が吹く。ハルトは夢中になって駆けだす。
狭い学校でもない! 暗い森でもない! そして広い!!
「凄い! 凄いぞーーひゃっほう!」
思いきりジャンプし、見えないけれど存在していた天井に頭をぶつけ、ダンゴ虫のように果てた。
「痛いよぉ」
リオールが涙を流して笑っている。
「遺跡の中だと言っただろ」
「――でも! でもピクニックできるよ!」
「ピクニック?」
「ほら、いい風吹いてる!」
ハルトはレジャーシートを広げて、サンドイッチを手渡した。
「座って!!」
リオールは頷いたが、疑問がたくさんある。
――俺にとってはただの通路なのにな。俺たち、こんなことしていて良いのだろうか?
リオールは空いた腹を撫でながら微笑んだ。ハルトのサンドイッチは間違いなく美味い。
※ ※ ※
二人で仲良く腹を満たしている間、ハルトはずっと気になっていた。
「アブソルティスで知っていること、聞かせてくれないか。俺たち共通の敵だろ?」
最初、アブソルティスに襲われていることを知っただけで、ハルトはかなり恐怖した。だからリオールはなるべく優しく語りだすことにする。
「マラ族でアブソルティスというと、召喚された嫁という意味だ」
ハルトは危うくハーブ茶を吹き出すところだった!
「嫁!? 嫁に襲われたの!? というか、嫁は召喚されるべきじゃないよね。人道的にアウトだし、そもそもまったく知らない他人をお嫁さんにする意味がある?」
「長い間続けられた慣習だ。近親交配を防ぐ目的で、選ばれた男が他種族の嫁をもらう。その外部の人間の印がアブソルティスのマークだ。
双頭の鷲の紋章。剣を持つ側はアブソルティス、杖はマラ族。二つの種族は一つとなり、聖女の国を支えるという意味で、嫁は友好の証だ。村の中では普通に印を持っている人がいた」
「俺は誰かのお嫁さんに殺されるとこだったの?」
リオールは笑いながらハルトの右足首を指摘した。
「男もいるだろ マグワイアとかハルトとか」
ハルトはドン引きしながら慌てた。
「俺はそういう趣味は無いからな? お嫁さんにはならない」
リオールは笑う。
「男の嫁では子孫が増えないだろ。アブソルティスは近衛兵。国王直属の暗殺部隊だ。嫁は村を監視するスパイだった」
「俺が知っているアブソルティスとは全然違うよ」
「俺が知っているのはタトゥーだ。ハルトのように、不気味な魔力を持っていない。それは別モノだ」
ハルトは緊張が解けて息を漏らした。
「奴らは俺たちに反撃の意思が出ないか監視し、反乱分子が出れば事故死や病死として暗殺していた。――でも今回は、村そのものを壊滅させる命令が出た。村人が殺されていく中で、そういうことだったと分かった」
リオールは悔しさのあまり、打ちひしがれた。
「アブソルティスが憎い。それを指示した王が憎い」
「デカイ相手だぞ?」
リオールはハルトの手を取った。
「でも一人じゃない。ハルトだってそうだろう? 実力があるのに、生徒のままでいるのは、何か理由があるんだろう?」
その答えはハルトの喉の奥に詰まっている。
言うべきか、隠し通すべきか。
そのわだかまりは、長い間、氷塊のように心の奥底で固まっていたものだ。それがリオールの情熱的な瞳で溶け、言葉に変わっていく。
――リオールなら、きっと大丈夫。
ハルトはこれまでの経緯を話した。
捨てられた赤ん坊の勇者。小太郎と一緒にキャラバン隊にいたこと。ディスカスと宿屋をして楽しかったこと。アブソルティスのライカに邪魔をされて、RBCに避難していること。
「俺の知っているアブソルティスは勇者を攫って、自分勝手に活動しているテロ組織だ。5歳の時にライカという男に、魔法の刻印をされたんだ。この印はライカという男と繋がっていて、油断すると心や身体を支配されてしまう」
「心と身体って全部だろ。大丈夫なのか?」
「今は聖女の結界にいるから、ライカの影響は無いよ。RBCにいる限り、俺は俺でいられるはずだ」
ハルトは緊張しながら靴を脱ぐ。足首の紋章を見せる。
するとリオールは笑った。
「そこで笑う? 俺は真剣に話を……これだって凄く隠してて、大事な秘密なのに!」
「だって上下が逆だぞ。新しいお仕置き方法か?」
「?」
ハルトは自分の足首を手繰り寄せる。自分が見るには正しく見えるが、立ち上がると紋章の上下が逆さまだ。
「紋章は歴史が古く、上下にも意味がある。その刻印の状態だと、仕える主に怒られたり、失敗したりした時だ。主に与えられた紋章を逆にすると、名誉と誇りを失う。不名誉な部下として世間から笑われる。反対向きでゴメ~ンではすまないぜ!」
ハルトが笑いを堪えていたから、見ている方も気味が悪い。
「どうしたんだよ」
「だってライカに反抗した証になるんだろ。俺、頑張ったなぁと思って!」
嬉しさに感情が昂って、涙に変わった。
足に捺された悪夢の烙印。見るたびに辛くて、嫌悪している。けれど頑張って抵抗した証なら、ほんの少し救われる。どんなに辛くても、また抵抗すれば活路が開ける気がした。
リオールが頭を撫でた。
「よくやったよ。ハルト、えらい」
ハルトは何度も頷いた。
「俺はえらい」
リオールは笑いだす。
「そうだな」
本当なら陽翔にそう言ってもらいたい。必死でやったのだから、やりきった時には共感してほしい。俺は陽翔がいないと、やる気が出てこない。
そういうことではダメなのは分かっていた。だから陽翔と距離を置いたが、離れて5年はあまりに長い。ずっと独りぼっちで寂しかった。
――もう、意地を張るのは終わりにしよう。陽翔に逢いたい。
ハルトは涙を拭いて、立ち上がる。
「リオールの言うアブソルティスが近衛なら、俺が恐れる理由はどこにもない。RBCと魔の森が今の俺の国だ。俺の領域で起きたことは、俺が判断を下す」
ハルトは強く拳を握りしめる。
「最高――最ッ高だよ! これで俺、宿屋になれる!」
リオールはこの日、一番の謎に出会った。
ハルトが最高潮に機嫌が良い。




