シェヘラザールの悩み
シェヘラザールはこれまでたくさんの勇者と契約してきた。勇者を召喚するたび、魂の欠片を受け取り、代わりに慈愛を与えている。けれど自分の魂を分け与えたのは一翔だけだ。
シェヘラザールにとって一翔が特別な存在になったのはいつからか。
召喚に成功した時、強くて美しい魂に感動し、惚れ惚れとした。青白い魂の光と魔力のなかで、陽翔は兄の愛に包まれて生き延びていた。
だから本当は一翔と契約したかったのだ。けれどその時の一翔は身体を保つことだけで余裕がなかった。そして陽翔の魂をこの世に繋ぎとめるためにも、弟と契約をしたのだ。身体は一翔のものなのだから、繋がりができるだけで嬉しかった。
赤ん坊で生まれて驚いたが、その後の成長はこちら側からは見ることもできる。それに勇者の紋章を通じて念話をしているから、知らない仲ではない。中身が大人でも、見た目は子供。そういう共通点もあり、親近感がわいた。
紫色のオーラの人物に言われたから決めたことではない。だから一翔を分け与えたことに後悔はない。青色の髪にして大人に変身していたが、あくまで外見上であり、中身はシェヘラザールそのものだ。魂を分かち合ったなら、それぐらいすぐに見破られてしまうだろう。
けれど一翔は一度信じたら疑わないし、分かっていても人を責めるようなことは言わないで、そっとしておいてくれる優しさがある。
青髪の聖女は自分なのだと言えないうちに5年が過ぎた。結局スやキの、一片も言えない。親し気な友人のまま。
「あ~もう、どうしようかなぁ!」
シェヘラザールはふんわりベッドでゴロゴロと悶えてしまう。
ちゃんと顔をみて、触れ合えるチャンスだ。もう二度と無いかもしれない。しかも二人だけになれるなんて、色々と告白するなら今しかない。
シェヘラザールは枕に顔を埋めた。
「勇気! 勇気よ!! 誰かアタシに勇気をちょうだい!!」
一翔に会うべきか、無視して用事をこなすべきか。
何年生きたって、これは特別なこと。
塔も騒がしくなってきた。一翔もこちらに向かっている。
「行動あるのみ!」
少女趣味な家具の部屋は安全だ。勇者の塔の上層に作った特別空間で、モンスターの脅威は及ばない。最上階の異変に気付いてここまで来たけれど、塔の仕組みを忘れてしまって、自分が作った罠に引っかかっている。
「そうよね! ハルトなら上に連れて行ってもらえるわ」
一翔がRBCに来てからどれだけ会いたいを思ったことか。でも本人は覚えていないのだ。赤ん坊の時は寝ており、5歳の時はほぼ気絶。意識体で出会った時でさえ青髪の大人スタイルだった。
“シェラ、答えてくれ!”
一翔の強い願いがマナの流れにのって塔からあふれている。ちゃんと顔を合わせたことも無いのに、これほどまでに求められている。
信じてくれるのは嬉しいけれど、理由が知りたい。
単に陽翔の聖女だからなのか。魂を分かち合って共鳴しているから?
――それとも……?
シェヘラザールは立ち上がった。
「好きだからよ! 理由なんてない」
そのまま赤面した。
だって自分がそうなんだからと思いっきり自覚したところだ。
だけど、こちらの準備ができていない。
メイドのアンナがいないから、髪はうまく纏められないし、肌艶も磨きが足りない。お気に入りの服もないのだ。
それにこんな部屋には誘えない。数日いるから掃除が行き届いていないのだ。何よりも、ここにはベッドがある。
シェヘラザールは頬を染めてしまう。
逢いたかった男女がそのまま勢いで、なんてことも?……ベッドは危険!
「やっぱり頑張っていた少女を演出すべきよね……自分で仕掛けた罠ならどうにかなるでしょ」
散らかしっぱなしのレトルト食品とお菓子の袋を見据えながら、シェヘラザールはパジャマから着替え、部屋を出たのだった。
※ ※ ※
使役したモンスターたちが報告をくれる。
魔の森のモンスターの進撃が止まらない。避難が終わらないうちに上層の入り口にモンスターが辿り着き、残された生徒たちは上層へ逃げるしか道が無くなった。
多数のモンスターを同時に支配するとなると、最終的には力まかせだ。広い場所なら、まんべんなく行き届くが、塔の構造は複雑で、毛細血管のように神経を張り巡らす必要がある。
あまりに夢中になりすぎて、目の前がおろそかになり、蹴躓いて転んだ。床を転がりながら、自虐的に笑った。
「――ふふ」
久しぶりだ。誰かに気を遣わずに魔力を放てるのは、自由でいい!
元々塔にいたモンスターには攻撃しないように指示している。何度も戦っているから友人みたいなもので、素直で可愛い。下層から次々と入ってくるモンスターも魔の森にいたものだが、言うことをあまり効かずにいる原因はまだ分からない。
テイマーとしての能力開放が久しぶりすぎる。いっそのこと、高圧的に支配することもできるが、表立って行動はできない。
ライカに知られるのも怖いが、一番近くに巨大な敵がいるからだ。フォレストパレスは国王が特に目を光らせている。国王と名乗っているが、実力が魔王級以上なのはマナの流れですぐ分かる。厄介なことに、世界一攻略が難しい敵の膝元に俺は住んでいる。
もし国王が俺の存在に気づいたなら、九割がた殺すだろう。そう考えるのは、平和主義者の俺でさえ、そう思うからだ。魔王級の力はそれほど厄介で、他人には使われたくない力だ。死ぬ危険が伴うことだから、ここだけは慎重であればいい。
あとは自由。この領域はすっかり俺のものだ。
意識は塔全体に分散と集中を繰り返している。自分の足元など、前に進めば良い程度の意識だった。出した右足が平らな床に触れず、ズルリと大穴に落ちた。
「うわ! またかよ!!!」
体勢が崩れたのでウィンディアが助けに来たが、足元の魔法陣が作動するのが早かった。
ピュー。
ウィンディアは鳴きながら周辺を飛び回り、愛しい主人を探していた。